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農家さん、ご心配なく。種苗法の一部を改正する法律案についての解説

最近、ニュースやSNSなどで種苗法の改正が取りざたされています。生産農家の権利が著しく制限され、大きな不利益を被るのではないかという論調がちょくちょく見られます。

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結論から言うと、今までとほとんど変わることはありません。その理由は順を追って説明していきましょう。

 

まずはそもそも、種苗法とはどのような目的で作られ、どのように運用されている法律なのでしょうか。ごく簡単に言うと、新品種を育成した人や団体がその育成者権を占有できる権利を認め、保護することが目的です。多額の費用や労力をかけて作り上げた新品種については、育成者がその利益を十分に受けることは当たり前のことですね。この辺りは、特許や実用新案などの考え方とよく似ています。

 

しかし、時代の変遷とともに従来の種苗法では育成者権の保護が難しくなる事例が出始めました。登録品種の権利侵害についてその証明が煩雑になりがちであったり、海外へ持ち出されて権利を著しく侵害された場合にも取り締まりが難しかったりしたのです。そのあたり、育成者権を保護しやすくしようというのが今回の種苗法改正の主旨です。

以上のようなことから、今回の改正案では、登録品種の育成者権について効力の及ぶ範囲を拡大することがその柱となっています。それについては、農林水産省のHPによくまとめてあり、特に「種苗法の一部を改正する法律案の概要」というpdfでおおよそ必要な情報は得られると思います。

https://www.maff.go.jp/j/law/bill/201/attach/pdf/index-38.pdf


ただ、このpdfでは生産農家の権利の制限についてはよくわかりませんし、その他農水省HPのどこを読めばいいのか関係者以外にはわかりにくいので、当ブログではそのあたり、とくに生産農家による自家増殖、自家採種の制限についてポイントを絞ってお話ししたいと思います。

 

まず、今回の改正によって農家の権利が侵害され、損害が大きいとの報道などが流れてくるのが生産農家による自家増殖の制限という部分でしょう。これについては有名人がツイッターで自家採種が一律に禁止であるかのような印象を与えるツイートをしている例がありますが、これはどう考えても農水省の説明も法律本文も全く読んでないとしか言いようがありませんし、そうでないなら説明不足にもほどがあります。

 

これまでも何度も申し上げてきましたが、新品種を育成した場合、育成者にその権利を保障するのが当たり前です。この点についてはこれまでもそうでした。誰でもが勝手に種子や苗を増殖して販売すれば、育成した人がかけた費用や労力が回収できません。なので、品種登録という制度が種苗法によって策定されたわけです。

 

その育成者権を定めている現行種苗法(令和3年3月末までの予定)の条文は第二十条になります。

elaws.e-gov.go.jp

はい、お読みいただいた方、わかりにくいですね。育成者が専有して利用する権利がありますが、育成者が他者に「ここまでなら自由に使って良いですよ」という権利を設定した場合は設定された人はその範囲で自由にやって良いよ、ってことですね(自信はない)。ここで、第二十条に「育成権者が専有利用権を設定した場合」という文章がありますが、育成権者が他者に専有利用権を付与することができるということですね。この内容については第二十五条で規定されていますが、かなり行使できる権利の範囲は広くなっていると思われます。ともかく今までの種苗法でも、法の精神としては農家が自分で利用する範囲であっても勝手に増やしちゃダメよ、というわけです。

 

ただ、例外規定として生産農家がその収穫物を自分の経営における次作の種苗として利用することは自由に行うことができました。この部分こそが今回の改正で一部の人に問題視されている最大のポイントで、その内容は次の現行法第二十一条およびその2項に示されています。

 

つまり、収穫物に含まれる種子などを自分の農業経営の範囲において次の作付けなどに自由に使い、その収穫物を販売することができたわけですね。それを今回の改正では許諾を得ないと使えなくなったわけです。しかし、お気づきのように今までの法律でも契約によってそれを制限することはできたんです。また、イチゴのようにランナーという匍匐茎を使って増やすものやイモ類などの栄養繁殖植物は親と全く同じものが簡単にコピーできますのでこの例外規定は適用されません。

 

どういうことかというと、今までは現行法第二十条によって本来は育成者が業として利用する権利を専有しているところ、現行法第二十一条2項の例外規定で自家増殖は自分の農業経営に使う限りにおいては二十条の育成者権の効力が及ばないため、育成者権専有者の方から制限をかけたい場合に限り契約などが必要だったのに対し、改正法では現行法第二十一条の例外規定が削除されることになったため、これからは二十条がそのまま適用され、自家採種したい場合には許諾が必要、となったわけです。つまり、育成者権が守りやすくなったと言うだけで、従来とほとんど変わっていないとも言えます。農家目線で言えば、いちいち許諾が必要になって面倒だと言うだけのことことですね。

※青字の部分を修正しました。文章の趣旨は変わっていません。

 

さて、だとしたら、特に問題があるとは思えない今回の改正を問題視している人の主張はどういうものなのでしょうか。まず一つ目は自家増殖は一律禁止になった思っている人が居ることですね。割とこういう人は多いのではないでしょうか。

これは全くの勘違いで、先ほども申し上げたように許諾を得られれば自家増殖はできるわけです。これはもとから制限をかけるつもりがない人は許諾してくれるはずですから今までとほぼ変わらないと言うことはすでに述べました。


また、自家増殖ができないのは「登録品種」だけであり、昔からある在来種や、登録の年限が来てその効力が失われたものは「一般品種」となり種苗法による自家増殖の制限を受けません。また、時々言われますが、家庭菜園での利用にはこれからも影響がありません。

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農林水産省HP「種苗法の一部を改正する法律案について」より引用

 

次に時々聞かれるのが、世界的種子メジャー企業が日本の種苗市場を席巻し、メジャーの品種でないと作れない状況を作り出し、高額な許諾料を取って農家の経営を破綻させてしまうのではないかという話です。普通に考えて、陰謀論というヤツです。

 

悪人のイラスト「黒いシルエット」

しかし、日本には無数の種苗メーカーがあり、日本人が好みそうな細かく分岐した品種群を持ち、メジャーの一品種でそれらをすべて駆逐するのはほとんど不可能だと思われます。それに彼らにとって、日本の市場はそれほど大きくなく、巨額の資金と労力を投入するほど魅力的とは思えません。


今までだって、登録品種では自家増殖を制限したければすることはできたのですからやるならとっくにやっています。また、仮にメジャーの品種に日本の登録品種が駆逐されてしまったとしても自家増殖可能な一般品種がたくさんあり、経営の規模に見合わないくらい高額な許諾料を取られるくらいなら一般品種を採用すれば良いのです。いまでも、最新の登録品種には目もくれず、自分好みの一般品種でガンガン自家採種して良いものを作っている農家さんはたくさんいらっしゃいます。

 

ここまで知っていても、それなら種子メジャーは優良な一般品種を取り込み、自らの品種として登録してしまうという力業をつかうのでは、とかなりひねった考えをする人も居るようです。しかし、すでに品種として知られているものを登録することを種苗法は禁じています(第三条1項)。

 

ここまで、生産農家が種苗を自家増殖または自家採種するという前提でお話をしてきましたが、自家増殖をされる方はどちらかというと少数派です。特に野菜類では、一般に販売されている種子はF1(雑種第一代)が多く、自家受粉させて種子を得ても、親と同じ形質であることはほとんどありません。これについての説明は本エントリーがなおさら長くなるのでいたしません。申し訳ありませんが、リンク先をお読みください。また、種苗の増殖は結構手間がかかり、均一に苗を作るのが難しい場合も結構あります。なので、自家増殖が許されている品種でも増殖や育苗は外注する人が多数派だと思います。

noguchiseed.com

 

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フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

 

というわけで、本エントリーでは生産農家による自家採種、自家増殖の種苗法改正での問題について解説させていただきました。今回の種苗法改正は他にもポイントがいくつかありますが、それらについてはそれぞれで農水省のHPをご覧いただきたいと思います。その中で、またポイントとなる問題点が見つかることがあったら、別エントリー等で追々説明を追加していきたいと思います。