アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

江戸時代の農業を考える 続編・環境保全型農業の推進について

桜の季節になり、次の休日はどこへ見に行くか、ウキウキしているがんちゃんです。

 

もう15年も前に、「江戸時代の農業を考える」という記事を書きました。今読んでも悪くないなと感じられる内容ですが、データとかの提示がなく、やや雑な議論になっているなとは思います。

agriscientist.hatenablog.jp



 

白川郷の茅葺き屋根の合掌造り家屋と池がある風景

フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

で、この記事を書いたときは時は江戸時代の人口が約3000万人に制限されている理由の一つとして窒素量がその要因になっていると述べていますが、その根拠となる資料が見つけられず、提示できずにいました。この度、久しぶりに見つけることができたのでそんな昔の記事ではありますが、補足してみたいと思います。

 

その根拠となるのは、以下の論文です。
窒素循環から持続可能な社会を考える-江戸時代の食料生産と水質- 川島 博之
川島博之氏はもともとは農業の専門家というわけではなかったようで、現在の肩書も開発経済学者でビングループ主席経済顧問ですが、元農水省農業環境技術研究所主任研究官や東大大学院農学生命科学研究科准教授などを歴任されています。

 

この論文では、明治初期の農林統計から江戸時代の農業の規模を推測し、農地での窒素の循環だけでなく、周辺環境からの窒素源の収集を非常に効率よく行っていたのでは、としています。そのうえで、それによって確保できる窒素量が制限となって農地がそれ以上拡大できず、それが人口の制限要因になっていたというわけです。面積を拡大したとしても、それによって単位当たりの窒素投入量が減少し、単収の低下によって拡大に伴った収量増が見込めないわけですね。つまり、手間だけが増えて収量が増えないジレンマに陥るわけです。

 

集まった家族のイラスト(アジア人)

さらに、自分の考えで捕捉すると江戸時代の人口と今の人口は単純に数字だけで比較することはできないと思います。江戸時代は、幼児や若年層の死亡率が今よりずっと高く、人口ピラミッドはすそ野の広いピラミッド型で、若いうちからたくさん人が死んで、どんどん産まれてそれを補っていたような状況ですから、1人当たりの摂取量も違っていたのではないでしょうか。とはいえ、小さい子供が多かったので、少なくて済んでいたのか、若年層が多かったので、より多くの摂取量が必要だったのか、ちょっと難しいところですね。

 

というわけで、現代日本で、どんなに効率よく循環させても、窒素の量が物理的な制限要因となって人口は3千万人前後となるでしょう。もちろん、農作物の品種改良は進んでいますし、技術の向上によって肥料成分の利用効率も向上していますから、多少は増えるかもしれませんが、それでも物質としての窒素量が制限要因となっているわけですから、いくらでも増やせるとは言えないでしょう。

 

ですから、食料品だけでなく、エネルギーや肥料(とその原料)が国外から全く入ってこなくなれば、完全な循環型農業が実現できたとしても、日本の国土では3千万人が食べていける限界、と言っていいと思います。そういう一面から見ると、日本は国土に対して人口が増えすぎているということですね。

 

有機農業などを含む循環型農業の推進は、こういったことに留意しながら、食の安全保障も考慮して進めていくべきなのだと思います。