アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

なぜ農業では肥料が必要なのか 当たり前のことの説明

ここのところ、膝のこわばりに悩まされているがんちゃんです。

 

フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)
近年というよりは、結構前から有機農業の概念をさらに推し進めた自然農法という言葉をよく目にするようになりました。化学合成農薬や、化成肥料不使用はもちろんのこと、突き詰めれば、耕さず、除草をせず、一切の手入れをしない、さらには有機質肥料ですらやらないという所までやるものを指すこともあるようです。

 

自然状態では、動植物に必要な栄養素は、土壌や水系、大気などを通じて循環し、(少なくとも人間の人生程度の短い時間では)草原はいつまでも草原ですし、森林はいつまでも森林です。その中で暮らしている動物も、多少の増減はありながらでも、ずっとそこである程度の個体数を保っているように見えます。

 

ですから、人間もその循環の中から必要な分だけを取り出し、利用するという考えであれば、自然農法もその考え方に則っていけば十分にやっていけるはず、と思えるのかもしれません。

 

ですが、既にわかっていた人もいるでしょうし、ここで変だな、と気づいた人もいるでしょうが、最低でも食べるために収穫して持ち出した分の栄養素はその場所からは無くなってしまうわけです。


しかも、自然状態では、たまたまそこの環境に適合した多種多様な生物が、それぞれにお互いを補い合って、何とか生き延びているにすぎません。農業の畑などのように、単一の植物種が特定の場所を占有しているという状況はほぼあり得ないのです。

 

植物が生育するために必要な栄養素、特に三大栄養素の窒素、リン酸、加里は大量に持ち出されます。果実など可食部分だけを持ち出し、残りの残渣はすべて置いていったとしても、栄養素が持ち出されるという点では、量の多少はあっても同じことです(その場での水系への流亡や大気への揮散については、循環に組み込まれているものとしてここでは無視します)

 

しかも、自然を謳っていたとしてもあくまで「農法」です。農業技術のいちカテゴリーです。どんなに自然に近づけたつもりでも、人間の意思が介在し、「作物」を「育てて」いる時点で本当の自然ではありません。

 

話が少し逸れました。ともかく、収穫して持ち出している以上、最低でもその分を補給してやらないと、作れば作るほど収量は落ちていきます。

 

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例えば、キュウリを植えていて、その畑にキュウリ1000本分の栄養分しか残っていないとなれば、どんなに頑張っても1000本以上のキュウリは獲れません。一例をあげると、植物の生長に最も大きな影響のある窒素は、生物の生長に必須のタンパク質の基になる元素ですが、1000本分の窒素が使い切られてしまえば、物理的にそれ以上のキュウリは育たなくなります。無から有は生まれないのですから、たんぱく質が生成できなければ植物は大きくなれませんし、実を成らすこともできません。また、十分な栄養素がなければ、キュウリは曲がったりして奇形果も増えて、出荷できる数量が減少します。

 

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もちろん、実際は茎や葉の栄養も必要ですし、それらが十分に生長できなければ計算通りの1000本の収穫も望めません。葉が少なければ光合成して炭水化物を生成できませんし、茎が十分でなければ栄養分を転流することもできません(そもそも植物体が成り立ちません)。また、土壌中の栄養分がゼロになるまで植物は吸ってしまえるわけでもないのです。

 

慣行栽培の施肥設計の一例では、キュウリは10a当たり300㎏の収穫があれば、窒素の量で1㎏の追肥が必要です(窒素成分10%の化成肥料で10㎏の散布が必要)。それがなければ、次の新たなキュウリを形成し、新たな茎や葉を展開する窒素が足りなくなるからです。もちろん、足りなくなるのは窒素だけではありませんが…。

 

念のため言及しておきますが、病害虫防除を除外しても、キュウリ(以外の野菜類も)の手入れは収穫と追肥だけでは成り立ちません。全体に均等に栄養が行き渡り、光が当たり、風通しも確保できるように誘引・整枝・摘芯や葉かぎも欠かせません。

 

ともあれ、栽培期間の短い一部の作物を除き、生育のスターターとしての元肥、生育の状況に合わせた追肥は必ず必要になってきます(緩効性肥料を含み、元肥追肥の機能を兼ね備えた一発肥料もあります)。

 

だったら、持ち出した分や流亡・揮散した分に相当する有機物を畑に戻してやればいいのでは、という考える人もいると思います。もちろんそれでも技術的には可能です。有機質資材は、微生物等による分解によって栄養素が溶出してくる場合が多く、温度や土壌条件によって肥効が変わりやすいのでコントロールが難しい、植物に最適な栄養バランスに調整し辛いという欠点がありますので、どうしても手間がかかりますが。

 

人間も栄養状態が悪ければやせ細ります。食べる、という行為を通じて栄養分を補給しないとどんどん代謝によって身体を構成している成分が失われていくからです。植物も同じことです。光合成によって空気と二酸化炭素から糖類を作り出せますが、それだけで植物体は形成できません。植物の生育に合わせ、適切な栄養補給をすることによって品質の良い農作物を作り出すことができるのです。