アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

なぜ農業では肥料が必要なのか 当たり前のことの説明

ここのところ、膝のこわばりに悩まされているがんちゃんです。

 

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近年というよりは、結構前から有機農業の概念をさらに推し進めた自然農法という言葉をよく目にするようになりました。化学合成農薬や、化成肥料不使用はもちろんのこと、突き詰めれば、耕さず、除草をせず、一切の手入れをしない、さらには有機質肥料ですらやらないという所までやるものを指すこともあるようです。

 

自然状態では、動植物に必要な栄養素は、土壌や水系、大気などを通じて循環し、(少なくとも人間の人生程度の短い時間では)草原はいつまでも草原ですし、森林はいつまでも森林です。その中で暮らしている動物も、多少の増減はありながらでも、ずっとそこである程度の個体数を保っているように見えます。

 

ですから、人間もその循環の中から必要な分だけを取り出し、利用するという考えであれば、自然農法もその考え方に則っていけば十分にやっていけるはず、と思えるのかもしれません。

 

ですが、既にわかっていた人もいるでしょうし、ここで変だな、と気づいた人もいるでしょうが、最低でも食べるために収穫して持ち出した分の栄養素はその場所からは無くなってしまうわけです。


しかも、自然状態では、たまたまそこの環境に適合した多種多様な生物が、それぞれにお互いを補い合って、何とか生き延びているにすぎません。農業の畑などのように、単一の植物種が特定の場所を占有しているという状況はほぼあり得ないのです。

 

植物が生育するために必要な栄養素、特に三大栄養素の窒素、リン酸、加里は大量に持ち出されます。果実など可食部分だけを持ち出し、残りの残渣はすべて置いていったとしても、栄養素が持ち出されるという点では、量の多少はあっても同じことです(その場での水系への流亡や大気への揮散については、循環に組み込まれているものとしてここでは無視します)

 

しかも、自然を謳っていたとしてもあくまで「農法」です。農業技術のいちカテゴリーです。どんなに自然に近づけたつもりでも、人間の意思が介在し、「作物」を「育てて」いる時点で本当の自然ではありません。

 

話が少し逸れました。ともかく、収穫して持ち出している以上、最低でもその分を補給してやらないと、作れば作るほど収量は落ちていきます。

 

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例えば、キュウリを植えていて、その畑にキュウリ1000本分の栄養分しか残っていないとなれば、どんなに頑張っても1000本以上のキュウリは獲れません。一例をあげると、植物の生長に最も大きな影響のある窒素は、生物の生長に必須のタンパク質の基になる元素ですが、1000本分の窒素が使い切られてしまえば、物理的にそれ以上のキュウリは育たなくなります。無から有は生まれないのですから、たんぱく質が生成できなければ植物は大きくなれませんし、実を成らすこともできません。また、十分な栄養素がなければ、キュウリは曲がったりして奇形果も増えて、出荷できる数量が減少します。

 

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もちろん、実際は茎や葉の栄養も必要ですし、それらが十分に生長できなければ計算通りの1000本の収穫も望めません。葉が少なければ光合成して炭水化物を生成できませんし、茎が十分でなければ栄養分を転流することもできません(そもそも植物体が成り立ちません)。また、土壌中の栄養分がゼロになるまで植物は吸ってしまえるわけでもないのです。

 

慣行栽培の施肥設計の一例では、キュウリは10a当たり300㎏の収穫があれば、窒素の量で1㎏の追肥が必要です(窒素成分10%の化成肥料で10㎏の散布が必要)。それがなければ、次の新たなキュウリを形成し、新たな茎や葉を展開する窒素が足りなくなるからです。もちろん、足りなくなるのは窒素だけではありませんが…。

 

念のため言及しておきますが、病害虫防除を除外しても、キュウリ(以外の野菜類も)の手入れは収穫と追肥だけでは成り立ちません。全体に均等に栄養が行き渡り、光が当たり、風通しも確保できるように誘引・整枝・摘芯や葉かぎも欠かせません。

 

ともあれ、栽培期間の短い一部の作物を除き、生育のスターターとしての元肥、生育の状況に合わせた追肥は必ず必要になってきます(緩効性肥料を含み、元肥追肥の機能を兼ね備えた一発肥料もあります)。

 

だったら、持ち出した分や流亡・揮散した分に相当する有機物を畑に戻してやればいいのでは、という考える人もいると思います。もちろんそれでも技術的には可能です。有機質資材は、微生物等による分解によって栄養素が溶出してくる場合が多く、温度や土壌条件によって肥効が変わりやすいのでコントロールが難しい、植物に最適な栄養バランスに調整し辛いという欠点がありますので、どうしても手間がかかりますが。

 

人間も栄養状態が悪ければやせ細ります。食べる、という行為を通じて栄養分を補給しないとどんどん代謝によって身体を構成している成分が失われていくからです。植物も同じことです。光合成によって空気と二酸化炭素から糖類を作り出せますが、それだけで植物体は形成できません。植物の生育に合わせ、適切な栄養補給をすることによって品質の良い農作物を作り出すことができるのです。

 

土壌酸度測定の世界的先駆者 大工原銀太郎博士とは

現役生活も残り2ヶ月ちょっとのがんちゃんです。

 

フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)(写真の男性は大工原博士ではありません)
土壌肥料の専門家として仕事をしているはずなのに、ごく最近までその用語を知らず、偶然見かけた文章からその存在を知ることができて、恥をかかずに済んだのがダイクハラ酸度というものでした。自分が見かけた文献では、漢字で「大工原酸度」と書いてあったため、その字面から工業的な尺度による酸度のことか?と思って調べてみたところ、行きついたのが大工原銀太郎博士でした。

https://www.jataff.or.jp/senjin4/5.html

 

ダイクハラ酸度とは、他の言い方では置換酸度とも言い、私はそちらの用語しか知らなかったんですね。土壌酸性化の文献を読んでいて、何の前提もなくいきなり大工原酸度という言葉が出てきたので、手持ちの土壌肥料用語事典を手繰ってみたものの、その用語の項目がありません。そこで、ネット検索に掛けたというわけです。

 

ところで、大工原酸度(置換酸度)とはどういうものでしょうか。通常、土壌の酸度はpHであると理解されていますが、厳密には違い、酸度とは土壌を酸性にする物質の含有量を指し、土壌養液中の水素イオンと土壌に吸着されている水素イオン、アルミニウムイオンの合計量です。

 

普通の土壌診断では、土壌の酸性の強さは、pHを用いて表します。風乾土:純水=1:2.5(重量比)で懸濁したものにpH電極を差し込んで測定するものです。しかし、これでは土壌粒子に吸着されている水素イオンやアルミニウムイオンは混濁液中には出てくることはなく、酸度とは微妙に違う尺度になります。そこで、塩化カリウムの水溶液を使って、カリウムイオンで水素イオンやアルミニウムイオンを置換して溶液中に抽出し、その溶液を水酸化ナトリウム水溶液で滴定して中和し、その量から換算して求めます。

 

さて、なぜこの置換酸度が大工原酸度と呼ばれているんでしょうか。多くの人がこれを読んで気づいた通り、大工原博士が開発した測定法だからですね。では、なぜ大工原博士はこの測定法を開発したのでしょうか。

 

大工原博士は、明治期に国が設立した農事試験場で様々な功績を上げた土壌肥料の研究者です。

 

博士は、農事試験場の技師であった頃、各地の農地から収集した土壌で、大麦に対するカリウムの施肥効果についてポット試験による研究をしていました。その試験で、3種類のうち2種類の土壌ではカリウムの施肥効果が認められましたが、兵庫県から収集した土壌だけ大麦が枯死してしまいました。同様の試験で、エンバクはかろうじて結実しましたが、大麦の枯死した理由が分かりません。そこで、博士が試験を行ったポットをよく観察してみたところ、亜鉛で作られていたポットの上部に腐植による穴が開いていることを発見しました。これは、土壌が強めの酸性であることが推測されました。

 

当時は、欧米から学んだ知識で、土壌の酸性は腐植酸によるものと思われていましたが、兵庫県から採取された土壌は花崗岩質であり、ほとんど腐植を含んでいません。そこで、博士はさらに研究を進め、酸性包水珪酸塩類、今の言葉に言い換えると粘土鉱物のコロイドに吸着されたアルミニウムイオンが酸性土壌の原因であることを突き止めました。これは、世界的に見ても画期的な研究成果でした。

 

その成果から、大工原博士は塩化カリウム溶液でアルミニウムイオンを置換して抽出し、土壌酸度を測定する「大工原酸度定量法」を開発したのです。

 

大工原博士は、その後九州帝国大学教授から総長、その後同志社大学総長に転任し、昭和9年に亡くなられました。しかし、明治期の日本において、世界的に見ても先進的な土壌肥料の研究が行われていたとは、大工原博士の研究への情熱と栽培ポットの穴から土壌酸度の原因究明に繋げた観察力には感嘆するしかありません。土壌肥料の専門家の端くれとしては、身の引き締まる思いですね。

 

家庭菜園を楽しむうえで注意してほしいこと

以前「家庭菜園を楽しんでいる方へご注意」という記事を書いたことがあります。もう13年も前になります。我ながらなかなかいいことを書いてはいますが、やや文章が粗く、上から目線でもありました…。なので、経験を積み重ねてきた現在なら、どんなものが書けるかと思い立ちました。

agriscientist.hatenablog.jp



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さて、家庭菜園にも色々ありまして、プロ農家の方が自分の栽培品目以外の農作物を作っている場合からご家庭の庭先でプランター栽培をしている場合までその規模も技術レベルも様々です。

 

その中で、プロ農家の方がされている家庭菜園は、ほとんどの場合自分の専門ではないとはいえ「わかって」やっていらっしゃるので自分の農作物への悪影響や、周囲の農家への迷惑も考えて作っておられます。そのことについては、前の記事でも書きました。

 

さて、ここで家庭菜園を楽しんでいらっしゃる方に気を付けていただきたいのが上の文章にも書いた「周囲の農家への迷惑も考えて」という部分です。

 

家庭菜園は、自分で作ったものを自分で食べるという楽しみのためにやるものですね。採れたてを食べられるし、自分で作ったものならなおさら美味しいと思います。しかし、生活はかかっていません。たとえ失敗しても、その気持ちの強さはいろいろあっても「残念だな」で済みます。

 

しかし、プロの農家はそうはいきません。病害虫の被害を受ければ、それだけ減収になりますし、生活が立ちいかなくなる可能性だってあります。そうしたプロの栽培に、家庭菜園が影響を与えている可能性がある、と言ったらどう思いますか?

 

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家庭菜園で病害虫が発生して、ほとんど収穫ができなかったとしましょう。そこでそれ以降は農作物を放置しておくとどうなるでしょう。そこで増えた病気や虫は、その家庭菜園の作物が使い物にならなくなった後、もし近くにプロ農家の田畑があればそちらに移動していきます。枯れてしまう前であっても、増えすぎて生存競争が激しくなってきたら、虫はそこから飛び出していきますね。病気は、カビによるものが多いですが、その場合、カビ菌の密度が上がれば胞子の量も増え、それが風などで飛ばされて他の田畑で病気を発生させる可能性が高くなります。

 

では、素人の家庭菜園ではどうしたらいいのでしょうか?プロ並みに農薬を使ってきれいにしておく必要があるのでしょうか。いえ、そんなことはありません。そこまでコストや労力をかけてしまうと、趣味の域を超えてしまいます。でも、できる範囲で周囲に迷惑をかけないようにしてほしいとは思っています。もちろん、プロ並みにやりたい、という方がいらっしゃったらそれはそれで大歓迎ですが(笑)

 

というわけで、私の考えが及ぶ範囲で、素人の方にでもできるコストや労力が最小限の対策をいくつか挙げてみましょう。

 

・近くにプロ農家の畑がある場合は、なるべく同じ品目や近い品目は作付けを控える。
→農作物の病害虫は、作物ごとに来やすい種類が違うため、同じまたは近い品目だと(特に虫では)お互いに移し合ってしまうことが多い。分類を見て、「科」が違うものにしておくとだいたい安心です。例として、実のなる野菜でもナス科はナス、トマト、ピーマン、トウガラシなどで、ウリ科にはキュウリ、カボチャ、トウガン、メロンなどがあります。他にはバラ科のイチゴ、アオイ科のオクラなどもありますね。それぞれ、近い種類のものは出来ればで良いので、避けましょう。

 

・被害を受けた農作物は早めにあきらめ、そのまま畑に放置せず、ビニール袋などに入れてゴミとして処分するか、焼却するか、深く穴を掘って埋める。
→現実には、場所が足りずに焼いたり埋めたりは難しいと思うので、せめて虫や胞子が飛ばないようビニール袋に入れて口を縛ってごみとして処分してください。

 

・雑草にも病気や虫はつくので、なるべく生やさない。
→雑草の中にも農作物と同じ「科」の植物があり、そこで増えた病害虫が自分のところや他人の畑に被害を及ぼすことがあります。一本も生やさないことは難しいですが、出費を伴いますが、畝にビニールマルチを掛ける、畝の間に防草シートを張るなどの工夫ができるといいですね。

 

・病気かな?何かいい対策はないの?と思ったときはJA(農協)の購買部(肥料や農薬を売っている所)や各都道府県が運営している農業改良普及センターに相談してみましょう。
→現地まで来て見てもらうというのは家庭菜園では難しいですが、相談には乗ってくれます。栽培方法も教えてもらえます。農業改良普及センターは都道府県によっては、農林事務所普及課など呼び方が違う場合があるので気を付けてください。各都道府県とも、現地指導を行う部署は必ず出先として存在します。あと、農業試験場なんかも良いかもですが、皆さん試験研究用の田畑にいることが多く、電話してもあまり出てくれないですね(笑)

 

以上、できるだけ厳しくない対策を挙げたつもりですが、それでも人によっては「素人に求めすぎ!」と思われるかもしれません。でも、プロ農家に迷惑をかけてしまうと、ますます野菜高騰がひどくなるかもしれませんので、できる範囲でいいので、気を付けてくださいね。

 

農家って自家用栽培には農薬を使わないの? いいえ、使います

油断していたら、年始から熱を出してしまったがんちゃんです。

 

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よく言われる「農家は自家消費用の農作物には農薬を使わない」と農薬が危険であることの根拠であるように語られる言説ですが、「使わない」という部分については事実である場合もありますが、普通に使っている農家さんも多数いらっしゃいます。

 

どうしてこういう持って回った言い回しをするのか、というと自家用栽培には農薬を使わない農家さんも、ほとんどの場合農薬が危険だから使わないのではなく、儲けに繋がらない小面積のためにわざわざ動噴などを引っ張り出して、単価の高い貴重な農薬を消費するのはコストからも労力からもバカらしいからです。

 

それでも農薬による防除をする場合は、それらがきちんと収穫できることや、自家用栽培の農作物で繁殖した虫や病気が、自分の経営品目に移って被害が出る可能性を下げることを農薬のリスクより優先しているからですね。というか農薬のリスクなどほとんど気にしていない方が多いと思います。

 

そのほかに、農協は使うべき農薬を指定して、それらを使っていないと出荷を認めない、儲けのために農薬を買わせないといけないからだと言う人もいます。もちろん農協は利益を上げなければいけませんから、農薬を農協で買ってくれればうれしいですが、そんな縛りはありません。農協指定の農薬でなかろうと、農薬を使っていなかろうと、農作物の形や大きさ、傷の有無など出来上がったものが出荷規格を満たしてさえいれば、必ず集荷してくれます。

 

使っている農薬がその作物に使用登録がなされていること、希釈倍率や収穫前日数など使い方がその登録内容に合致していることは農薬の使用履歴で確認しますが、それさえクリアすれば農薬に関しては何の問題もありません。全く使用していなくてももちろんオッケーです。

 

むしろ、登録されている希釈倍率より高い濃度で使用したり、使用可能な収穫前日数より短い日数で使用したり(7日前までとされている農薬を3日前に使用したなど)すればその時点で出荷不可になります。農作物への農薬の残留があるかどうかは関係ありません。

 

つまり、農協の決めた農薬の使用基準を守るのではなく、農林水産省に登録された農薬の使用基準を守っていれば出荷には何の問題もないわけです。それは、農協以外の市場出荷でも同じことです。

 

それとは別に、出荷物の抜き取り検査で農薬の残留検査を行うことがあります。農家さんが使用基準を勘違いすることもありますし(この場合は農薬取締法的にも問題です)、ごくまれにではありますが、使用基準を守っていても残留基準値を超えることがあります。このようなものはたとえ農薬取締法では問題がなくても、食品衛生法で規制を受けますので、やはり出荷停止になります。厳しい話ですが、仕方ありません。

 

以上、農家の自家用栽培での農薬の使用の話から、農協が農薬使用について農家に対して強制しているのかというところまで話が広がってしまいましたが、そのあたりの現状については、よくお判りいただけたかな?と思います。

 

ちなみに、私は農協職員ではありませんが、農家さんに技術的に関わる仕事をしており、多くの農家さんと接触していますが、その中で得た感触での話です。データをそろえて統計を取ったわけではありませんが、まず間違っていないと思います。

 

食塩を除草剤として使用する際のデメリットとは

ここ数日、ちょっと疲れ気味のがんちゃんです。

 

最近、生活の知恵的なものとして、また農薬を忌避する界隈などから食塩を除草剤として使用する話が(自分の観測範囲内では)ネットを中心に広がっているようです。

 

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食塩は普通に食品(調味料)として流通しているものですし、人体には必須の化合物なので、何でできているか分からない、草を枯らす物質である農薬の除草剤より安全で安心という心理はよくわかります。しかし、結局は植物を枯らしてしまうわけですから、度を過ぎれば良くないものである、ってことはわかりそうなものですけど…。

 

それはともかく、たとえADI(一日摂取許容量)が設定されていない食塩(塩化ナトリウム)と言えど、当然農薬登録はされておらず、特定防除資材にも指定されていませんので、「除草を目的として」農作物を栽培している農地に使用すれば農薬取締法に違反している可能性があります。ですので、ネット等で安易に食塩による除草を勧めることは法令違反を推奨していると取られても仕方ない行為なのです。

 

 

さて、法令の話等はいったん脇にどけておいても、なお食塩は除草剤として使うには不適切だと思います。その理由を以下に述べようと思います。

 

まず、食塩を土壌に施用すると何故植物が枯れるのでしょうか。それは、次のような理由によるものです。まず、塩化ナトリウムが土壌水分や空気中の湿気で溶けて土壌養液中に移行することで水溶性物質が増え、浸透圧が上昇します。浸透圧とは、濃度の違う水溶液を半透性膜(水などの溶媒のみを通し、溶けている物質は通さないもの)で2つに分けられた容器の両側に入れると、濃度の薄い方から濃い方に水が移動し、両側の濃度が同じ平衡状態になろうとする現象です。この時、濃度の濃い方の液体は低い方に比べて液面が高くなります。これは、水以外の溶媒でも同じです。

食塩を土壌に施用することで浸透圧の上昇が起こり、植物体中の水分が土壌養液の方へ移動する力が働き、植物が根から水分を吸えなくなることで枯れてしまうわけです。しかし、この方法では雑草も枯れますが、作物も枯れてしまいますね。

 

じゃあ、雑草だけ枯らして、しばらく待ってから作物を植えるのはどうでしょう。食塩は水に溶けるのだから、雨が降ったら安全になるのでは?確かにその通りですが、雑草が枯れてしまうほど食塩を撒いた後ではそう簡単に抜けてくれるものではありません。その畑の排水性や土質にもよりますが、かなりの降水量がないとなかなか作物の生育に障害がない濃度まで下がるとは思えません。

 

食塩を撒いた土壌が、作物の生育に害がないかどうかは、専用の機械があれば比較的簡単に調べることができます。それは、電気伝導度(EC=electric conductivity)の測定です。一定量の土壌を決められた比率の純水に入れてかき混ぜ、電極を差し込んで測定します。純水は絶縁体ですから、何も溶け込んでいないと電気は流れません。水溶性物質があると、イオンの働きで電気が流れるようになり、どのくらい電気が流れるかで水溶性物質のざっくりした合計量が分かります。これで、土壌中に残っている食塩の量が、植物に害を及ぼすかどうか知ることができます。あくまで害を及ぼすかどうかが分かるだけで、どのくらいの量かは正確には分かりません。

また、食塩は水に溶けるとはいっても、水でかけ流すには限界があります。というのも、土壌粒子やそれと共存している腐植物質は-(マイナス)に帯電しており、食塩の主成分である塩化ナトリウムが水に溶けて出来るナトリウムイオンは陽イオンなので+(プラス)に帯電しているため土壌粒子や腐植物質にくっついてしまい、水に流されにくくなるのです。ナトリウムは、植物の必須元素ではありませんし、根の細胞壁でカルシウムの働きを阻害し、細胞壁が弱くなると言われているため、そういった意味からもナトリウムの蓄積は植物栽培にとって有害なものであると言えます。詳しくは、以下のリンクをご覧ください。

jspp.org



海沿いの農耕地に高潮などで海水が流入すると、作物の生育が阻害され、まともに栽培ができる状態に戻すのに時間と手間がかかるのはこういった理由からです。

 

さて、それでは海水が流入して作物の栽培に影響が出ることを塩害と言いますが、塩害からの農地の回復にはどのような技術的解決策があるのでしょうか。

 

基本的には、農地に真水を入れ、できればトラクターでかき混ぜて(水稲における代掻きのような作業です)表面水を流す、という手法が取られます。これで、栽培に影響がなくなったかどうかをECの測定によって判断し、十分に下がっていなければまた水を入れてかけ流すというのを繰り返します。先程ナトリウムは流れにくいと言いましたが、全く流れないわけでもないので、このかけ流しだけで解決することも多いのです。

 

それでも、ナトリウムが流れていないと思われる場合はどうしたらいいのでしょうか。ナトリウムの残留については、ECだけでは判断できませんが、土壌の化学分析を行った結果、ナトリウムの数値が高ければ石灰質資材(カルシウム)を施用することで、カルシウムも陽イオンですので、カルシウムイオンが土壌粒子にくっつこうとする力を利用してナトリウムを引っぺがし(置換すると言います)、水で流してしまうという手法を使います。土壌pH(酸度)を測定し、低ければ炭酸石灰などを、高ければ石膏(硫酸石灰)を使います。炭酸石灰はpHが高ければ(アルカリ性)溶けにくく、土壌pHを更に上昇させます。石膏は土壌pHが高い状態であれば少し下げ、その上でナトリウムを流す効果もえられます。


食塩のもう一方の構成元素である塩素は陰イオン(-)ですから、土壌粒子などにはくっつくことはなく、水に流されていきます。

 

以上、農地の除草に食塩を使うことの問題についてお話しさせていただきました。法令に違反している可能性があること、その後の栽培に影響があることを十分に理解できれば、除草に食塩など使うものではないとお分かりいただけたと思います。

農地への有機物の施用はなぜ必要なのか

1日座り仕事をしていると膝がこわばるようになったがんちゃんです。

 

前回のPFAS解説記事での、有機物の循環についてもう少し突っ込んで話してみた方が良いなと思いましたので、追記という形で独立した記事にしてみました。

 

様々な人間活動において、持続可能性は重要な課題になっています。それは、その活動内容によって、経済的なものであったり、環境的なものであったりします。農業においても、個別の経営体で見れば、経済的に成り立たなければ持続的に続けていくことはできません。また、人類全体で考えてもそうですが、もう少し実感しやすく地域で考えても環境に配慮したものでなければ持続可能なものにはならないでしょう。

 

その一つの手段として、有機物を農地に戻す循環型農業が考えられます。

 

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農業を生産技術だけでとらえれば、収量・品質共に有機物の循環は必須ではなく、植物の生育だけに留意して資源を投入していけばいいわけです。しかし、それで土壌の状態が悪化したり、周辺環境が変わってしまえば植物は育てにくくなり、結果として持続的に農業を続けていくことができなくなります(養液栽培を活用した施設園芸など一部例外もありますが、ここでは本筋を外れるためいったん脇にどけておきます)

 

自然状態では、食物連鎖というものがあり、動植物は死後自然に帰っていきますが、その頂点に立っている生物でも最終的にはその遺骸や排泄物は土中や水中で分解され、微生物などのエサになり、また食物連鎖に組み込まれていきます。


ところが、そこへ人間活動が関わってくるとどうなるでしょう。人間は家畜などの動物も、農作物も食料として摂取します。ところが、文明が発達した現在では人間は(少なくともわが国では)遺骸は火葬されますし、排泄物は下水を通して処理されたりして、有機物が大気や海に分散され、有効に活用されることはありません。

 

そこで、できるだけ人為的に、集中的に農地へ有機物を戻す循環型農業の必要性が出てくるわけですが、有機物を完全に循環させても、そういう状況において我が国は、人口に対して耕地面積が不足しており、養える人口は3000万人程度が限界と言われています。つまり、2024年現在の日本の人口は1億2千万人強ですから、国内で完全な循環型農業が達成できたとしても、4分の1の人間しか養えないことになります。

 

それでも、だからと言って有機物の循環に対する努力をしなくてよい、ということにはなりません。化成肥料といえども無限に作り出せるわけではないし、植物の必須元素であるリン酸など主要原料の資源枯渇が懸念されるものもあります。リン酸は、主にリン鉱石から作られ、その鉱床は動植物の化石質やグアノ(鳥糞化石)が基になっており、有限の資源とされています。単に埋蔵量だけが問題なのではなく、原料としてコストの見合う採掘ができる場所が限られている、ということもあります。

 

というわけで有機物、中でも腐植(炭素)を農地に戻すことと、それに合わせて他の土壌養分を有効活用することも大事になってきます。例えば、土づくり資材の代表的なものとしてよく挙げられるのは家畜ふん堆肥だと思いますが、畜種によって違いますが、バーク堆肥や腐葉土など植物質の資材に比べ肥料成分は多くなります。つまり、腐植(炭素)の循環を重視するなら植物質の堆肥(ほかに、緑肥作物の作付けという手段もあります)、土づくりに合わせて肥料成分の供給も行うなら家畜ふん堆肥となります。

 

よく利用される家畜ふん堆肥の中では、鶏ふん>豚ぷん>牛ふんの順で肥料成分は多くなります。逆に、土づくりの重要な項目である腐植の増加については牛ふんがもっともその効果が高く、次いで豚ぷん、鶏ふんとなります(どちらもおがくずやもみ殻などの副資材は含まない場合)。ですから、腐植に着目し、土壌物理性の改善を主目的とした場合は牛ふんを、肥料成分の供給を重視する場合は鶏ふんを使うといい、ということになります。どの畜種を使うのかは有機物を循環させる目的、どのような植物をどのような目的で栽培するのかによって選ぶといいでしょう。ただし、鶏ふんは肉用鶏と採卵鶏では主にエサの違いなどから肥料成分量が違い、一般的に肉用鶏は窒素が高く、採卵鶏ではリン酸とカルシウムの数値が高くなります。

 

以上のようなことに注意しながら、栽培する植物の種類や目的などによって堆肥をはじめとした有機質資材(堆肥・肥料も含む)を上手く組み合わせて使い、資源の節約と土づくり、環境保全を進めていくことが大事なのだと思います。

下水汚泥堆肥化・利活用時に障壁となるPFASとは

近年、肥料資源の枯渇が懸念されることや、それに伴う肥料高騰などが問題になっています。また、通常の農業生産技術の面からも土づくりが重要視され、循環型農業の必要性が高まってきています。

 

フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com) ※写真は本題と関係ありません

わが国では、完全な循環型農業が実現したとしてもなお有機質資材が不足すると言われています (その詳細な解説については、別項で解説させていただきます)。そのため、使用可能な有機質資材は余すことなく活用する必要があります。

 

その中で、一般的な家畜ふん堆肥などのほかにも様々な資材があり、近年使用例が増加しつつあるのが下水汚泥を原料とした有機質資材です。

 

下水汚泥は窒素やリン酸など植物の栄養成分が豊富で、国外や国内各地で、乾燥しての肥料化や脱水後発酵させて堆肥化、リン酸の回収など農業用に有効利用されており、これから積極的に利用していくべき有機質資材であると言えます。

 

しかし、下水汚泥には有害物質が含まれている場合があり、それが農業用での利用に対し、障壁となっています。農林水産省では、下水汚泥を肥料として利用する際(以下、汚泥肥料)には、ヒ素カドミウム、水銀、ニッケル、クロム、鉛について基準値を設定し、これを超えるものは流通を規制しています。

www.maff.go.jp



ところが、近年これらに加えて、フッ素の有機化合物(PFAS)も汚泥肥料に残留していることがある、ということが分かってきました。規制の対象となる主なものとしてはPFOSとPFOA、PFHxSがあり、それぞれ工業製品の中間材料や消火器の内容物などに使われています。これらは環境での残留性が高く、また難分解性であり、人体への毒性も確認され、動物実験では胎児の発生に影響が見られていることから遺伝毒性も懸念されているため、飲料水などの残留については暫定的ではありますが、厚生労働省は水道水で、環境省は地下水などで50ng/Lという暫定目標値を設定しています。また、食品安全委員会では胎児への影響を調べた動物実験を主たる根拠にTDI(耐容一日摂取量)を20ng/kg体重/日と設定しました(令和6年6月現在)。これで、食品中への残留基準値設定への道筋が開かれたと言えます。

 

ちなみに、これに関連してよく巷で話題になるフライパンのコーティングに使われているPTFEについては、PFASの一種ではありますがはがれたものが食品に混入してもその化学的安定性から分解されて吸収されることはなく、毒性はないと言われています。ただし、過熱状態(360℃超)になると有害な蒸気が発生することがあるので、注意は必要です。

 

閑話休題

 

では、下水汚泥を堆肥化するなどして農地で利用する際に、PFASの基準値等の設定はどうなっているのでしょうか。令和6年4月に農水省から発表された「汚泥肥料中のPFOS及びPFOAについて(令和6年6月更新・pdf)」では、明確な基準値は設定されていませんが、全国の事業所等から収集したサンプルについて分析した結果、最大値を示した250μg/㎏を連年施用した農地でも先に取り上げたTDIの20ng/kg体重/日を超過することは考えにくいとしています。現時点では、土壌中でのPFASの動態や植物体への移行については知見が不足しており、TDIを用いた基準値の設定は難しいものと思われますが、将来的には重金属類と同じく基準値が設定される可能性はあります。

 

以上のことから、下水汚泥の農業での活用については、現時点ではPFASに関してはあまり神経質になる必要はないと思われますが、新しい知見が蓄積され、何か動きがある可能性もあり、今後も注視していきたいと思います。