アグリサイエンティストが行く

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あきたこまちR 放射線育種が利用されていますが、それが何か?

「農家ば(を)かっこいい仕事にするったい」の写真[モデル:五十嵐夫妻]

フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

台風の低気圧が少々辛いがんちゃんです。

 

秋田県は、あきたこまちをベースとしてカドミウムの吸収を抑制した水稲品種「あきたこまちR」を開発しました。これは、国が開発したカドミウム低吸収性品種のコシヒカリ環1号にあきたこまちを7回戻し交雑することでコシヒカリ環1号のカドミウム吸収抑制に関する遺伝子を残しながら、他の性質はほぼあきたこまちとしたものです。

www.pref.akita.lg.jp

 

戻し交配とは、あきたこまちコシヒカリ環1号を掛け合わせた雑種第1代にさらにあきたこまちを交配するという方法で、そうしてできた子供(雑種第2代)は計算上4分の3があきたこまちの遺伝子ということになります。さらにその第2代にあきたこまちを掛け合わせ…とできた雑種にあきたこまちをさらに交配する、という作業を7代に渡って行うわけですね。

 

第7代目になると片親であったコシヒカリ環1号の遺伝子は2の7乗(128)分の1しか残っておらず、遺伝的にはほとんどあきたこまちになっていると言えます。もちろん、単純に掛け合わせていっただけではコシヒカリ環1号から引き継ぐべき目的とする形質(この場合はカドミウム低吸収性)が残る可能性も128分の1ということになります (本当はもっと複雑で、遺伝子があっても発現するかどうかも不明ですが)から、交配してできた雑種を1代ごとに目的とする性質があるか詳細な調査を行い、合格となったものだけ次代の親にできるわけです。

 

この、戻し交配という育種技術は、伝統的に行われてきた技術で、元の品種の性質を残しつつ、新たな形質を一部だけ導入したい場合には農業関係者では常識ともいえる技術なのです。

 

この中で、一部の運動家?が問題視しているのは片方の育種親となったコシヒカリ環1号が放射線育種技術を用いて作られた品種であるということのようです。放射線育種技術とは、放射線で遺伝子を傷つけ、その遺伝子が修復される過程で起こる複製のミスなどで変異が起き、その変異が必要とする形質であればそれを品種として使うというものです。

 

ここで、放射線(中でもイオンビーム)を使うというのが問題視されているようですが、そもそも突然変異というのは自然界でもたびたび起きており、その中でも自然放射線による遺伝子損傷は主要な変異の一つです。それは、イオンビームの貫通力がいかに強かろうと同じことです。

 

果樹の分野では、枝変わりという自然の変異を利用した育種は頻繁に行われています。香川県のオリジナル品種ミカンの小原紅早生などは、宮川早生というミカンから一部の枝だけ特別に赤い実がなっていたのを農家さんが発見して、その枝を切り取って挿し木や接ぎ木で殖やし、農業試験場で詳細な調査を行った上で固定品種としたものですが、これも紫外線や自然放射線による変異の可能性が高いでしょう。そうでなければ、一部の枝だけ全く違った性質になるとは思えません。

 

そういう自然の変異と、人工的に放射線を当てて変異を起こさせたものとどこが違うのでしょうか?どちらも偶然起きた変異を人為的に選抜しただけです。イオンビームを使った場合、ターゲットが絞りやすいという違いはありますが。ともかく、自然条件下でのほとんどの変異は、人間に気づかれることなく淘汰されて消えていったり、形質の変化に耐えられず次世代を残せなかったりしている事でしょう。

 

また、放射線による変異は何がおきているかわからないので、未知の毒性など良くない性質が生じているかも、との心配もあるようですが、品種登録をする段階でその辺は詳細に調査がされています。人間が頭で考えて調査出来る事など限界があるという主張もあり、それ自体はその通りですが、自然の突然変異で淘汰されてきた野生の植物などそういう調査すらされてない場合が多いですから、それこそ何があるか分かりません。また、遺伝子の狙った部分をある程度絞り込むことができるイオンビームに比べて、自然放射線にも含まれるガンマ線での変異では、遺伝子のあちこちがランダムに切られるため、それこそどんな変異が起こるかわかりません。

 

怪獣のイラスト

また、(これを主張する人はそれほどいないでしょうが)笑い話にもなりませんが、植物が放射能を持つことを心配する声もあったようです。その植物が放射線を出せるようになるほどの放射線量を浴びせ続けたら、ふつうは枯れてしまいます。生物が放射能(あえてこう言います)を浴びたからと言って放射線を出せるようになるなんて、ゴジラやないねんから(呆れ)

 

ほかにも、秋田県が全面的にあきたこまちRだけにして従来のあきたこまちは種子の提供をやめるという話が流れてきていますが、仮にそうだとしても県が品質を保証して提供してくれなくなるだけで入手できなくなるわけではありません。また、あきたこまちはもう登録が切れた一般品種ですから可能であれば自家採種を行っても法的にも何の問題もありませんし、あきたこまちの栽培そのものが禁止されるわけでもありません。

 

秋田県は種子法廃止に伴う独自の種子条例を制定していて、それに基づいて米麦、大豆などの原原種や原種の生産をしていると思います。県では、精密な管理によって遺伝子の混入を防ぎ、病害虫の心配もない原種を生産しているわけです。この原種が生産者に渡される種子の親になるわけです。それで、あきたこまちに関してはそれをやめようという可能性はあるかと思って調べてみたら、令和5年1月現在ではあきたこまちは奨励品種に入っています。ですから、種子の提供がなくなるということはないのでは?なくなるとしても6年度以降の話?

 

それから、秋田県あきたこまちRの流通についてどのような措置を取ろうとしているのか細かいところまではわかりませんが、他の品種の作付けを禁止することはできません。また、地元JAの対応もどうなるか分かりませんが、全く出荷できなくなるということはないと思います。ただ、カントリーエレベーターでの出荷の場合は、品種ごとに分けて乾燥から調整、籾摺りを行うのは難しく、あきたこまちRにあきたこまちが混入することを防ぐため、制限がかかる可能性はあります。なので、自分で籾摺りをしなければならない場合があるかもしれません。しかし、出荷形態をきちんと守っていれば玄米ですら出荷できないということはほとんど考えられないでしょう。

www.maff.go.jp

 

というわけで、育種手法や品種特性の面からも、種苗流通の面からも、あきたこまちRしか作れなくなり、食品としても危険かもしれないという言説はどちらも間違っていると言えます。