アグリサイエンティストが行く

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土壌酸度測定の世界的先駆者 大工原銀太郎博士とは

現役生活も残り2ヶ月ちょっとのがんちゃんです。

 

フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)(写真の男性は大工原博士ではありません)
土壌肥料の専門家として仕事をしているはずなのに、ごく最近までその用語を知らず、偶然見かけた文章からその存在を知ることができて、恥をかかずに済んだのがダイクハラ酸度というものでした。自分が見かけた文献では、漢字で「大工原酸度」と書いてあったため、その字面から工業的な尺度による酸度のことか?と思って調べてみたところ、行きついたのが大工原銀太郎博士でした。

https://www.jataff.or.jp/senjin4/5.html

 

ダイクハラ酸度とは、他の言い方では置換酸度とも言い、私はそちらの用語しか知らなかったんですね。土壌酸性化の文献を読んでいて、何の前提もなくいきなり大工原酸度という言葉が出てきたので、手持ちの土壌肥料用語事典を手繰ってみたものの、その用語の項目がありません。そこで、ネット検索に掛けたというわけです。

 

ところで、大工原酸度(置換酸度)とはどういうものでしょうか。通常、土壌の酸度はpHであると理解されていますが、厳密には違い、酸度とは土壌を酸性にする物質の含有量を指し、土壌養液中の水素イオンと土壌に吸着されている水素イオン、アルミニウムイオンの合計量です。

 

普通の土壌診断では、土壌の酸性の強さは、pHを用いて表します。風乾土:純水=1:2.5(重量比)で懸濁したものにpH電極を差し込んで測定するものです。しかし、これでは土壌粒子に吸着されている水素イオンやアルミニウムイオンは混濁液中には出てくることはなく、酸度とは微妙に違う尺度になります。そこで、塩化カリウムの水溶液を使って、カリウムイオンで水素イオンやアルミニウムイオンを置換して溶液中に抽出し、その溶液を水酸化ナトリウム水溶液で滴定して中和し、その量から換算して求めます。

 

さて、なぜこの置換酸度が大工原酸度と呼ばれているんでしょうか。多くの人がこれを読んで気づいた通り、大工原博士が開発した測定法だからですね。では、なぜ大工原博士はこの測定法を開発したのでしょうか。

 

大工原博士は、明治期に国が設立した農事試験場で様々な功績を上げた土壌肥料の研究者です。

 

博士は、農事試験場の技師であった頃、各地の農地から収集した土壌で、大麦に対するカリウムの施肥効果についてポット試験による研究をしていました。その試験で、3種類のうち2種類の土壌ではカリウムの施肥効果が認められましたが、兵庫県から収集した土壌だけ大麦が枯死してしまいました。同様の試験で、エンバクはかろうじて結実しましたが、大麦の枯死した理由が分かりません。そこで、博士が試験を行ったポットをよく観察してみたところ、亜鉛で作られていたポットの上部に腐植による穴が開いていることを発見しました。これは、土壌が強めの酸性であることが推測されました。

 

当時は、欧米から学んだ知識で、土壌の酸性は腐植酸によるものと思われていましたが、兵庫県から採取された土壌は花崗岩質であり、ほとんど腐植を含んでいません。そこで、博士はさらに研究を進め、酸性包水珪酸塩類、今の言葉に言い換えると粘土鉱物のコロイドに吸着されたアルミニウムイオンが酸性土壌の原因であることを突き止めました。これは、世界的に見ても画期的な研究成果でした。

 

その成果から、大工原博士は塩化カリウム溶液でアルミニウムイオンを置換して抽出し、土壌酸度を測定する「大工原酸度定量法」を開発したのです。

 

大工原博士は、その後九州帝国大学教授から総長、その後同志社大学総長に転任し、昭和9年に亡くなられました。しかし、明治期の日本において、世界的に見ても先進的な土壌肥料の研究が行われていたとは、大工原博士の研究への情熱と栽培ポットの穴から土壌酸度の原因究明に繋げた観察力には感嘆するしかありません。土壌肥料の専門家の端くれとしては、身の引き締まる思いですね。