アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

放射線育種って何?

以前、「あきたこまちR 放射線育種が利用されていますが、それが何か?」というエントリーであきたこまちRが育成された方法と、その育種親に使われたコシヒカリ環1号が放射線を利用した育種方法で育成されたこと、それに全く問題がないことをお話しさせていただきました。

agriscientist.hatenablog.jp

 

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その時も、簡単には放射線育種の方法についても触れさせていただきましたが、ちょっと説明が足りないような気がしてきたので、ちょっとだけ掘り下げて、しかし初心者向けに解説を試みようともう一度取り上げることにしました。

 

まず、この解説にはDNAについて説明する必要がありますが、DNAがどのようなものかというのは、 (令和5年現在の学習指導要領では)中学3年生で習うはずなので、理解していると仮定してお話を進めたいと思います。なお、解説が必要という方には、農研機構のQ&Aをリンクしておきますので、申し訳ありませんが、そちらをお読みください。

www.naro.go.jp

 

この、2本一組のDNAがほどけて1本になり、それぞれが鋳型となって反転コピーを作るときに様々な要因でコピーミスが起こると遺伝子が書き換わり突然変異が起こるわけです。

このコピーミスを引き起こす要因のうち、放射線による影響を利用したものが放射線育種です。生物の体に放射線が当たると、その強さに応じて様々な障害が起こりますが、その一つにDNAの切断というものがあります。

 

放射線がDNAに当たると、DNAはその部分で切れてしまうことがあります。そのままだと、そのDNAは使い物にならなくなり、大変なことになりますが、通常、生物の細胞にはDNAが切れることを前提にそれを修復する機能が備わっています。ほとんどの場合、DNAは元通りになりますが、まれに元とは違う情報に修復されてしまうことがあります。これは、紫外線や一部の化学薬品などでもDNAは切断され、同じように起こる現象です。

これが突然変異の元になるんですね(人間を含む動物の場合、これが癌の原因の一つになります)。

 

この、遺伝子の書き換わった細胞が増殖して一個体の植物体になることが可能なまでに成長し、さらにその形質が人間にとって有用であれば、一本の枝などであれば挿し木などでその部分を取り出すなりして、増殖・育成して品種として成立させるわけです。

これは、現象としては同じようなことが自然界でも自然の放射線や紫外線などによって引き起こされ、頻繁に変異はおこっており、それが生き残りに優位な形質であれば「進化」していくわけですね。育種(品種改良)の場合は、自然状態では生き残りには不利であっても、人間にとって有用であれば保護して生き残らせるわけです。

 

つまり、自然の状態でも放射線による突然変異はしょっちゅう起きており、それが目立たなかったり淘汰されたりして気づいていない場合も多いのです。もちろん、変異は放射線だけで起こるわけではありませんが、そういうことが起きなければ進化もあり得ません。

 

人類は、意識せずに今までも放射線育種を利用してきているのです。それで、何も問題は起きていません。人為的であれ、放射線が無理やり生物のあり方をゆがめているのではなく、放射線であるかないかに関わらず、遺伝子を切断し、その修復の際のコピーミスを利用しているだけなのです。自然放射線による変異と、人為的に放射線を当てて行う育種の間には何も違いはありません。

 

近年、重イオンビームを使った放射線育種を問題視する声もありますが、重イオンビームはエネルギーが大きく、狙った部分(実際に狙えるわけではないと思いますが、当たった部分以外の遺伝子は壊さない)以外の遺伝子には影響しにくいという特徴があります。その代わり、修復が難しい損傷になりやすく、変異は起きやすくなります。従来のX線やγ線を使った放射線育種では細胞内で散発的に通過し、変異が起きにくいうえどのような変異がおこるかも読みにくくなります。いずれにせよ、重イオンビームもDNAの損傷からの修復ミスを利用しているという意味で、従来の放射線育種と何ら違いはありません。
参考:

www.werc.or.jp

 

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それでも、主食であるコメがわけのわからない新しい方法で育成されたとなると、何が起こるか分からず、とりあえずは栽培を控えるべきだ、影響は何年も食べ続けないと分からないという意見もありますが、放射線育種のコメ自体はもう60年近く前から育成、栽培されています。1966年に育成されたレイメイという品種は、1969年には東北地方を中心に14万ha栽培され、主に関東地方で大量に消費されていましたが、何か問題があったとは思えません。また、あきたこまちR同様に放射線育種系統を利用して育成されたキヌヒカリは1989年、同じくはえぬきは1993年に品種登録され、これらもあちこちで栽培されていますが、これも何か問題があったということはないと思います。

 

以上、思ったより長くなりましたが、普通に考えれば放射線育種であろうと特に問題はないということは、ほとんどの人にはご理解いただけると思います。それでも不安の残る方はいらっしゃると思いますが、少なくともあきたこまちRでの秋田県の品種に関する方針の撤回や栽培の中止を求めるのはどう考えてもやりすぎだと思います。以前のエントリーでも述べましたが、他の品種や元のあきたこまちを栽培したい農家さんは自由にやればいいですし、消費者は他県産米や他品種を自由に選ぶことはできるのですから。