アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

TPPでの稲作をどう考えるか

このエントリの本題には関係ありませんが、このたびの東北関東大震災に際し、犠牲者の皆様に哀悼の意を表するとともに、被災者の皆様が一日も早く日常に復帰されるよう、また関係者の皆様のご努力に感謝申し上げます。

<追記>

いきなりで申し訳ないが、改めて読み返してみると摂津国人さんのエントリに対する返答にしようと書いたエントリだったが、なんだか噛み合ってない。もちろんこれは私の不徳の致すところです。と言うわけで、事情をご存じの方もそのあたりご承知の上でお読みください。

さて、ようやくブログの更新にまとまった時間と気力が確保できそうなので、以前トラックバックをいただいた摂津国人さんのブログ「はてなビックリマーク:カリフォルニア米の「リアル」」にお応えしたい。

それにしても、摂津国人さんの自分とは違った視点での農業に対する言及にはいつも感心させられる。前にも言ったことだが、自分はあまりに技術者としての視点に固まりすぎ、また自分が関わっている農家の心情に寄り添いすぎ、やや視点が偏っているように思う。摂津国人さんや最近twitterで相互フォローをしていただくようになった方々から自分とは違った視点での話を聞けて少しはその偏りが修正できればいいのだが・・・。その点では前エントリにコメントいただいた苦笑さんにも感謝せねばならないだろう。

それでは、本題に入りたい。

摂津国人さんはこのエントリとこうめさんのブログを読んだ上で、自分なりにカリフォルニアなどで生産されているジャポニカ米について調査した上で、

>短粒種は今年の市場価格では中級クラス以上の銘柄米と変わらない値段です。余程の品質でもない限り競争力は有りません

と看破されている。私もリンク先を見てみたが、そこから得られる情報ではカリフォルニア米などの販売価格については特に異論を持つ余地はなかった。摂津国人さんも指摘されているようにアメリカ国内での流通事情がわからないため、この価格がそのまま日本に輸出された場合に適用できるものかどうかはわからないが、なるほどこれではカリフォルニア米が国産米にとって直ちに脅威になるとは思えない。

そこで、私はいろいろと手を尽くしてカリフォルニア米の生産経費について調べてみたのだが、どうにも信用できる資料が見つからない。私は前エントリを執筆する際、業界団体が発行している雑誌などでTPPに関して論じられている記事を参考にしたのだが(もちろん賛否両論ともに)、アメリカ産米その他について、やはり内外価格差3倍などの数値が見られるのみで生産にかかる面積あたりあるいは生産量あたりの正確な積算基礎のある数値は見つけられなかった。

そこで、(株)日本総研が出している「わが国農業の再生に向けて」という資料を見つけたので、提示して参考としてみたい(pdfファイルなので注意)。

これによると、カリフォルニア米の輸出価格は年々上昇を続けているが、それでも2010年2月で約750ドル/t(グラフから目視での読み取り)≒3,600円/60kgである(ただし、この数字は中粒種であるし、精米価格であるので単純には比較できないので注意)。この報告書でははっきりとはわからないが、関税がかかってない価格のように読める。この数字が間違いないとしたら関税撤廃後ではとてもではないが競争にならない。もちろん、これに国内流通などの金額が上乗せされるのだろうがそれでも少なくとも瀬戸内地域ではこんな生産単価は夢のまた夢である。参考までに、香川県の試算では平均的な44aの生産規模で玄米60kgあたりの生産単価は約19,000円である。

この報告書の予測によると2020年までに10万円/t≒6,000円/60kgに収束するとあるが、それは以前に苦笑さんが指摘していたように稲作適地でなければ大規模化したとしてもかなり難しいのではないか。少なくとも瀬戸内地域の場合、高齢化した小規模兼業農家が離農して耕作放棄地がたくさんできたとしても、1筆あたりの面積が小さいため、それらを集約しての大規模化にはかなり無理が伴うだろう。

このような事から考えると、摂津国人さんもブログの該当エントリで言及されているように適正価格はどう考えても4,000円/10kg以上だと思われる。だとしたら、日本総研の資料から考えればTPP加盟後はどう考えても国内の稲作は成り立たないのではないか。私が以前から主張しているように、国民的合意のもと、よりしっかりした所得補償制度を確立するか、買い支える意識を持つしかないように思える。

もちろん、このように考えていて、いろいろな方策がうまくいくなどして国内生産単価を大幅に引き下げられたり、あるいはもとからジャポニカ米の国際流通価格と国内価格の差が思ったほど無く、普通に勝負できるのなら所得補償の予算を使わずに済む、または消費者の懐が痛まずに済むだけの話なので(もちろん対応する準備のためのコストは無駄になる可能性があるが、それは小さい問題だと思う)国としてそういう意識を持って準備しておくべきだと思うのだが、どうだろうか。

それから、自分としては国内農業が壊滅状態になることによる生活環境などの急激な変化も人間生活にとってマイナスになると考えているので、農業の保護を優先に考えたらこうなる、と言う意見であって、急激な変化を許容してでも農業を含む産業構造の改革をもたらすべき、というのはまた別な議論になることをお断りしておきたい。