アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

新しい時代の農業へスムーズな移行を

近頃、農業が儲からないと嘆く声をよく聞く。確かに、サラリーマン並みの収入を上げている人は全体のごく一部だと思う。20年位前までは、うらやましがられる農家さんもたくさんいたはずだ。それがなぜ、こうなってしまったのだろうか。

最大の原因は、農作物の店頭販売価格の低迷だろう。昔は、市場におけるセリがきちんと機能していたため、需要と供給に応じた価格変動になっていたはずだ。ところが、今でももちろんセリは残っているが、実質的には量販店の力が強く、店頭で売れる価格をベースに卸値が決められている場合が多かろうと思う。つまり、極端な話をすれば供給量が少なくても、量販店が「この価格以上では売れない」と判断したら卸の業者はそれ以上値を上げられないのだ。

量販店は「消費者のため」あるいは「消費者が求めるから」という。確かにそれはそうだ。農業関係の仕事をしている自分にしてからが少しでも安いものを求める気持ちはあり、値段と品質をじっくり吟味して妥協できるなら安いものに手が出る。また、どうしてもこの食材でなければというとき以外はできるだけ特価品だけの組み合わせでメニューを考えることが多い。

これではアカンと思うのだが、余裕のある生活をしているわけではない我が家ではどうしても食材で節約せざるを得ない。これが一般的なサラリーマン家庭の姿だと思うし、これではスーパーも値段優先思考にならざるを得ないだろう。しかし、いまさら農作物の値段を全体的にもとの値段に戻せ、農家が十分な収入を得て、継続的に農業を続けられるような再生産価格を維持せよ、と言ったところで少なくとも今すぐには不可能だろう。とはいっても、このままでは国内の農業がどうなってしまうかわからないし、仮に国内農業が壊滅状態になった場合、われわれの生活環境は激変し、ライフスタイルの大幅な見直しを迫られるに違いない。食糧の安全保障問題にも絡んでくるのだが、これはたぶんに政治的な、特に国際政治問題なので、ここではひとまず脇に置かせていただく。

ここまで述べてきたように、農業が儲かる職業になるために最も手っ取り早い方法は農作物価格の大幅な引き上げであるが、それは農業の現場でどうなるものではなく、政策の問題なのでそれについてはこれからも少しでもその状態に近づけるよう知恵は絞っていきたいものの、基本的には行政と政治家に任せておくしかない(私も行政関係の人間ではあるが、技術系なのでとりあえず今は勘弁してほしい)。しかし、ぜひ実現したいものではある。

それでは、とりあえず農産物価格の全体的な大幅引き上げという目標はいったん横にどけておいて、儲かる農業を目指すために儲からない要因について考えてみたい。

まず、現在農家の大部分がサラリーマン並みの収入を得られるほど儲かっていないのはそれなりの単価が得られていた昔の考え方を引きずっているというのがひとつ考えられる。30?50a程度の面積で、水稲を中心として野菜を組み合わせる農業は今の農作物単価ではそのまま何の工夫もなしに出荷していたのでは儲かるはずがない。たとえば、青ネギを作ったとして考えてみよう。すんなり育って収穫できたとして10aあたりの収量は1500kgとなる。年平均のkg単価を400円とすると1500kg×400円=600000円となる。経費が約半分として利益は30万円。青ネギの場合1枚のほ場で年3作ほど作付けできるので単純計算で90万円の利益になり、それを30aほどやっていれば年270万円の収入が得られることになる。

これなら悪くない、と思われた方もおられるかもしれない。しかし、野菜というのは連作があまりできないものであり、とくにネギは連作に弱い。適当に水稲を間に挟みながら休み休み作らないといいものはできないのである。また、一度に30aものネギを収穫・調整することはできない。少しずつ収穫できるように調整し、計画的に植えていったとしてもなかなか思ったとおりに生長してくれず、なかなか計画的に収穫・出荷できるものではないのである。また、毎年毎回1500kg収穫できるとは限らない。天候不順や病害虫によって品質・収量が極端に落ち、減った収量の分と等級が落ちて単価が下がる分を合わせればかなり儲けが減る上に、経費はあまり変わらないのである。ちなみに、年平均400円/kgという単価もやや楽観的なものである。

ということで、毎年安定して270万円の収入が得られるとは考えにくい上、労働時間もおそらく一般的なサラリーマンより多いと思う。このような現状であるから、何も考えずにただいいものを作って出荷していたのではどうにもならないのは理解していただけたと思う。

そこで、どのあたりを昔の考え方と変えていけば農業は儲かるようになるのだろうか。

まず、最も手っ取り早くわかりやすいのが大規模化(面積を増やす)である。面積あたりの収益が低いのを大規模化でカバーしようというわけである。言い方を変えれば薄利多売ということになる。また、大規模化すればスケールメリットが発揮され、面積当たりのコストも低下する。簡単に言うと、面積が増えたからといってそれに比例して農機の台数を増やす必要がないなど多くのものを共有できるため、それにかかる維持費などが削減できるわけだ。もっとわかりやすく言うと、とあるところに100aのほ場があったとして、50aのほ場を持つ農家が2人いる場合と、100aのほ場を持つ農家が1人の場合、どちらがより多くのコストが必要か言うまでもないだろう。

とはいえ、大規模化にもデメリットはある。労働時間が増えるため、家族経営では労力の確保が間に合わなくなり、雇用を入れる必要が出てくるが毎日決まった量の仕事があるとは限らないので、雇うときの条件もなかなかに難しいものになる。また、同一品目で大規模化したときは、農作物価格の大幅下落があれば、その影響をもろにかぶることになるだろう。

いずれにしても、日本で農業を続けるには従来の考え方のままではこれから先はやっていけまい。そういう重要な転換点に来ているということだ。事実、親から20?50aの農地を引き継いでも、それだけで生活できている人はほとんどいないだろう。特に、水稲が中心ならなおさらである。それだけに、今そういう小規模農家の中心となっている60?70代が高齢のために農業から離れていけば、たちまち耕作放棄地だらけになってしまう。次の世代は、ほかに仕事を持っているため、親が農業を辞めてしまえばほとんど収入の見込めない農業に手を出すとは思えないからだ。

ここで、考え方を変え、親から引き継いだ農地は自分たちでやらねばならないという考えから脱却し、担い手に農地を集約していかねばならなくなるだろう。そのためには、農業をしようとする人たちや自分の農地を担い手に託そうとする人たちだけでなく、その周囲の人たちもそういった土地のやり取りがスムーズに行くよう配慮をお願いしたい。

儲かる農業への解答が大規模化だけではないが、そういった方向への流れはもはや避けようがないと思われるので、気持ちよく新しい時代の農業へ移行できるよう世間全体で考えてほしいものである。