アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

江戸時代の農業を考える 続編・環境保全型農業の推進について

桜の季節になり、次の休日はどこへ見に行くか、ウキウキしているがんちゃんです。

 

もう15年も前に、「江戸時代の農業を考える」という記事を書きました。今読んでも悪くないなと感じられる内容ですが、データとかの提示がなく、やや雑な議論になっているなとは思います。

agriscientist.hatenablog.jp



 

白川郷の茅葺き屋根の合掌造り家屋と池がある風景

フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

で、この記事を書いたときは時は江戸時代の人口が約3000万人に制限されている理由の一つとして窒素量がその要因になっていると述べていますが、その根拠となる資料が見つけられず、提示できずにいました。この度、久しぶりに見つけることができたのでそんな昔の記事ではありますが、補足してみたいと思います。

 

その根拠となるのは、以下の論文です。
窒素循環から持続可能な社会を考える-江戸時代の食料生産と水質- 川島 博之
川島博之氏はもともとは農業の専門家というわけではなかったようで、現在の肩書も開発経済学者でビングループ主席経済顧問ですが、元農水省農業環境技術研究所主任研究官や東大大学院農学生命科学研究科准教授などを歴任されています。

 

この論文では、明治初期の農林統計から江戸時代の農業の規模を推測し、農地での窒素の循環だけでなく、周辺環境からの窒素源の収集を非常に効率よく行っていたのでは、としています。そのうえで、それによって確保できる窒素量が制限となって農地がそれ以上拡大できず、それが人口の制限要因になっていたというわけです。面積を拡大したとしても、それによって単位当たりの窒素投入量が減少し、単収の低下によって拡大に伴った収量増が見込めないわけですね。つまり、手間だけが増えて収量が増えないジレンマに陥るわけです。

 

集まった家族のイラスト(アジア人)

さらに、自分の考えで捕捉すると江戸時代の人口と今の人口は単純に数字だけで比較することはできないと思います。江戸時代は、幼児や若年層の死亡率が今よりずっと高く、人口ピラミッドはすそ野の広いピラミッド型で、若いうちからたくさん人が死んで、どんどん産まれてそれを補っていたような状況ですから、1人当たりの摂取量も違っていたのではないでしょうか。とはいえ、小さい子供が多かったので、少なくて済んでいたのか、若年層が多かったので、より多くの摂取量が必要だったのか、ちょっと難しいところですね。

 

というわけで、現代日本で、どんなに効率よく循環させても、窒素の量が物理的な制限要因となって人口は3千万人前後となるでしょう。もちろん、農作物の品種改良は進んでいますし、技術の向上によって肥料成分の利用効率も向上していますから、多少は増えるかもしれませんが、それでも物質としての窒素量が制限要因となっているわけですから、いくらでも増やせるとは言えないでしょう。

 

ですから、食料品だけでなく、エネルギーや肥料(とその原料)が国外から全く入ってこなくなれば、完全な循環型農業が実現できたとしても、日本の国土では3千万人が食べていける限界、と言っていいと思います。そういう一面から見ると、日本は国土に対して人口が増えすぎているということですね。

 

有機農業などを含む循環型農業の推進は、こういったことに留意しながら、食の安全保障も考慮して進めていくべきなのだと思います。

 

化成肥料の環境負荷は有機質肥料に比べて高く、人体にも有害なのか?

昔の教え子に4年ぶりに再会して、元気そうな様子を見られたのがとってもうれしくて、少し上機嫌ながんちゃんです。

 

以前のエントリー「化学合成肥料(化成肥料)で土が死ぬ、とは? いえ、それだけでは死にません」につけていただいたコメントで、化成肥料の成分そのものは問題と思わないが、硝酸態窒素の残留や植物への蓄積により、人体などへの有害な影響があるといえるのではないか(筆者による要約)というご意見をいただきました。それに対し、コメント欄でもお返事させていただいていますが、新たな項目として書いてみたいと思います。

※写真は昨年10月の善入寺島

 

さて、そのエントリーで化成肥料は通常の使用量では土壌や作物、それを摂取する人間に対しても有害なものではないと書かせていただきました。また、化成肥料の問題点も①肥料成分が高濃度のためやりすぎになりやすいこと、②有機物を含まないため微生物が繁殖しにくくなること、③それに絡んで、化成肥料だけしか施用しないでいると土壌の物理性が悪化すること、などを挙げさせていただきました。

 

しかし、コメントをくださった方の主張を見てみると、化成肥料だと(土壌中に硝酸態窒素が多く生成され)植物体中に硝酸塩が蓄積し、残留しないように細かく細かく追肥を分施する方法は手間がかかりすぎて現実的ではないので、植物にも人体にも悪影響があり、化成肥料は有害な物質が残留するといえるのではとのことです。

 

しかし、有機質肥料でそういうことが起こらないかというと、必要量を超える肥料を施用すると、土壌中で硝酸態にまで分解され、そこに窒素があれば、植物は必要以上に吸収してしまうため結局植物体中に蓄積され、吸いきれなかった分は地下浸透し、そこに地下水があれば汚染してしまいます(もちろん化成肥料の方がこういうことは起こりやすいです)。

 

有機質肥料が化成肥料に対してこのことで有利な点は、化成肥料に比べて肥効が穏やかである、ということです。チッソ成分の主体が有機態ですから(もちろん硝酸やアンモニアも含みますが)、土壌に施用されてから微生物によって分解され、特に畑地ではタンパク質→アミノ酸アンモニア亜硝酸→硝酸と分解されていきますので、肥効がゆっくりになり、環境への流亡が少なくなる分減肥が可能です。また、分解途中のアミノ酸アンモニアも植物は窒素源として利用できるため、植物体内の硝酸態窒素量が少なくて済む、という利点もあります。ただし、この分解は土壌の微生物相や気温、水分に大きく左右されるため思ったような肥効が得られない場合もあります。

 

また、有機質肥料では必ずしも植物にとって理想的な栄養バランスではなく、様々な種類の肥料を組み合わせて施用することになりますが、そのコントロールは化成肥料の方が格段に簡単なのです。そこを理解せずに、やみくもに窒素量だけを充足するように施用していれば、栄養バランスの崩れで植物生育に悪影響が出ることもありますので、土壌中の栄養の偏りを「有害物質の蓄積」とみるのであれば、有機質肥料でも十分起こりえるわけです。

 

化成肥料だけを使っていても、適正量を少しずつ施用し、なお手間もそれほどかからないという方法もなくはありません。養液栽培では、薄い液肥を植物の成長に合わせ、濃度と潅水量をコントロールしながら少しずつ流し、点滴チューブを使用することで水量も最低限で済み、余分の肥料をかなり少なく抑えることができます。濃度や潅水量のコントロールはある程度機械に任せられるので、その部分に関しては手間もそれほどかかりません。

 

それから、化成でも緩効性の肥料は存在します。樹脂などのコーティングで肥料の溶ける速度を調節するもの、そもそもゆっくり溶けるもの、微生物の分解で肥効を示すものなど様々ですが、これもまた有機質肥料同様施用量を削減することができます。

 

このように、化成肥料、有機質肥料ともに利点や問題点があり、それぞれを目的や品目に合わせて使い分けることが大事なのです。どちらが良くてどちらが悪いの二元論ではなく、それを使う側の人間の問題なので、土づくりの堆肥も組み合わせて、食糧生産、安全、環境負荷のベストなバランスを目指すべきだ、と思っています。

 

以前の記事「化学合成肥料(化成肥料)で土が死ぬ、とは?」についたはてブへの返信

仕事納めの日が持病の通院日になり、年末年始休暇が一日早まったおかげで10連休となってしまったがんちゃんです。仕事始めの日が怖い…(;゚ロ゚)

 

 今年の10月にアップしたエントリー、「化学合成肥料(化成肥料)で土が死ぬ、とは? いえ、それだけでは死にません」

は自分にしてはたくさんのブックマークをいただき、コメントもそれなりにいただきました。で、ブックマークのコメントではすべてに返信することは難しいので、新たな試みとして、新規記事を起こし、ひとつずつ返信していきたいと思います。コメントをくださった方々に届くかは難しいかも、ですが…このやり方を続けるかも今後検討します。

agriscientist.hatenablog.jp

 

 

それでは、それぞれのコメントを引用して、それに対する返信をつける、という形でやっていきます。コメントは太字にしてあります。

 

 the_sun_also_risesさん

肥料と堆肥が違う役割を持つのは素人でも少し園芸をすればすぐに理解できる。有機農家を名乗ってそんな素人以下の主張をしてしまうのはなりすましだろうね。有機農業界隈はこういう非科学的な魑魅魍魎がたむろしてる

 

そうですね、その可能性もあると思います。有機農家さんはそのあたり、わかってやっていらっしゃる方も多いですが、宗教に近い妄信でやっておられる方もいらっしゃいますので、もしかしたら営利栽培の有機農家である可能性も捨てきれません。

 

さん

化成肥料ってはようはビタミン剤、ビタミン剤だけで良い身体を作れるわけがない

 

若干違います。微量要素も含めて必須元素をバランスよくすべて与えることができれば、化成肥料だけでも健全な植物体にすることができます。水耕栽培とか、養液栽培がそうですね。ただ、普通の土耕栽培だと土壌の物理性、必須元素以外の化学性も大きくかかわってくるので、堆肥などの有機質資材を使った土づくりが大きな役割を果たすんです。

 

gntaさん

菌根菌を育てないと農作物の生育も病害耐性も土壌の物理性も悪くなる。化成肥料はよく効くが菌根菌は過剰な養分に弱いので減っていき農作物の生育は悪くなり土壌の物理性も悪化する。安易な化成肥料頼りは危険

 

菌根菌は土壌中で植物の生育に大きくかかわる糸状菌ですが、病害耐性については間接的な関わりで、土壌物理性についてはほとんど関係ありません。植物の根に入り込んで共生し、土壌養分の吸収効率を向上させる役割の菌です。植物細胞から糖の供給を受け、そのエネルギーを使って土壌養分を吸収し、植物に供給します。特に、リン酸の吸収効率が向上します。それから、養分過剰で育ちにくい、というのはその通りです。

土壌物理性には、糸状菌、放線菌、細菌など多種の微生物が関わっています。

 

さん

家で水耕栽培(レタス、バジル、ほうれん草、ミニトマト)してるけど、味に違いはない(笑)コスト度外視なら土いらんて。

 

そうですね、ちょっと前のコメントへの返信でも書いていますが、必須元素がバランスよくすべて含まれていれば、問題なく育ちます。大規模な水耕になると、根への酸素供給が問題になることはありますが。

 

Eiichiroさん

家庭菜園レベルだと、農薬も化学肥料も扱いが難しいから、たい肥ぶち込むぐらいが丁度良くなっちゃんだよね。施肥計算してないから、うまくいくかどうかは運次第。鮮度が良いから美味しいけど。

 

ちょうど良くなる、というか家庭菜園では最大収量を目指すわけではないので、後半で言及されているように過不足共に特に問題ないレベルの施肥になっちゃうというだけのことですね。

 

t-satさん

今まで漠然とした比喩として受け取っていた「土地が痩せる」という言葉の意味を知った

 

そこをご理解いただけたなら何よりです。

 

chintaro3さん

化学肥料は少量で効く代わりに、量の加減がとても難しい。十分な化学の知識が無い人は、化学肥料を使い過ぎて失敗しがちではある。

 

化成肥料の問題点の一つはまさにそこです。なので、「勘」だけでやっちゃうと一作くらいはできても、繰り返し栽培していると、だんだん蓄積や不足が出てきて問題になってくるわけです。

 

kurekurechanさん

保肥性がないと折角の化学肥料も流亡して勿体ないだけなので堆肥や腐植酸で土壌改良しているだけという。保水/排水性も悪くなるから手がかかるしね。

 

まさにその通りです。たい肥や、そこから供給される腐植酸(腐植酸そのものの土壌改良資材も売っていますが)が肝ですね。ちなみに、腐植酸は最近話題のバイオスティミュラントとしての効果もあり、直接栄養にはなりませんが、根に刺激を与え、活性化するといわれています。

 

さん

土は死にますか

 

農耕地としては死ぬ、って感じですね。人間やその他の生き物と違って、再生はできます(大変な労力は要りますが)

 

minamihiroharuさん

俺はどこかで聞いた「土壌の有機性は重視するが肥料の有機性にはこだわらない」って言葉が好き。

 

ああ、初めて聞きましたがいい言葉ですね。まさに慣行農法の真髄といえるかもしれません。

 

agrisearchさん

「化成肥料だけでは土の状態が心配だというのなら、たい肥を併用して土づくりを進めれば何の問題もありません」

 

そこのところ、なかなかご理解いただけない人もそれなりにいらっしゃるのが今の仕事をしていてしんどいところです。

 

settu-jpさん

ゼロサム思考といって何かが増えると何かが減るという直感が人間には本能としてあるようで、迷信誤認はそこから生まれやすくそこに入りやすい。対立思考は人間の機能の一つで自分でも気はつけてはいます

 

私も同じくです。対立思考、楽というか流されやすいですからね…

↑自分のはてブをそのまま引用しました。手抜きですいません(汗顔)

 

※いつかのツーリング・四国カルスト

以上、皆さんへのお答えになりましたでしょうか。なお、疑問点のある方ははてブよりも、記事へ直接コメントを頂けるとお返事しやすいです。また、こんな疑問があるから記事にしてくれ、という要望もあればお願いします。お応えできるかは保証できませんが…。

追記:

この記事にはてなブックマークでいただいたコメントをヒントに、コメントをくださった皆さんへの宛先をリンク入りにしてみました。これで何か通知が行く…かな?

 

自家育苗のメリットとデメリット やる農家が少ないのはなぜ?

猫が膝に乗ってきてくれるようになって、気温の低下を実感しているがんちゃんです。

 

Twitter(X)で農家が自分で種を取る権利について主張されている方がおられました。ちらっと読んだだけなので、おぼろげな記憶では農家が自由に種を取れないのでは困るので、いいモノを作るためにも、制限をかけるべきではないという感じだったのではと思います。あとから読み返そうと検索しても見つけられないので、それに対する反論ではなく、改めての自分の意見として書いておこうと思います。

 

まず、農家さんが自分で種を採ったり栄養繁殖(株分けや挿し木など)で育苗を行う場合、それに対して制限をかけるというと「種苗法」という法律が関わってきます。種子法がそうだという誤解をされている方もいらっしゃるかもしれませんが、種子法はすでに廃止されていますし、存続していたとしてもそのような趣旨の法律ではありません。

 

種苗法については以前、いくつかの記事に分けて詳細に解説しました。全体像としては、最初に書いた記事をお読みいただけると大体わかると思いますが、令和3年4月から生産農家に対する制限が強くなった改正種苗法でも大きな混乱はなく、改正・施行から4年半経過した現在でも農家に対してはほとんど影響が出ていません。

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では、なぜほとんど影響が出ていないのでしょうか。そもそも制限される権利自体がそれほど大きなものではないことに加え、種苗法改正以前からほとんどの農家が自家採種は行わず、種子は業者から購入しているからなのです。種子だけではありません。直接種を播くのではなく、苗を定植する栽培方法をとる農家さんでも、自分で苗づくりをする人はどちらかというと少数派で、苗を購入してあとは植えるだけという方が多いのです。


また、どうしても自家採種にこだわりたい、という人は国や自治体、メーカーが開発した新品種などより、古くから存在する在来種を使う人が多い印象で、それなら種苗法の制限を受けないので、これまた問題ありません。

 

また、種子繁殖の作物では、特に野菜ではF1という雑種第一代が使われていることが多く、これは、F1品種であれば自家受粉で他の遺伝子が混入しないように次世代を作っても、親と同じ性質になることは少なく、目的とする性質が得られませんので、メーカーが制限をかけていなくても農家にはメリットがありません。

 

人件費を無視して、経費だけで考えれば自家育苗の方が安く済むことも多いです。いろいろな資材をそろえなければならない初年度の、つまり初期投資を除けば、輸送費や人件費を節約できる分、自分でやれば安くできるはずです。

 

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しかし、特にハウスなどを使う施設園芸の場合、栽培の適期に育苗をするとは限りませんので、暖房施設の設置や、育苗トレーの消毒・病原菌や雑草の種子がない清潔な培土など病害虫を寄せ付けない清潔な環境を農家が自力でそろえるには大変なことが多くなります。

 

また、農家には栽培期間以外にもやるべきことはたくさんありますので、育苗など可能なものは外注して、他の作業を進める方が結果的に全体の収益にはいい影響があることも多いのです。

 

例外的に、イチゴでは自家育苗をされる生産者が多いと思います。これは、イチゴはランナーという匍匐(ほふく)茎を使って栄養繁殖を行うため、地域すべての生産者の育苗を担うとなると、相当広大な施設が必要なうえ、稼働する時期は短めで無駄が多い、ということが障害になっていることがあると思います。そこで農家は前シーズンに使っていた株から出たランナーを利用し、それを親株として苗を増やし、翌シーズンに備えるのです。


ただし、何世代もそれを繰り返すとどこかでウイルスに感染することが多く、生産力が落ちていきますので、専門機関(イチゴの場合、都道府県であることが多いと思います)で増殖された無病の苗を数年に一度購入し、苗の更新を行っています。

 

以上のように、農家さんが自家採種などを行わず、種や苗を購入して栽培するのは、メーカーやJAに縛られているからではなく、自らの経営に最もいい形はどういうものかを考えて農業を営んでいるからに他なりません。農家は何も考えず、それらの組織に唯々諾々と従っているなどという考え方は、あまりにも農家を馬鹿にしすぎだと思います。

 

農業協同組合・JAの必要性とは JAに近い外部から長年見てきた思い

ここのところの寒さで、持病の影響か少し体調が悪めのがんちゃんです。

 

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ここのところのコメ価格高騰から、農業協同組合・JAによる中間マージンが問題視され、JAの改革、さらにはJA不要論まで持ち上がっています。


いわく、JAは手数料が高い、資材費が高い、JAを通した農作物は小売りでの販売価格が高いなどコメをはじめとした農作物の価格高騰の原因の人はJAである、との言説がまかり通っています。しかし、それは本当にそうでしょうか?

 

JAはJapan Agricultural Co-operativesの略で、日本語では農業協同組合です。民間組織ではありますが、会社ではなく農業協同組合法(以下農協法)に基づいて農家(農業法人を含む)によって組織された協同組合です。つまり、本来JAは組合員である農家の総意によって運営される組織であり、(少なくとも建前上は)農家の意思に反した運営はできません。※上記ロゴマークは以下のリンクより引用

life.ja-group.jp

 

JAは手数料が高いとよく言われます。手数料以外にも出荷の際の資材代、運賃などを含めるとJAを通さず、青果市場に直接持ち込む方が手数料は安く、規格も緩い場合が多いため農家にとっては経費を圧縮できる出荷方法と言えます。また、民間経営の産直を利用したり、小売業者や飲食店などと直接契約し、販売すれば(同じ単価で販売できるのなら)手数料が少ない分やはり利益は増えると言えるでしょう。

 

しかし、青果市場はJAの集荷場より遠い場合が多く、比較的小規模な生産者にとっては出荷労力の負担が大きくなる場合がありますし、小売業者や飲食店相手の場合は営業の必要があり、その労力や価格交渉などそういった負担もかなり大きなものです。それができる農家は良いでしょうが、本業の農作業に差し支えるのであれば本末転倒です。

 

JAの良い所は、そういった煩わしさをほとんど肩代わりしてくれるワンストップの窓口である、というところでしょう。販売伝票の管理などもしてくれるため、確定申告などの税務関係もずいぶん助かると思います。肥料や農薬等の資材購入も、JAの購買で購入すれば、農作物の売り上げと共にJAバンクの口座で一括管理ができるため、農家の事務負担はかなり軽減できると思います。

 

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また、営農指導員による技術指導も行ってくれるので、そのあたりに不安のある農家は非常に安心感もあるでしょう。経営だけでなく、技術も含めてJAの窓口で相談すれば、大概のことは対応できるというのは、農家さんにとっては非常に助かることなのではないでしょうか。

 

JAは、大きな組織でそれらの色々な業務をする職員を抱え、その多くは手数料を取らずに業務を行っています。購買窓口での農薬、肥料の選定についての相談はもちろん、現地へ赴いての営農指導にも交通費や手数料は、私の知る限り取っていません。国や県の補助事業を活用する際にも、その窓口や事務手続きの肩代わりなども基本的に無償で行っています。ただ、それらを利用したときの大型機械の購入やハウスの建築などでは手数料を取っていると思いますが。


それから、生産品目ごとの部会には部会費を取ってはいますが、それはJAの収益になることはなく、部会の運営のみに使われ、部会で口座を作り、その管理を部会員でなく、JAの職員が無償で事務作業を肩代わりしているというのがほとんどでしょう。協同組合とはいえ、地域の自治会などとは違い、職員はボランティアではありません。

 

JAの収入は営農部門においてはそのほとんどがそういった出荷手数料と組合員が支払う組合費などで、それらにはそういった業務を遂行する職員の給料を含むJAの運営費が含まれているため、市場へ直に出荷するよりは高い金額になっているのだと思います。

 

つまり、いろいろな手続きや事務作業、営農指導などをしてもらうための経費を一括してJAに払っていると考えれば、決して高くないのだと思います。それらがあまり必要のない農家にとっては、技術がなく、経営者としての意識も低い農家の分まで自分の組合費や出荷手数料によって賄われているように思われる、という点に不満があるのかもしれません。

 

しかし、兼業や小規模農家がまだまだ大多数を占めるわが国では、そういった末端にまで手が届くJAという組織が無くなれば営農をやめる農家が増え、ますますわが国や地域の農業生産力が落ちていくのではないでしょうか。

 

荷物を積んだトラックのイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

また、経営者としての意識が高く、技術もある大規模経営の農家でもそのすべてを自主流通で賄っているわけではなく、自分でさばききれない分については、JA出荷を上手く使い分けて収益を増やしている農家も多数存在します。JAは基本的に組合員が出荷してきたものの受け入れを断ることができない(まったく取り扱っていない品目に関しては、受け入れ自体が物理的にできないことはあると思います)ので、品目や等級によって自主流通とJA出荷で単価的に有利な方へと出荷先を変えている、という話はよく聞きます。

 

ということで、JAとは全く関わらず、取引がないという農家に関しては、その存在意義について疑問を持つことはあると思いますが、もしJAが無くなれば地域の農業の規模そのものが縮小し、その周辺環境が変わり、JAと全く関係がなくとも経営には少なくない影響が出ると思います。

 

JAが無くなったら、技術指導だけでも県の農業改良普及センターや民間の種苗会社だけで賄えるとは到底思えません。それだけがJAの存在意義であるとも思いませんが、ああいう農業関係のワンストップ窓口となる組織があるというだけでかなりの農家が助かっていると私は思いますが、いかがでしょうか。


もちろん、JAも組織として古い体制を引きずっているところがあり、経営もまだまだ改善できる余地はあるとは思います。やはり、農家さんにとっては直接利益につながる組織ですから、そういう悪いところが目につきやすく、批判の対象になりやすいのでしょう。


日本の農業には、まだまだ農業協同組合は必要です。少しでもそのあたり改善して、もっともっと農家の役に立つ組織を目指してほしいと思っています。

 

まとめると
・JAに頼らずとも技術的問題解決、営業、出荷など問題なくできる農家は経費を圧縮できるので、そのような経営を行うのは良い。
・しかし、だからと言ってJAがなくなってしまえば、農家のうち(軒数で言えば)かなり高い割合で経営が立ちいかなくなるところが出てくることが予想される。
・JAも農家の利益を最大化するためには、組織の在り方、人員配置も含めまだまだ変わっていく必要がある。
ということになると思います。

 

以上のようなことを意識して、もう一度農協という組織を見直してみていただ来たいところです。

 

ちなみに、仕事上良くかかわっているのでJAの肩を持ちがちですが、自分自身はJAの職員ではありません。念のため。

 

化学合成肥料(化成肥料)で土が死ぬ、とは? いえ、それだけでは死にません

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長時間パソコンを使っていると、白内障の影響なのか特に右目が霞んでしんどいがんちゃんです。

ネットで色々調べ物をしていて、有機農家を名乗る方が化成肥料は危険なのでやめました、という趣旨のブログを書いているものを見つけました。面倒ごとが苦手なのでリンクは貼りませんが、一応それに対するカウンターを書いておこうと思います。

 

以前、「化学肥料、何が問題なのか」というエントリーを書いたことがあります。10年以上前に書いたもので、それからたくさんの経験をしてきたので、それらを踏まえてアップデートもかねて、という気持ちもあります。

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まず、そちらでは化成肥料を使うと土が死ぬ、と主張されています。その方の経験から、ふかふかの土が化成肥料だとざらざらになるというのです。しかしこれは、最大限良い方向に解釈しても、主張のベクトルが全く違う方向を向いているとしか言い様がありません。

 

たしかに、田畑に「化成肥料しか」やらない、となると土壌中の有機物は微生物の分解に従って減っていきますので、極端に言えば土壌が鉱物粒子だけになり、耕してもざらざらで乾けば固くなり、水を通しにくい土壌になります。

(追記)

また、有機質が土壌中からなくなってしまうと、ほとんどの土壌(微)生物は生存不可能になりますから、生物的にも貧相な状態になってしまいます(生物性の悪化と言います)。

 

しかし、有機質肥料であっても、肥料だけしかやらない状態であれば、ほとんどの場合土壌中の有機物量は不足し、ふかふかな良い土にはなりません。ふかふかで(土壌物理性が良い状態です)、肥料の持ちが良い(保肥力が高い)状態にするには、有機質「肥料」だけでは土壌中にある腐植(と呼ばれる有機質)は十分な量を確保できるとは言えません。

 

ここで考えられるのは、有機質肥料でないと土の状態が悪くなるという主張をされている方は、「有機質肥料」と「たい肥」を混同されているか、区別できていないのではないか、ということです。

 

ここで、たい肥と有機質肥料の違いについて少しお話しておきましょう。

 

どちらも、有機質の農業用資材という点では違いがありませんが、使用目的が違います。

 

たい肥は、家畜ふんや樹皮、わらなどを原料としてそれぞれ単独あるいは混合して堆積し、植物の生育に障害が出ない状態まで発酵させたものです。養分も含みますが、使用目的としては主として土壌物理性の改良です。つまり田や畑を、ふかふかで空気や水を通しやすい土にするということですね。

 

それに対して有機質肥料はもちろん腐植も含みますので土壌改良効果もありますが、主として植物へ養分を供給することが目的となります。

 

ここまでの説明で、もうお分かりの方も多いと思いますが、有機質肥料と化成肥料は対立する概念ではなく、使い方や目的が違うだけということです。

 

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化成肥料のメリットは、養分となる成分含量が高く、田畑に散布する量が少なくて済み、労力の軽減につながること、また、一部を除いて容易に溶け、効果の発現が早くなります。

 

逆に化成肥料のデメリットは、有機質を含まないため化成肥料だけだと土壌中の腐植がどんどん減っていき、土壌物理性や土壌微生物に対する環境の悪化などを引き起こすこと、成分含量の高さからやりすぎになりやすく、環境への流出も増えてしまいやすいということです。

 

有機質肥料のメリットとしては、ほとんどの場合肥効が緩やかで環境への流出が少なく、効率的な肥効が期待できること、有機質を含んでいるため土壌への腐植の供給が期待できることなどがあります。

 

有機質肥料のデメリットは、肥効が緩やかなので追肥などとしてすぐ効かせたいときに間に合わないこと、成分含量が少ないため散布作業が大変になること、理想的な成分バランスにしにくいことなどです。

 

つまり、どちらが良い悪いではなく、栽培の状況などに応じて使い分けることが大事、ということですね。そして、化成肥料だけでは土の状態が心配だというのなら、たい肥を併用して土づくりを進めれば何の問題もありません。

 

さて、冒頭で言及した有機農家さんのブログですが、そのほか化成肥料は植物が養分を吸収して残ったものが植物や人体などにとって有害なものである、ということもおっしゃっていました。

 

しかし、化成肥料は例えば窒素源としては塩化アンモニウムや硫酸アンモニウム硝酸アンモニウムなどが多く、アンモニアや硝酸がまず植物に吸収され、塩素や硫酸根などが土壌中に残り、塩素は大量だと植物に悪影響がありますが、水で流されやすく、また肥料から供給される量では全く問題は起こりません。海の近くの田畑だと塩害が問題になりますが、それとは比較にならない量でしかありません。また、硫酸根は自然界中にいくらでも存在する硫黄と酸素が結合したものですし、硫黄は植物の必須元素ですからほとんど問題はありません。

 

カリウム源としては塩化カリウム、硫酸カリウム、炭酸カリウム、リン酸源としてはリン酸カルシウムが多く、これもどちらも問題ない成分ですよね。いったい何が有害なのでしょうか?その他いろんな養分がありますが、どれも問題になるとは思えません。

 

唯一、私が絶対の保証ができないとすれば、化成肥料は工業的に作られた化学製品の副産物である場合も多く、副成分として有害なものが含まれていないかというと、含まれていないとは言い切れないところです。とはいえ、化成肥料の歴史も始まって長く(100年以上)、その間(肥料としては)何の問題も起こっていませんから、ない、と言い切っちゃってもいいような気はします。

このあたり、水俣病の原因となった廃水を出していた会社が肥料会社であったことも影響しているかもしれませんが、今は有機水銀を含む方法で肥料を作っている会社はありません。

 

ともあれ、最初のほうで説明したとおり、田畑に一切の有機物を入れず、化成肥料だけで栽培していると土壌物理性が極端に悪化し、営利栽培は不可能、という状態になりかねませんが、たとえ養分供給を化成肥料だけにしたとしても、適切なたい肥の施用で土づくりをすれば問題はありません。というか、たい肥にも養分は含まれていますので、それを考慮しての養分バランスの調節は化成肥料のほうがやりやすいと思います。

 

というわけで、化成肥料と有機質肥料はその性質をよく理解し、状況に合わせて使い分ければいいというのが結論になると思います。そこへ、たい肥による土づくりとそれに伴う土壌診断を行えばより完璧に近づけるものと思います。

 

土壌改良資材として石膏を施用する意義とは ~石灰質資材についてのお話~

ここ連日の猛暑にやられたか、少々体調が思わしくないがんちゃんです。

 

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昨年の話になりますが、私の職場の関係機関にとある業者が「石膏」を土壌改良資材として売り込みに来たらしい。いわく、近年の水稲栽培には無硫酸根肥料を使わない場合が増えており、硫黄を含まないため硫黄欠乏症が頻発している。このため、土壌の石灰分の供給には一般的な苦土石灰などではなく、硫酸カルシウムが主成分の石膏を使うべきである、ということでした。

 

なぜ水稲に無硫酸根肥料を使うことが増えているのでしょうか。もともと日本は火山国であり、ほとんどの地域で土壌のベースとなっている鉱物は火成岩由来です。火成岩が風化してできたものですから、必然的に硫黄が含まれています。ですから、比較的多量に必要な必須元素である硫黄ですが、通常は硫黄は肥料として供給する必要はなく、よくある土耕栽培では肥料として硫黄を施用することはあまりありません。

 

ですが、植物の三大栄養素である窒素の供給源としてよく使われるものの一つに硫安があります。成分名で言うと硫酸アンモニウムですので、化学式は(NH4)2SO4となり、硫黄を含むわけです。高度化成やBB肥料(各成分が独立した粒状のまま混合された肥料)などでよく使われています。

 

つまり、硫安などを含む化成肥料を使用すると、もともと土壌中にあるものと肥料に含まれるもので、土壌条件によっては硫黄が過剰供給になる場合があるわけです。

 

水稲には秋落ちという現象があり、初期生育は良かったのに穂を形成し始める時期から生育が落ち、収量が上がらないというものですが、この原因の一つに硫黄があります。水稲は湛水状態が長い作物ですから、土壌の中が還元状態(貧酸素)になり、硫黄が多いと硫化水素が発生して根傷みが起こり、秋落ち現象が起こることになります。

 

この秋落ちを防ぐために、硫黄の濃度抑制を目的として硫酸根(イオン)を含まない肥料を施用する動きが各地で起こっているわけです。

 

しかし、これが行き過ぎるといかに火成岩由来の土壌とはいえ、植物に必要な硫黄分が不足してきます。そこで、土壌のカルシウム供給資材として硫酸カルシウムである石膏を使うと硫黄の供給になるうえ、カルシウムも溶けやすい形態のため、水稲の生育が良くなる、というわけです。しかも、石膏資材を持ち込んできた業者は植物に吸収しやすい形態の鉄イオンも含んでいるため、より理想的な資材である、との主張でした。

 

それについては間違ってはいませんが、無硫酸根肥料を推奨して硫黄の欠乏症が出るほどの事態になったのなら以前の施肥体系に戻し、秋落ち対策として鉄分を含む土壌改良資材を施用すれば問題ないのでは、とも思います。鉄資材を施用すると秋落ちが防止できるのは、硫化水素と遊離酸化鉄が結合すると、不溶性の硫化鉄になり、植物に無害になるからです。

 

とはいえ、地域全体として無硫酸根肥料による栽培に取り組んでいる場合、一部だけ違い肥料に変えるのは難しいということもあると思います。そういう時は調子の悪い水田だけ石膏を施用するという対策はありかもしれませんね。

 

ともあれ、本来の土壌改良資材としての石膏は、土壌pHが適正か高いのに石灰(カルシウム)が不足している土壌であったり、海水の流入によってナトリウムが土壌粒子と結合して多量に残留し、障害が起きている場合に使用されるものです。硫黄不足の土壌に使うかどうかは場合による、というところでしょうか。

 

ちなみに、ナトリウム過剰の土壌に石膏を施用するのがなぜ有効か、ということについても説明しておきましょう。ナトリウムが多い土壌では、そもそも植物に過剰障害が起きるほか、pHの上昇による障害もあります。pHが高い場合は石膏はそれを少し下げる作用があり、また石膏に含まれるカルシウムが土壌粒子と結合しているナトリウムを引きはがし、代わりにカルシウムが土壌粒子に結合し、土壌を健全な状態に戻すのです。

 

石膏の土壌改良資材としての役割については、以上でご理解いただけたでしょうか。いずれにしても、業者が売り込みに来た関係機関の所在地である香川県は、従来の施肥設計と鉄資材の組み合わせで秋落ちの発生を防止する方策を取っており、無硫酸根肥料の施用は推奨していないとのことでした。

 

とはいえ、石膏も使い道を間違えなければ、非常に優れた土壌改良資材であると思います。他の肥料や資材も合わせて、正しい使い方で環境にも植物にも優しい農業を実現したいものですね。