アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

自家育苗のメリットとデメリット やる農家が少ないのはなぜ?

猫が膝に乗ってきてくれるようになって、気温の低下を実感しているがんちゃんです。

 

Twitter(X)で農家が自分で種を取る権利について主張されている方がおられました。ちらっと読んだだけなので、おぼろげな記憶では農家が自由に種を取れないのでは困るので、いいモノを作るためにも、制限をかけるべきではないという感じだったのではと思います。あとから読み返そうと検索しても見つけられないので、それに対する反論ではなく、改めての自分の意見として書いておこうと思います。

 

まず、農家さんが自分で種を採ったり栄養繁殖(株分けや挿し木など)で育苗を行う場合、それに対して制限をかけるというと「種苗法」という法律が関わってきます。種子法がそうだという誤解をされている方もいらっしゃるかもしれませんが、種子法はすでに廃止されていますし、存続していたとしてもそのような趣旨の法律ではありません。

 

種苗法については以前、いくつかの記事に分けて詳細に解説しました。全体像としては、最初に書いた記事をお読みいただけると大体わかると思いますが、令和3年4月から生産農家に対する制限が強くなった改正種苗法でも大きな混乱はなく、改正・施行から4年半経過した現在でも農家に対してはほとんど影響が出ていません。

agriscientist.hatenablog.jp

 

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では、なぜほとんど影響が出ていないのでしょうか。そもそも制限される権利自体がそれほど大きなものではないことに加え、種苗法改正以前からほとんどの農家が自家採種は行わず、種子は業者から購入しているからなのです。種子だけではありません。直接種を播くのではなく、苗を定植する栽培方法をとる農家さんでも、自分で苗づくりをする人はどちらかというと少数派で、苗を購入してあとは植えるだけという方が多いのです。


また、どうしても自家採種にこだわりたい、という人は国や自治体、メーカーが開発した新品種などより、古くから存在する在来種を使う人が多い印象で、それなら種苗法の制限を受けないので、これまた問題ありません。

 

また、種子繁殖の作物では、特に野菜ではF1という雑種第一代が使われていることが多く、これは、F1品種であれば自家受粉で他の遺伝子が混入しないように次世代を作っても、親と同じ性質になることは少なく、目的とする性質が得られませんので、メーカーが制限をかけていなくても農家にはメリットがありません。

 

人件費を無視して、経費だけで考えれば自家育苗の方が安く済むことも多いです。いろいろな資材をそろえなければならない初年度の、つまり初期投資を除けば、輸送費や人件費を節約できる分、自分でやれば安くできるはずです。

 

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しかし、特にハウスなどを使う施設園芸の場合、栽培の適期に育苗をするとは限りませんので、暖房施設の設置や、育苗トレーの消毒・病原菌や雑草の種子がない清潔な培土など病害虫を寄せ付けない清潔な環境を農家が自力でそろえるには大変なことが多くなります。

 

また、農家には栽培期間以外にもやるべきことはたくさんありますので、育苗など可能なものは外注して、他の作業を進める方が結果的に全体の収益にはいい影響があることも多いのです。

 

例外的に、イチゴでは自家育苗をされる生産者が多いと思います。これは、イチゴはランナーという匍匐(ほふく)茎を使って栄養繁殖を行うため、地域すべての生産者の育苗を担うとなると、相当広大な施設が必要なうえ、稼働する時期は短めで無駄が多い、ということが障害になっていることがあると思います。そこで農家は前シーズンに使っていた株から出たランナーを利用し、それを親株として苗を増やし、翌シーズンに備えるのです。


ただし、何世代もそれを繰り返すとどこかでウイルスに感染することが多く、生産力が落ちていきますので、専門機関(イチゴの場合、都道府県であることが多いと思います)で増殖された無病の苗を数年に一度購入し、苗の更新を行っています。

 

以上のように、農家さんが自家採種などを行わず、種や苗を購入して栽培するのは、メーカーやJAに縛られているからではなく、自らの経営に最もいい形はどういうものかを考えて農業を営んでいるからに他なりません。農家は何も考えず、それらの組織に唯々諾々と従っているなどという考え方は、あまりにも農家を馬鹿にしすぎだと思います。