アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

種苗法5 表示の義務化、特性表、訂正、判定制度の導入など

よーし書けたぜ。いよいよ送信だ…(スマホでは書いていません)f:id:gan_jiro:20210311224923p:plain

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さて、種苗法の解説も5回目(昨年のも含めると6回目)となりました。主要な部分についてはあらかた説明し終わったと思いますので、残りは飛ばしたり、簡単にまとめたりしたいと思います(手抜きと言わないで)。

 

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※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~19ページより

種苗法3 国内の栽培地域指定について」のところで、登録品種であることや、栽培地域に制限があることを表示する義務ができたことはお話ししました。これは、広告や展示を行う際にはこれらの項目を直接種苗に添付したり、種の入った缶や袋などに表示しなければならない、としたものです。表示例などについては画像または農水省のpdfをご覧いただきたいと思います。

 

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※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~22ページより

登録手数料や出願料、登録料についてはこのブログの趣旨とはずれると思いますので、割愛させていただきます。

 

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※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~23ページより

ここは結構重要な改正かと思います。登録品種の侵害(許諾なしに栽培した場合で、違う品種として販売されている場合など)が行われている場合、改正前は比較栽培での確認が必要でした。しかし、これでは確認に時間がかかり、その間の侵害に歯止めをかけることができません。そこで、登録出願時に登録品種の特性を詳細に記録することで、その特性表と侵害疑義のある種苗を比較することで同一性の判断が迅速に行え、侵害立証を容易にすることができます。育成者の権利侵害を最小限にとどめやすくなるというわけですね。


また、この特性表は出願者が特性表を通知されてから30日間に限り、訂正を求めることもできます。ただしこの訂正は、訂正に係る比較栽培試験について、実費を出願者が負担する必要があるうえ、願書にこの項目は重視したいと記載した形質等に限られます。

 

残りの項目(職務育成規定等)は、申し訳ありませんが当ブログで説明すべきこととはちょっと違うように思われますので、興味がある方はお読みいただければと思います。

 

以上、種苗法の要点について改正部分を中心にご説明させていただきました。まだまだこの話題はくすぶり続けるかもしれませんし、この種苗法が本当に理想的なのかはまだ自分に判断しかねますが、悪くはないと思っています。そして、本当に農家の利益になるのはどういうものなのか、皆さんにもよく考えていただければ幸いです。

種苗法4 「登録品種の増殖は許諾に基づき行う」

さて、4回目となる今回は農水省のpdf改正種苗法について~法改正の概要と留意点~11ページの項目から、「3 登録品種の増殖は許諾に基づき行う」についてのお話です。


以前のエントリー「農家さん、ご心配なく。種苗法の一部を改正する法律案についての解説」で自家増殖一律禁止などの誤解についてはすでに解説しました。今回はその他の細かい注意点などについてお話ししたいと思います。

ちょっと横道にそれますが、自家増殖の禁止(許諾制への移行)を反対されている方が懸念されている状況への説明は、農水省のpdfにもありますので、そちらも紹介しておきます。ここは、上記のエントリーで自分も同様の説明をしたかと思います。

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 ※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~6、7ページより

 

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※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~17ページより

 

では、話を戻して上のスライドから順を追って説明しましょう。


「登録品種については、農業者による増殖は育成者権者の許諾を必要とする」とあります。ここが以前問題となった部分ですね。これまでは農業者は自分の経営に用いる限り自由に増殖を行うことができていました。それが許諾を得ない限りできなくなったわけですね。


しかし、発明品などの特許を考えればわかりますが、多大な労力と費用をかけて開発した品種の優良種苗が簡単に無料で増殖可能なのであれば開発者が新品種を育成するメリットがなくなります。これが、国や都道府県などの公的機関が育成したものなら公共の利益のためにそうすることもわかりますしむしろ(状況に寄りますが)当然とも言えますが、民間の種苗会社は利益を出すことができません。なので、今回の改正は極めて妥当なものと思われます。
(F1品種など、実際には親と全く同じものを増殖するのは技術的に不可能に近い場合も多いのですが、それは今回の主題からは外れますので脇に置いておきます)

 

今回の改正において、許諾を行う際に農業者に対して適正な利用条件の提示等が行われるため、種苗の増殖が技術的にも適正に行われやすくなるというメリットもあります。例えば、イチゴなどは種子を使わず、親株の植物体の一部でであるランナー(匍匐茎)を使っての増殖になるため親がかかっていた病原ウイルスなどを完全に除去することはできません。そこで、公的機関や種苗会社などがバイオテクノロジーの手法を活用してウイルスフリー株(無病株)を養成するわけですが、およそ3年に一度の割合で親株を更新していかないと栽培の現場ではどうしてもまたウイルスにかかってしまい、品質や収量の低下を招くことになるので、そのような技術的条件を示しておくことは重要になります。

 

前回のエントリーでも触れさせていただき、たびたび例に挙げて申し訳ありませんがイチゴなど購入した親株から苗を増殖するのが普通に行われている品目で都道府県が独自ブランドでしのぎを削っているような場合、地域農協に自家増殖まで翌年以降の親株にすることまで含めて一括して許諾し、生産者の事務手続きなどの負担を軽減しているような例もあります。これは改正前の従来法でも同じ扱いでした。

 

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もちろん、育成者が許諾を必要とせずに自家増殖を認める場合、育成者がその旨を明示すれば従来通り制限がかかりません。この場合だと従来法と何ら変わることはないわけですね。

 

一応、今回も念押ししておきますが登録品種以外の一般品種(期限が切れた登録品種も含まれる)では、従来と変わらず、自己増殖は自由に行えます。

 

さて、今回は一気に最後の項目まで説明できればと思っていましたが、またしても話が長くなってしまったので残りは次回で…終わらせたいなぁ(泣)

種苗法3 国内の栽培地域指定について

さて、ここまで種苗法の存在意義と海外持ち出し制限、その根拠となるUOPV条約について解説しました。今回は、農水省のpdf改正種苗法について~法改正の概要と留意点~11ページの項目から、国内の栽培地域指定についてとそれ以降の項目について順を追ってやっていきたいと思います。

 

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※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~15ページより

 

国内の栽培地域指定とは、最近よく言われている地域ブランドの確立を特定の品種を用いてやる場合など、産地形成と地域振興に資するものとして作られたものです。従来法でも、特にイチゴなどの果物で顕著ですが地域ブランドの確立に各都道府県などが新品種を育成した際、地域の農協などのみと許諾契約をすることで、その農協所属の生産者以外への種苗引き渡しを制限し、実質的に地域制限と変わらない状況にするという事例がありました。

 

今回の栽培地域指定は、品種登録出願時に栽培地域に制限をかけたい場合に、栽培の可能な地域を指定地域として届け出を行うことでそれ以外の地域への栽培を制限するものです。従来法のようなややこしいことをしなくても産地形成を行いたい地域でしか栽培ができない状況を作ることができるようになりました。ただし、指定産地外でも許諾を受ければ栽培可能です。

 

これに伴い、種苗業者は種苗を譲渡する際にその種苗が登録品種であり、指定地域外での栽培に制限がかけられていることを表示する義務ができました。のちに出てくる登録品種の表示の義務化でまた詳しく説明したいと思います。

 

なお、登録出願者が栽培地域の制限を行う意思がない場合は指定地域の届け出をしないことでどこでも栽培可能にすることもできます。育成・出願者が国である場合は国内で制限をかけられることはないと思われますが、都道府県の場合は地域ブランドでしのぎを削っていますので、多くの場合県内を指定地域にすることが予想されます。民間の種苗メーカーの場合は特殊な場合を除き、多くの売り上げを上げることが主眼に置かれるので、栽培地域の指定は行われない場合が多いでしょう。

 

というわけで、今回はここまでとさせていただき、次回は「登録品種の増殖は許諾に基づき行う」部分について、以前の「農家さん、ご心配なく。種苗法の一部を改正する法律案についての解説」でお話しできなかった実務的な部分について触れていきたいと思います。

agriscientist.hatenablog.jp

種苗法改正について2 UPOV条約と海外持ち出し制限

今回のエントリーは前回の続きです。今年度行われる種苗法改正施行について、どのような目的でどのような改正が行われたのかをお話ししてみましょう。

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agriscientist.hatenablog.jp

 

農水省のpdf8ページ目に「我が国で開発された優良品種の海外流出」という表題がつけられています。ここでは、ブドウのシャインマスカットという品種が普通の販売を通して海外に持ち出され、向こうで独自の品種名をつけられたうえで販売されるという明白な育成者権の侵害が起こっていますが、これまでの種苗法では違法にはならず、取り締まることはできませんでした。

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 ※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~8ページより

 

そこで、育成者権を守りやすくするための改正が行われ、その一部がとある方面で問題視されましたが、特に問題となるわけではないということは以前お話ししたとおりです。

 

しかし、以前から「農家による自家採種の禁止」のみが話題になり、他の改正部分についてはあまり知られていないように思われます。今回の改正は令和3年度と4年度の2回に分けて施行されますが、3年度が6項目、4年度が3項目施行となっています。その他細かい項目もいくつかありますが、それらは状況に応じて説明するか考えたいと思います。

 

農水省pdfの11ページ目、この番号に沿って順番に行きましょう。まずは「1 輸出先国の指定(海外持ち出し制限)」についてです。

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※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~11ページより 

 

ここで、UPOV条約という国際条約が出てきます。その全文はここ(pdf)に掲載されていますが、これを全部読んで理解するのは大変ですし、ここで理解する必要もありません。ですので、要約して説明したいと思います。簡単にまとめた図(pdf)がありますので、こちらを参照しながらご説明いたします。

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※151208UPOV条約概要.pptxより

 

UPOV条約には71年条約と91年条約が併存していて、どちらも、植物の新品種を統一された内容で国際的に保護しよう、という基本理念は同じですが91年条約のほうが保護期間が長く、適用される植物種に制限がないという部分でよりその内容が強化されたものとなっています。

 

ただ、このUPOV条約に批准しているだけで海外での育成者権が守られるわけではなく、あくまで加盟各国の品種登録制度によって守られることになりますので、種苗の輸出を行う際には相手先国での育成者権の取得が必要になります。日本でもこの条約に適合した品種登録制度の整備が必要であったため、そのためもあって種苗法が制定、施行されました。

 

海外での無断増殖を防止するにはこのUPOV条約に基づいて相手先国で育成者権を取得すればいいのですが、条約に批准していない国もありますし、加盟国であれ種苗を輸出するのでもなければそういう登録の手間や金銭的負担を考えれば意味があることとは思えません。一応、農水省中国における育成者権の取得マニュアルそして韓国版も作成していますので、参考までにリンクを張っておきます。(実は、私はまだ精読していません)。

 

UPOV条約の説明が長くなりました。ともかく、これまでは条約加盟国であるなしにかかわらず、外国での日本国内育成品種の無断栽培及び生産物の逆輸入などが起こりました。その結果、取り締まりができなかった従来法を改正し、国内品種の海外流出を防止するのがこの「輸出先国の指定(海外持ち出し制限)」なのです。

 

今までの種苗法では、登録品種の種苗が「販売後に」海外に持ち出されることは違法ではありませんでした。つまり、適法に増殖された種苗が一般的な種苗店で販売され、それがこっそり海外に持ち出されてもそれ自体を取り締まることができなかったのです。また、以前取り上げた農家による自家増殖についても、それ自体は農家が自身の経営に利用する限り違法ではなかったため、それを勝手に(外国人を含めて)譲渡されてもわかりにくい状況でした。それらを取り締まることができるのがこの改正部分(輸出先国の指定)のポイントです。

 

内容としては、品種登録出願時に届出を行い、UPOV条約加盟国から指定国を選んで届け出ることで、それ以外の国に対しての輸出には制限がかけられます。「指定国なし」にした場合はすべての国への輸出が制限されます。届け出をしなかった場合は、加盟国以外への輸出のみ制限されます(従来法と同じ)。また、以前から話題になっている自家増殖の制限(許諾制)についても「こっそり譲渡」を防ぐためにも重要なのです。

 

そのほか、農林水産大臣に対し、登録出願や登録公示と同時に利用条件を公示することが課せられたり、業者が種苗を販売する際にそれが登録品種であること、海外への持ち出しに制限があることを表示することが義務化されました。

 

以上が今回の種苗法改正における、種苗の海外流出の防止に資する改正点です。また非常に長くなりましたので、次回に引き継ぎたいと思います。

種苗法はなんのために存在するのか、そして改正法の要点は?

種苗法改正について以前のエントリーで取り上げ、登録品種の自家採種は原則禁止になる、というのは一般的な生産者にとっての不利益はまずありえないということを解説させてもらいました。その後、一部の条文について施行(令和3年4月1日)が近づいていますが、未だにいろいろな話がくすぶっているのが現状です。そこで、それを解消するための役に立つかはわかりませんが、今回から何回かに分けて種苗法改正条文にとどまらず、種苗法の内容やその存在意義について解説してみたいと思います。ってこの先どういう展開になるか、今のところ自分でも読めません(@@;)

agriscientist.hatenablog.jp

 

まず、種苗法の存在意義についてのお話から。全体の解説として、一般には農林水産省が公開しているpdfがわかりやすいかと思います。ていうか、よくできていると思いますのでこれ読め!で話は終わるところですが(笑)そうもいかないのでこのpdfをベースにポイントごとに解説を試みる、というスタイルでやっていってみましょう。

※これ以降、スライドの画像は農水省のpdf「改正種苗法について~法改正の概要と留意点~」より引用

 

まず、「種苗法改正の背景」という項目から始まります。「優良な新品種が支える我が国農業」とあります。よく言われるように、日本は面積は狭いものの東西にも南北にも長く、気候も土質も様々です。その中で、優良な農作物を作るためにはその環境に合わせた性質を持った新品種を育成する必要があります。また、(外国に比べて特に優れているかは置いておいて)日本には豊かな食文化があり、それらに対応するためには特色のある品種を多数育成する必要があるわけです。

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※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~2ページより

 

例えば、日本にはほぼキュウリの品種育成のみを専門とした種苗会社が複数存在するほどで、それぞれ十数種もの登録品種を常にラインナップしています。私はキュウリの栽培指導を担当していた経験もありますが、すべての品種についてその特性の把握はおろか、名前すら覚えきれませんでした(自慢にならない)。

 

これら最新の登録品種は、耐病性などこれまでにない特徴を持っている場合が多く、生産者や産地が他との差別化を図るための役に立つことが多いといえます(もちろん、逆に懐かしさを活かしたり地域特産として古い一般品種を使う方がより戦略的に有利ということもあり得ます)。

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 ※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~4ページより

 

ちょっと脱線しました。
ともかく、これら新しい登録品種の育成には多大な労力と資金が必要で、特に最近はその特徴が細分化されていますから、膨大な交配の組み合わせをしてみて、優れた形質のものができても既存品種と区別がつかないなどの理由で廃棄されたものも無数にあります。それだけの手間と資金を投入して作られたものですから、登録品種としての期限(野菜などでは25年)が切れるまでにその投資を回収しなければなりません。しかも、市場投入した品種がすべて売れるとも限りません。なので、どうしても種苗代金は高くなりがちなのです。ですから、なおさら育成者権を守り、その利益を確保する法律として種苗法は必要なのです。

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 ※改正種苗法について~法改正の概要と留意点~5、6ページより

 

ちょっと長くなりそうなので、今回はここまで。次回からは改正のポイントについてお話ししたいと思います。

福岡から出荷された春菊に「基準値の180倍」の農薬が検出された意味

先日、JAくるめを通して出荷された春菊から残留基準値を超えるイソキサチオンが検出されました。当エントリーではこれについての考察をしてみたいと思います。

www.recall.caa.go.jp

「春菊(食材)」の写真

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Twitterでフォロワーさんから要請があったので、いくつか読んでみたネットニュースの記事などから、何が起こったのか、なぜこういう事態に至ったのかを考察して呟いてみましたので、ブログ用にまとめなおして記事にしてみます。

基準値180倍超え農薬の春菊、原因はタマネギ用の誤散布|【西日本新聞ニュース】

 

福岡市のプレスリリースによると、当該の春菊から9ppm、残留基準値(0.05ppm)の180倍ものイソキサチオンが検出された、とあります。各新聞社の記事は、これを参考にしたものと思われます。先ほど紹介した消費者庁のリコール情報サイトでは8.4ppm、基準値の168倍となってますから、福岡市も雑なまとめ方をするな、という印象を持ってしまいますね。最初は新聞社が独自に内容を膨らませたのかと思いました。

 

さて、それでは現場で何が起こったのかを普通に得られる情報から推察してみましょう。

 

まず、イソキサチオンは商品名としては「カルホス乳剤」、「カルホス粉剤」、「カルホス微粒剤F」があって、このうちタマネギに登録がある(合法的に使用できる)のはカルホス乳剤のみ。登録内容は「500~1000倍、定植前、土壌灌注、使用回数1回まで」つまり、タマネギでは植付前に土に1回だけ灌注できるわけですね。

 

イソキサチオンは浸透移行性(植物体に浸透し、散布されていない部位に移行する)や浸達性(葉の表面などに散布された場合、裏側まで成分が到達し、他の部位に移行はしない)はありませんので、土壌灌注したり、粉剤などを土壌混和や表面散布した場合、害虫に直接接触することで効果を発揮します(乳剤の場合は希釈して散布という使用方法の登録もあり、この場合は食毒(成分の付着した部位を食べて殺虫効果が発揮される)でも効果があります)。土壌から植物体表面に付着したものが残留する可能性はありますが、その量は非常に少なくなると思われます。

 

そういう使い方が想定されていて、なおかつ重量野菜のタマネギでの登録倍数で軽量野菜(重量比で表面積が大きい)のしゅんぎくの葉の部分に、土壌灌注と同じ希釈倍数で散布したらどうなるかは容易に想像できると思います。また、作物ごとに残留基準も違います。

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ただ、ここで問題になっていると思われるカルホス乳剤はトウモロコシ(子実)やキャベツでは通常の使い方(水で希釈して栽培期間中に散布)での登録があって、ここに誤解の余地があったのかもしれません。また、ややこしいことにカルホス微粒剤Fはしゅんぎく(定植前作条土壌混和)に登録があるんですね。

 

この、他の作物に散布が可能で、同成分(同名)でありながら登録内容が違う農薬の中にしゅんぎくに使用可能なものがあるという点もそれに輪をかけて誤解を招いた可能性もあるのかな、と思います。

 

整理すると

1.タマネギに土壌灌注で登録のあるカルホス乳剤(イソキサチオン)をしゅんぎくに散布で使用した。

2.イソキサチオンは浸透移行性、浸達性はないため、土壌灌注なら残留の可能性は低い。

3.イソキサチオンはカルホス微粒剤Fでならしゅんぎくに登録があり、カルホス乳剤は他の野菜には散布での登録がある。

4.これらの情報が交錯して使用できると思いこんだ可能性がある。

こんなところかな、と思います。

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さて、残留基準値の168倍というとすごい数値のように思えます。TwitterでADIとARfDの混同はないんだろうかとつぶやきましたが、普通に設定されている残留基準値からの倍率で間違いありませんでした。

 

通常、残留基準値はADI(一日摂取許容量)をもとにして設定されます。これは、一生涯毎日摂取し続けても人体に影響の出ないとされる量です。これに対し、ARfD(急性参照用量)は人が24時間またはそれより短い時間に経口摂取した場合でも人体に影響が出ない量とされているものです。詳しくは長くなるのでリンク先(pdf) をご覧ください。

 

通常、残留基準値はADIをもとに設定されており、ADIは動物実験等で得られた無毒性量に安全係数100で除した数値で決められている上、基準値を設定する際には同時に摂取する他の食品に同じ成分が残留している場合も考慮されています。なので、1度に食べる複数の食品にそれぞれ同じ農薬が目一杯残留していない限りADIを超えることは考えづらく、たとえ168倍といえども一度摂取したくらいではそのあと気を付けていれば問題ないといえるでしょう。

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ただ、急性毒性についてはどうかという疑問は残ると思います。福岡市のプレスリリースにはARfDについても触れられており、しゅんぎくでのイソキサチオンは0.003㎎/㎏/日となっています。これをもとに、体重60㎏の人なら0.003×60=0.18㎎となり、プレスリリース通り9pmの残留として計算すると20gを超えて摂取するとARfDを超えてしまうことになります。しかし、ARfDを設定した際に参照した試験データが見つけられなかったのでしっかりとした根拠を持ってお話しできるわけではありませんが、人でのデータでARfDを設定したということですので、種間差はなく、個体差の係数である10で除して得られた数値であることになりますが、それでも無毒性量の最小値から得られた数値であることから20gを多少超えたくらいでは心配するほどのことはないだろうと個人的には考えています。

農家さん、ご心配なく。種苗法の一部を改正する法律案についての解説

最近、ニュースやSNSなどで種苗法の改正が取りざたされています。生産農家の権利が著しく制限され、大きな不利益を被るのではないかという論調がちょくちょく見られます。

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結論から言うと、今までとほとんど変わることはありません。その理由は順を追って説明していきましょう。

 

まずはそもそも、種苗法とはどのような目的で作られ、どのように運用されている法律なのでしょうか。ごく簡単に言うと、新品種を育成した人や団体がその育成者権を占有できる権利を認め、保護することが目的です。多額の費用や労力をかけて作り上げた新品種については、育成者がその利益を十分に受けることは当たり前のことですね。この辺りは、特許や実用新案などの考え方とよく似ています。

 

しかし、時代の変遷とともに従来の種苗法では育成者権の保護が難しくなる事例が出始めました。登録品種の権利侵害についてその証明が煩雑になりがちであったり、海外へ持ち出されて権利を著しく侵害された場合にも取り締まりが難しかったりしたのです。そのあたり、育成者権を保護しやすくしようというのが今回の種苗法改正の主旨です。

以上のようなことから、今回の改正案では、登録品種の育成者権について効力の及ぶ範囲を拡大することがその柱となっています。それについては、農林水産省のHPによくまとめてあり、特に「種苗法の一部を改正する法律案の概要」というpdfでおおよそ必要な情報は得られると思います。

www.maff.go.jp


ただ、このpdfでは生産農家の権利の制限についてはよくわかりませんし、その他農水省HPのどこを読めばいいのか関係者以外にはわかりにくいので、当ブログではそのあたり、とくに生産農家による自家増殖、自家採種の制限についてポイントを絞ってお話ししたいと思います。

 

まず、今回の改正によって農家の権利が侵害され、損害が大きいとの報道などが流れてくるのが生産農家による自家増殖の制限という部分でしょう。これについては有名人がツイッターで自家採種が一律に禁止であるかのような印象を与えるツイートをしている例がありますが、これはどう考えても農水省の説明も法律本文も全く読んでないとしか言いようがありませんし、そうでないなら説明不足にもほどがあります。

 

これまでも何度も申し上げてきましたが、新品種を育成した場合、育成者にその権利を保障するのが当たり前です。この点についてはこれまでもそうでした。誰でもが勝手に種子や苗を増殖して販売すれば、育成した人がかけた費用や労力が回収できません。なので、品種登録という制度が種苗法によって策定されたわけです。

 

その育成者権を定めている現行種苗法(令和3年3月末までの予定)の条文は第二十条になります。

elaws.e-gov.go.jp

はい、お読みいただいた方、わかりにくいですね。育成者が専有して利用する権利がありますが、育成者が他者に「ここまでなら自由に使って良いですよ」という権利を設定した場合は設定された人はその範囲で自由にやって良いよ、ってことですね(自信はない)。ここで、第二十条に「育成権者が専有利用権を設定した場合」という文章がありますが、育成権者が他者に専有利用権を付与することができるということですね。この内容については第二十五条で規定されていますが、かなり行使できる権利の範囲は広くなっていると思われます。ともかく今までの種苗法でも、法の精神としては農家が自分で利用する範囲であっても勝手に増やしちゃダメよ、というわけです。

 

ただ、例外規定として生産農家がその収穫物を自分の経営における次作の種苗として利用することは自由に行うことができました。この部分こそが今回の改正で一部の人に問題視されている最大のポイントで、その内容は次の現行法第二十一条およびその2項に示されています。

 

つまり、収穫物に含まれる種子などを自分の農業経営の範囲において次の作付けなどに自由に使い、その収穫物を販売することができたわけですね。それを今回の改正では許諾を得ないと使えなくなったわけです。しかし、お気づきのように今までの法律でも契約によってそれを制限することはできたんです。また、イチゴのようにランナーという匍匐茎を使って増やすものやイモ類などの栄養繁殖植物は親と全く同じものが簡単にコピーできますのでこの例外規定は適用されません。

 

どういうことかというと、今までは現行法第二十条によって本来は育成者が業として利用する権利を専有しているところ、現行法第二十一条2項の例外規定で自家増殖は自分の農業経営に使う限りにおいては二十条の育成者権の効力が及ばないため、育成者権専有者の方から制限をかけたい場合に限り契約などが必要だったのに対し、改正法では現行法第二十一条の例外規定が削除されることになったため、これからは二十条がそのまま適用され、自家採種したい場合には許諾が必要、となったわけです。つまり、育成者権が守りやすくなったと言うだけで、従来とほとんど変わっていないとも言えます。農家目線で言えば、いちいち許諾が必要になって面倒だと言うだけのことことですね。

※青字の部分を修正しました。文章の趣旨は変わっていません。

 

さて、だとしたら、特に問題があるとは思えない今回の改正を問題視している人の主張はどういうものなのでしょうか。まず一つ目は自家増殖は一律禁止になった思っている人が居ることですね。割とこういう人は多いのではないでしょうか。

これは全くの勘違いで、先ほども申し上げたように許諾を得られれば自家増殖はできるわけです。これはもとから制限をかけるつもりがない人は許諾してくれるはずですから今までとほぼ変わらないと言うことはすでに述べました。


また、自家増殖ができないのは「登録品種」だけであり、昔からある在来種や、登録の年限が来てその効力が失われたものは「一般品種」となり種苗法による自家増殖の制限を受けません。また、時々言われますが、家庭菜園での利用にはこれからも影響がありません。

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農林水産省HP「種苗法の一部を改正する法律案について」より引用

 

次に時々聞かれるのが、世界的種子メジャー企業が日本の種苗市場を席巻し、メジャーの品種でないと作れない状況を作り出し、高額な許諾料を取って農家の経営を破綻させてしまうのではないかという話です。普通に考えて、陰謀論というヤツです。

 

悪人のイラスト「黒いシルエット」

しかし、日本には無数の種苗メーカーがあり、日本人が好みそうな細かく分岐した品種群を持ち、メジャーの一品種でそれらをすべて駆逐するのはほとんど不可能だと思われます。それに彼らにとって、日本の市場はそれほど大きくなく、巨額の資金と労力を投入するほど魅力的とは思えません。


今までだって、登録品種では自家増殖を制限したければすることはできたのですからやるならとっくにやっています。また、仮にメジャーの品種に日本の登録品種が駆逐されてしまったとしても自家増殖可能な一般品種がたくさんあり、経営の規模に見合わないくらい高額な許諾料を取られるくらいなら一般品種を採用すれば良いのです。いまでも、最新の登録品種には目もくれず、自分好みの一般品種でガンガン自家採種して良いものを作っている農家さんはたくさんいらっしゃいます。

 

ここまで知っていても、それなら種子メジャーは優良な一般品種を取り込み、自らの品種として登録してしまうという力業をつかうのでは、とかなりひねった考えをする人も居るようです。しかし、すでに品種として知られているものを登録することを種苗法は禁じています(第三条1項)。

 

ここまで、生産農家が種苗を自家増殖または自家採種するという前提でお話をしてきましたが、自家増殖をされる方はどちらかというと少数派です。特に野菜類では、一般に販売されている種子はF1(雑種第一代)が多く、自家受粉させて種子を得ても、親と同じ形質であることはほとんどありません。これについての説明は本エントリーがなおさら長くなるのでいたしません。申し訳ありませんが、リンク先をお読みください。また、種苗の増殖は結構手間がかかり、均一に苗を作るのが難しい場合も結構あります。なので、自家増殖が許されている品種でも増殖や育苗は外注する人が多数派だと思います。

noguchiseed.com

 

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というわけで、本エントリーでは生産農家による自家採種、自家増殖の種苗法改正での問題について解説させていただきました。今回の種苗法改正は他にもポイントがいくつかありますが、それらについてはそれぞれで農水省のHPをご覧いただきたいと思います。その中で、またポイントとなる問題点が見つかることがあったら、別エントリー等で追々説明を追加していきたいと思います。