アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

種苗法改正について2 UPOV条約と海外持ち出し制限

今回のエントリーは前回の続きです。今年度行われる種苗法改正施行について、どのような目的でどのような改正が行われたのかをお話ししてみましょう。

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agriscientist.hatenablog.jp

 

農水省のpdf8ページ目に「我が国で開発された優良品種の海外流出」という表題がつけられています。ここでは、ブドウのシャインマスカットという品種が普通の販売を通して海外に持ち出され、向こうで独自の品種名をつけられたうえで販売されるという明白な育成者権の侵害が起こっていますが、これまでの種苗法では違法にはならず、取り締まることはできませんでした。

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 ※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~8ページより

 

そこで、育成者権を守りやすくするための改正が行われ、その一部がとある方面で問題視されましたが、特に問題となるわけではないということは以前お話ししたとおりです。

 

しかし、以前から「農家による自家採種の禁止」のみが話題になり、他の改正部分についてはあまり知られていないように思われます。今回の改正は令和3年度と4年度の2回に分けて施行されますが、3年度が6項目、4年度が3項目施行となっています。その他細かい項目もいくつかありますが、それらは状況に応じて説明するか考えたいと思います。

 

農水省pdfの11ページ目、この番号に沿って順番に行きましょう。まずは「1 輸出先国の指定(海外持ち出し制限)」についてです。

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※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~11ページより 

 

ここで、UPOV条約という国際条約が出てきます。その全文はここ(pdf)に掲載されていますが、これを全部読んで理解するのは大変ですし、ここで理解する必要もありません。ですので、要約して説明したいと思います。簡単にまとめた図(pdf)がありますので、こちらを参照しながらご説明いたします。

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※151208UPOV条約概要.pptxより

 

UPOV条約には71年条約と91年条約が併存していて、どちらも、植物の新品種を統一された内容で国際的に保護しよう、という基本理念は同じですが91年条約のほうが保護期間が長く、適用される植物種に制限がないという部分でよりその内容が強化されたものとなっています。

 

ただ、このUPOV条約に批准しているだけで海外での育成者権が守られるわけではなく、あくまで加盟各国の品種登録制度によって守られることになりますので、種苗の輸出を行う際には相手先国での育成者権の取得が必要になります。日本でもこの条約に適合した品種登録制度の整備が必要であったため、そのためもあって種苗法が制定、施行されました。

 

海外での無断増殖を防止するにはこのUPOV条約に基づいて相手先国で育成者権を取得すればいいのですが、条約に批准していない国もありますし、加盟国であれ種苗を輸出するのでもなければそういう登録の手間や金銭的負担を考えれば意味があることとは思えません。一応、農水省中国における育成者権の取得マニュアルそして韓国版も作成していますので、参考までにリンクを張っておきます。(実は、私はまだ精読していません)。

 

UPOV条約の説明が長くなりました。ともかく、これまでは条約加盟国であるなしにかかわらず、外国での日本国内育成品種の無断栽培及び生産物の逆輸入などが起こりました。その結果、取り締まりができなかった従来法を改正し、国内品種の海外流出を防止するのがこの「輸出先国の指定(海外持ち出し制限)」なのです。

 

今までの種苗法では、登録品種の種苗が「販売後に」海外に持ち出されることは違法ではありませんでした。つまり、適法に増殖された種苗が一般的な種苗店で販売され、それがこっそり海外に持ち出されてもそれ自体を取り締まることができなかったのです。また、以前取り上げた農家による自家増殖についても、それ自体は農家が自身の経営に利用する限り違法ではなかったため、それを勝手に(外国人を含めて)譲渡されてもわかりにくい状況でした。それらを取り締まることができるのがこの改正部分(輸出先国の指定)のポイントです。

 

内容としては、品種登録出願時に届出を行い、UPOV条約加盟国から指定国を選んで届け出ることで、それ以外の国に対しての輸出には制限がかけられます。「指定国なし」にした場合はすべての国への輸出が制限されます。届け出をしなかった場合は、加盟国以外への輸出のみ制限されます(従来法と同じ)。また、以前から話題になっている自家増殖の制限(許諾制)についても「こっそり譲渡」を防ぐためにも重要なのです。

 

そのほか、農林水産大臣に対し、登録出願や登録公示と同時に利用条件を公示することが課せられたり、業者が種苗を販売する際にそれが登録品種であること、海外への持ち出しに制限があることを表示することが義務化されました。

 

以上が今回の種苗法改正における、種苗の海外流出の防止に資する改正点です。また非常に長くなりましたので、次回に引き継ぎたいと思います。