アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

農家さん、ご心配なく。種苗法の一部を改正する法律案についての解説

最近、ニュースやSNSなどで種苗法の改正が取りざたされています。生産農家の権利が著しく制限され、大きな不利益を被るのではないかという論調がちょくちょく見られます。

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フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

結論から言うと、今までとほとんど変わることはありません。その理由は順を追って説明していきましょう。

 

まずはそもそも、種苗法とはどのような目的で作られ、どのように運用されている法律なのでしょうか。ごく簡単に言うと、新品種を育成した人や団体がその育成者権を占有できる権利を認め、保護することが目的です。多額の費用や労力をかけて作り上げた新品種については、育成者がその利益を十分に受けることは当たり前のことですね。この辺りは、特許や実用新案などの考え方とよく似ています。

 

しかし、時代の変遷とともに従来の種苗法では育成者権の保護が難しくなる事例が出始めました。登録品種の権利侵害についてその証明が煩雑になりがちであったり、海外へ持ち出されて権利を著しく侵害された場合にも取り締まりが難しかったりしたのです。そのあたり、育成者権を保護しやすくしようというのが今回の種苗法改正の主旨です。

以上のようなことから、今回の改正案では、登録品種の育成者権について効力の及ぶ範囲を拡大することがその柱となっています。それについては、農林水産省のHPによくまとめてあり、特に「種苗法の一部を改正する法律案の概要」というpdfでおおよそ必要な情報は得られると思います。

www.maff.go.jp


ただ、このpdfでは生産農家の権利の制限についてはよくわかりませんし、その他農水省HPのどこを読めばいいのか関係者以外にはわかりにくいので、当ブログではそのあたり、とくに生産農家による自家増殖、自家採種の制限についてポイントを絞ってお話ししたいと思います。

 

まず、今回の改正によって農家の権利が侵害され、損害が大きいとの報道などが流れてくるのが生産農家による自家増殖の制限という部分でしょう。これについては有名人がツイッターで自家採種が一律に禁止であるかのような印象を与えるツイートをしている例がありますが、これはどう考えても農水省の説明も法律本文も全く読んでないとしか言いようがありませんし、そうでないなら説明不足にもほどがあります。

 

これまでも何度も申し上げてきましたが、新品種を育成した場合、育成者にその権利を保障するのが当たり前です。この点についてはこれまでもそうでした。誰でもが勝手に種子や苗を増殖して販売すれば、育成した人がかけた費用や労力が回収できません。なので、品種登録という制度が種苗法によって策定されたわけです。

 

その育成者権を定めている現行種苗法(令和3年3月末までの予定)の条文は第二十条になります。

elaws.e-gov.go.jp

はい、お読みいただいた方、わかりにくいですね。育成者が専有して利用する権利がありますが、育成者が他者に「ここまでなら自由に使って良いですよ」という権利を設定した場合は設定された人はその範囲で自由にやって良いよ、ってことですね(自信はない)。ここで、第二十条に「育成権者が専有利用権を設定した場合」という文章がありますが、育成権者が他者に専有利用権を付与することができるということですね。この内容については第二十五条で規定されていますが、かなり行使できる権利の範囲は広くなっていると思われます。ともかく今までの種苗法でも、法の精神としては農家が自分で利用する範囲であっても勝手に増やしちゃダメよ、というわけです。

 

ただ、例外規定として生産農家がその収穫物を自分の経営における次作の種苗として利用することは自由に行うことができました。この部分こそが今回の改正で一部の人に問題視されている最大のポイントで、その内容は次の現行法第二十一条およびその2項に示されています。

 

つまり、収穫物に含まれる種子などを自分の農業経営の範囲において次の作付けなどに自由に使い、その収穫物を販売することができたわけですね。それを今回の改正では許諾を得ないと使えなくなったわけです。しかし、お気づきのように今までの法律でも契約によってそれを制限することはできたんです。また、イチゴのようにランナーという匍匐茎を使って増やすものやイモ類などの栄養繁殖植物は親と全く同じものが簡単にコピーできますのでこの例外規定は適用されません。

 

どういうことかというと、今までは現行法第二十条によって本来は育成者が業として利用する権利を専有しているところ、現行法第二十一条2項の例外規定で自家増殖は自分の農業経営に使う限りにおいては二十条の育成者権の効力が及ばないため、育成者権専有者の方から制限をかけたい場合に限り契約などが必要だったのに対し、改正法では現行法第二十一条の例外規定が削除されることになったため、これからは二十条がそのまま適用され、自家採種したい場合には許諾が必要、となったわけです。つまり、育成者権が守りやすくなったと言うだけで、従来とほとんど変わっていないとも言えます。農家目線で言えば、いちいち許諾が必要になって面倒だと言うだけのことことですね。

※青字の部分を修正しました。文章の趣旨は変わっていません。

 

さて、だとしたら、特に問題があるとは思えない今回の改正を問題視している人の主張はどういうものなのでしょうか。まず一つ目は自家増殖は一律禁止になった思っている人が居ることですね。割とこういう人は多いのではないでしょうか。

これは全くの勘違いで、先ほども申し上げたように許諾を得られれば自家増殖はできるわけです。これはもとから制限をかけるつもりがない人は許諾してくれるはずですから今までとほぼ変わらないと言うことはすでに述べました。


また、自家増殖ができないのは「登録品種」だけであり、昔からある在来種や、登録の年限が来てその効力が失われたものは「一般品種」となり種苗法による自家増殖の制限を受けません。また、時々言われますが、家庭菜園での利用にはこれからも影響がありません。

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農林水産省HP「種苗法の一部を改正する法律案について」より引用

 

次に時々聞かれるのが、世界的種子メジャー企業が日本の種苗市場を席巻し、メジャーの品種でないと作れない状況を作り出し、高額な許諾料を取って農家の経営を破綻させてしまうのではないかという話です。普通に考えて、陰謀論というヤツです。

 

悪人のイラスト「黒いシルエット」

しかし、日本には無数の種苗メーカーがあり、日本人が好みそうな細かく分岐した品種群を持ち、メジャーの一品種でそれらをすべて駆逐するのはほとんど不可能だと思われます。それに彼らにとって、日本の市場はそれほど大きくなく、巨額の資金と労力を投入するほど魅力的とは思えません。


今までだって、登録品種では自家増殖を制限したければすることはできたのですからやるならとっくにやっています。また、仮にメジャーの品種に日本の登録品種が駆逐されてしまったとしても自家増殖可能な一般品種がたくさんあり、経営の規模に見合わないくらい高額な許諾料を取られるくらいなら一般品種を採用すれば良いのです。いまでも、最新の登録品種には目もくれず、自分好みの一般品種でガンガン自家採種して良いものを作っている農家さんはたくさんいらっしゃいます。

 

ここまで知っていても、それなら種子メジャーは優良な一般品種を取り込み、自らの品種として登録してしまうという力業をつかうのでは、とかなりひねった考えをする人も居るようです。しかし、すでに品種として知られているものを登録することを種苗法は禁じています(第三条1項)。

 

ここまで、生産農家が種苗を自家増殖または自家採種するという前提でお話をしてきましたが、自家増殖をされる方はどちらかというと少数派です。特に野菜類では、一般に販売されている種子はF1(雑種第一代)が多く、自家受粉させて種子を得ても、親と同じ形質であることはほとんどありません。これについての説明は本エントリーがなおさら長くなるのでいたしません。申し訳ありませんが、リンク先をお読みください。また、種苗の増殖は結構手間がかかり、均一に苗を作るのが難しい場合も結構あります。なので、自家増殖が許されている品種でも増殖や育苗は外注する人が多数派だと思います。

noguchiseed.com

 

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というわけで、本エントリーでは生産農家による自家採種、自家増殖の種苗法改正での問題について解説させていただきました。今回の種苗法改正は他にもポイントがいくつかありますが、それらについてはそれぞれで農水省のHPをご覧いただきたいと思います。その中で、またポイントとなる問題点が見つかることがあったら、別エントリー等で追々説明を追加していきたいと思います。

農業生産現場における新型コロナウイルス (COVID-19)対策について

昨年暮れに最初に中国で発生が確認された新型コロナウイルス(COVID-19)による肺炎は、現在世界中に拡散し、日本もその影響を免れていません。2020年4月22日現在で、日本は感染者数、死亡者数ともに低く抑えていて、今のところ健闘していると言えるでしょう。

 

とはいえ、素人目線では政府の対策がうまくいっているからとも思えず、日本人の清潔感からなのか、政策のまぐれ当たりも含めてたまたま運がいいのかわかりません。ただ一つ言えることは医療関係者の頑張りが死亡者数の低減に効いているということだけは間違いなさそうです。

 

さて、医療とともに人々の命を支える食料生産についてはどうなっているのでしょう。今のところ、農作物を含む食料品の流通については大きく滞ることはなく、感染のリスクを冒しながら流通業者の皆さんが頑張ってくれているようです。現在の状況についてはこれらの情報を一元的に管理している農林水産省のサイトを参照してみるのがいいと思います。

www.maff.go.jp

 

この農水省のサイトによると、主食であるコメの備蓄も十分であり、1993年に起きた米騒動の時のように買い占めに走る必要は全くありません。実は、あの時でもあんなに不足するほど少なくはなかったはずなんですが…。不足するかも、という心理が買い占めを加速し、売り場に物がないという情報がさらにそれに追い打ちをかけたのでしょう。

 

その他の野菜や果樹、畜産などの国内生産は現時点では全く滞っておらず、今年度の生産も普通に行われている状況です。となると心配なのは食料自給率が低い日本としては輸入食品ですが、そちらも今のところ流通は動いており、問題はありません。特に生鮮食品は買いだめに走ることで廃棄率が高くなり、状況をひっ迫させる可能性があるので避けるようにしてくださると助かります。

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さて、生産者の立場から心配なのは自分のところから感染者が出たらどうしようか、ということではないでしょうか。この新型コロナウイルスの悪質なところは、潜伏期間が長く発症前から感染能力を持ち、且つ無症状で終わる感染者も感染能力があるというところです。このステルス性が今回の流行に関して対策を難しくしている最大のポイントでしょう。ということは、誰もはっきりした症状がない場合でも出荷物やパッケージを汚染している可能性があるということになるのでは、と考えるのも無理はありません。

 

ともかく、栽培管理や出荷調整に携わっている人に感染者が出た場合、そのまま出荷を続けていいのか、出荷されたものを回収する必要はないのかなど心配は尽きないと思います。確認された時点での出荷停止ならまだしも、回収となると何日も前の出荷物にさかのぼっていかなければならないのではないかと思われるかもしれませんが、その必要はありません。というのも、今のところ食品を通じた感染は確認されていないからです。

 

とはいえ、ではパッケージ等を通じての感染はどうなんだと思われるかもしれませんが、これも普段から行われている食中毒などの衛生対策をきちんとやっていれば通常問題はありません。新型コロナウイルスは、幸いにしてアルコール主体の消毒液による消毒が有効であり、また普通の石鹸による手洗いも感染確率の低減には大いに役立つからです。つまり、従来から衛生意識を持って取り組んでいる生産者(ほとんどの方がそうだと思います)なら出荷物の心配をすることはないのです。作業中は清潔な帽子、マスクなどを着用し、収穫物が触れるところ、複数の人が触れるところ(ドアノブなど)、作業台の上など定期的にアルコールなどで拭き、こまめな手洗いなど励行してください。

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それでもはっきりと感染者が出てしまった場合はどうしたらいいのでしょう。これについては、農水省がガイドラインを提示(pdf)していますので、基本的にはこれに従っていただけるといいと思います。出荷停止などは必要なく、感染者と一緒に作業していた人(濃厚接触者)などには検査の上入院または自宅待機をしていただき、作業者を入れ替えるなどして事業の継続は可能とされています。ただし、これについては出荷先(JAや市場など)との関係もありますので、最終的にはそれらの関係各所との相談になるかとは思います。ともかく、慌てることはなく、各地方の保健所、農政局や県、市町及びJAなどに相談しましょう。

 

最後に消費者の方にもいくつかお願いです。

 

各種学校の休校措置に伴い、給食用食材が余っています。子供たちの健康維持のためにも飲めない事情がある人を除いて積極的な牛乳の摂取をはじめとして国産農畜産物の消費をお願いします。

 

また、農薬用マスクなどをウイルスの感染拡大防止用に転用するのもお控えください。医療用マスクの確保も大事ですが、食糧生産維持のためにも国内の農業が持続できる環境づくりも必要であり、農薬用マスクは必要なのです。

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生産現場で農家も食料供給のために頑張っています。食料生産維持のためにも皆さんのご協力が必要不可欠です。まずはご自身と大切な方々の健康と命を守り、その上で国内の農業生産維持にご協力いただければこんなにありがたいことはありません。

新芽を食べる ~地面からにょきにょきアスパラガス~

今回はアスパラガスです。申し訳ないですが、一品目でのご紹介。

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野菜解説シリーズ、今回は少し趣を変えてアスパラガス単独でやってみます。古い分類でユリ科野菜とするとネギ属はすでにやってしまったし、クサスギカズラ科とするとこれしかない。軟化・芽もの野菜という分類でやるとスプラウトやウドなどと同じ括りになってやりにくいので、勘弁ください(^^ゞ。


アスパラガスの分類は、古い分類だとユリ科ですが、現在はクサスギカズラ目クサスギカズラ科クサスギカズラ亜科クサスギカズラ属とされています。日本に自生している近縁種のクサスギカズラがその分類名の由来ですが、野菜として栽培されているアスパラガスの直接の原種ではありません。


野菜として栽培されているアスパラガスにも実は和名があり、オランダキジカクシと呼ばれています。これも日本に自生しているクサスギカズラ科の野草、キジカクシがその由来ですが、それも近縁種ではありますが原種ではありません。


アスパラガスは野菜の中では珍しく多年生で、東北などで行われる掘り上げての伏せ込み栽培を除いて、一度植えれば10~20年程度そのままの株を使用して栽培されます。暑さ寒さ、肥料の濃度障害にも強く、現在では世界中で栽培されています。


原産地は中央・南ヨーロッパで、北アフリカ、西・中央アジアにも自生しています。クサスギカズラ属の植物は300種ほどあるといわれていますが、そのうち食用として栽培されているのはAsparagus officinalis L.var.altilis L.の一種のみです。


野菜としてのアスパラガスはこれも非常に歴史が古く、古代エジプト王朝ではその王たちに高級料理として供されていた様子がピラミッドの壁画に描かれているということです。ただ、当時は自生していた野生種を採取してくるのみであったと考えられています。


紀元前200年ごろのローマ時代になって栽培が始まったとされ、そのころの農業書に栽培の様子が詳細に記録されています。ただ、野菜というよりは薬草として利用されていたと考えられ、利尿作用などが利用されていました。確かに、アスパラガスを大量に食べるとそれらしい臭いのおしっこになることがありますね( ̄。 ̄;)。


ちなみに、アスパラガスの薬効成分として有名なのはアスパラギン酸で、もちろんアスパラガスがその名前の由来ではありますが、たまたま発見されたのがアスパラガスからというだけでアスパラガスに大量に含まれているというわけではありません(と思っていました)。ほかにもっと高濃度の野菜は存在するらしい。


中世になって痛風に効果があるといわれるようになり、ホワイトアスパラを食べる習慣が始まりました。特にルイ14世が好んで食べたといわれ、臣下に一年中食卓に乗せるよう命じたということです(*゚Д゚)。一般に広まったのは19世紀になってからのようです。


日本人にはあまり好まれない(偏見です)ホワイトアスパラの缶詰は19世紀に北アメリカに持ち込まれて栽培が始まり、そこで作られたものが最初ということです。日本でも缶詰用ホワイトなどで北海道の栽培面積が増加しましたが、現在では缶詰用主産地は中国に移っています。


日本への伝搬は最初の記録は江戸時代で1784年の「質問本草」に「石柏(せきちょうはく)」という名前で紹介されています。それ以前にもオランダ人によって長崎などに持ち込まれていましたが、食用ではなく観賞用だったようです。


明治時代になって、北海道の開拓使アメリカから導入した種子を持ち込んだのが栽培の始まりとされています。また、その後アメリカの技師を招いての導入も試みましたが、試作程度に終わったようですね。


大正7年に北海道で下田喜久三がアスパラガスの栽培を始め、ドイツの品種とアメリカの品種の交配から「瑞洋」という品種を作成し、その後直営農場を設けて「日本アスパラガス株式会社」を設立、缶詰ホワイトアスパラの生産を始めました。


生食用のグリーンアスパラの栽培が始まったのは昭和30年代後半からで、消費者の嗜好にマッチし、栽培が容易であることなどから生産が増加していきました。昭和50年代には水田転作によってその面積はさらに広がり、一時のピークは過ぎた感がありますが、全国で6490ha(平成22年度)栽培されています。

 

日本ではほぼ周年供給されているアスパラガスですが、自然に任せていると沖縄を除いて日本の冬では収穫は不可能です。西日本の露地栽培では4月ごろから収穫が始まり、10月中下旬には低温により萌芽が停止します。そこでハウス栽培で保温を行うことにより、1月からの出荷を可能にしています。


東北や北海道、北関東などでは電熱温床などを用いた伏せ込み栽培を行っていて、11月頃に掘り上げた株を電熱温床で加温することによって年内出荷を行っています。それでも国内生産では端境期ができるため、11月ごろには中南米産のものが輸入されています。


日本に自生しているクサスギカズラ科の野生種は4種あり、先ほどから紹介しているクサスギカズラ、キジカクシのほかタマボウキ、ハマタマボウキがあります。キジカクシ、タマボウキは山間地などで見られますが、クサスギカズラ、ハマタマボウキは海岸沿いなどに分布しています。


それらのうち、キジカクシの新芽はアスパラガスと同じく食用に供されることもあるようですね。また、クサスギカズラの塊根は天門冬という生薬で、漢方薬に使われるようです。ただ、クサスギカズラ科の野生種はレッドデータブックに掲載されいていることが多いので、採取は控えてくださいね(^^)。

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ちなみにずいぶん前の話ですが、このブログ記事の内容と同じものをTwitterでつぶやいていたら、アスパラガスのアスパラギン酸が多くない、のところでフォロワーさんから次のようなご指摘をいただきました。

 

疲労回復効果を期待するほどではないけど、まぁまぁ多いみたいですね(笑)

じつは花を食べている。イチゴは果物?野菜?

まずはイチゴの分類について

イチゴは果物では?と思われる方もおられるかもしれませんが、日本の園芸における分類では草本性作物(樹木にならないもの)は野菜に分類されます。なので、メロン、スイカなども野菜ということになります。


現在栽培、流通されているイチゴはほぼバラ科バラ亜科オランダイチゴ属(Fragaria ×ananassa)です。ラズベリーブラックベリーなどのキイチゴ属や日本に自生するキジムシロ属のヘビイチゴは別種です。なお、ヘビイチゴが有毒であるというのは俗説で、食用可能だが食味的に食用としてはあまり適しないということです(食べたことないけど)。


現在の栽培種であるイチゴは、他のオランダイチゴ属の野生種に比べてはるかに大果で多収なんですね。しかし、どのようにしてこのような栽培種が成立したのかは明確な記録はありません。わかっているのは大果系のチリ種と北米産のバージニア種がフランスで交雑してできたらしい、ということまでです。


ともあれ、栽培種のイチゴは8倍体で、一般的な野生のオランダイチゴが2倍体であることから考えると、果実や植物体の大型化にはこの倍数性も関わっていると思われますが、栽培種が成立した時代性から考えて染色体の人工的な倍化は不可能で、自然倍化したものが選抜された結果なんでしょうね。

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イチゴの原産地、来歴は?
近代的栽培種の片親となったバージニア種は、16世紀ごろから北米への探検者や入植者によってヨーロッパへ持ち帰られ、それまでのヨーロッパ在来種に比べて大果で鮮やかな赤が受け入れられ、栽培品種までに育成されるようになりました。


チリ種は、ヨーロッパ(フランス)の気候ではなかなか開花せず、開花しても持ち帰られた株はすべて雌株だったため花粉がなく結実できませんでした。そこでバージニア種の雄株を混植してその花粉で結実させることにしたようです。


その時、収穫しきれなかったりしたために落果したものなどから落ちた種子(痩果)が発芽し、自生していたものから今までになく生育が旺盛で大果の株が見いだされ、種として固定されて近代栽培種になったのではないかと考えられています。


このようなことから、近代栽培種の起源は1730~50年ごろのフランスブルターニュ半島プロガステル町と考えられています。日本ではオランダが起源と考えられていて、オランダイチゴ属という名前が付けられていますが、これは江戸時代にオランダを通じて導入されたことから生まれた誤解のようですね。f:id:gan_jiro:20140406085649j:plain


日本では
日本におけるイチゴは、日本書紀に「いちひこ」の記述が見られ、キイチゴヘビイチゴなどを総称したものと思われます。また、枕草子には「いちご」の記述が2か所存在します。なお、日本にもヘビイチゴのほか日本海側を中心とする高山地帯になんと「ノウゴウイチゴ」というオランダイチゴ属の自生種があります。


我が国への園芸作物としての導入は、文久の初めごろに川崎道民が遣米・遣欧使節団に随行した際に園芸作物の種子を数種購入し持ち帰ったのが始まりともされています。これを1863年に伊藤圭介が翻訳して文書にしたのが確実な導入の最古の記録と言われています。


我が国で初の営利栽培としては、1893~94年頃に東京や横浜で始まったとされていますが、当時は外国の珍しい果物という認識で、一般には普及しませんでした。また、欧米ではいくつかの栽培品種が育成されていましたが、当時の輸送経路では苗を持ち帰るのが困難で、導入は進まなかったといいます。


そこで、福羽逸人はフランスから栽培種の種子を購入し、そこから育てた実生苗から1898年に選抜育成したのが日本初の栽培種「福羽」です。この福羽は長きにわたって日本の主要品種となり、水田裏作の露地栽培や石垣栽培などに用いられました。


その後、イチゴの育種は国をはじめ、各県の関係機関や企業、また個人によって盛んにおこなわれるようになり、品種登録出願件数は21世紀に入って168件となっていますが(平成28年8月1日現在)、自分のような栽培指導を生業としている人間でもそのすべては到底把握できていないほどなんですね。


営利栽培が始まった当初は露地栽培が多く、イチゴの旬と言えば初夏でしたが、1950年代後半からプラスチックフィルムを用いた施設栽培(ビニールハウス)が増加し始め、また、休眠が浅い品種を利用して秋に花芽を分化させ、年内に収穫を開始して初夏まで取り続ける促成長期栽培が始まりました。


現在ではイチゴ出荷量のピークは全国的には1~5月になっていて、もともとの旬である初夏にも出回ってはいますが、需要はクリスマス~正月商戦に高まる傾向になっています。果実品質でも、株がしっかり出来上がったころで、低温でじっくり着色する1~2月が食味もよく、現在では旬と言えるかもしれないですね。


ちなみに、日本のイチゴ生産量は2013年の統計で世界でも10位となっていて、大きな産地であるといえますが、そのほとんどが家族労働による施設園芸に支えられていて、労働生産性が高いとは言えません。とはいえ、独自品種も多く、独特の発達を遂げているのでイチゴ生産大国と言って差し支えないでしょう。

葉っぱを食べる ~煮物、炊き物、炒め物~

今回は菜っ葉類をお送りします。それにしても、アブラナ科は分類が本当に難しい。ほとんどの花はナバナとして食べられるし、葉っぱも同様。後は根さえ太れば・・・。というわけで、「たまたま」葉を食べられるようになったアブラナ科アカザ科のほうれん草のお話をお届けします。

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それでは今回の菜っ葉類ですが、はじめはこれも「アブラナ科」の括りでやるつもりでしたが、そうするとホウレンソウなどあぶれるものが出てくるし、それらはどこで取り上げるの、ちょっと難しいなということになるのでそれらも含めて「菜っ葉類」ということでやりたいと思います。


まずはアブラナ科のツケナ類から取り上げてみましょう。いわゆる非結球アブラナ科葉菜類と呼ばれるものになります。これらは形態がさまざまに分岐し、非常にたくさんの品目、品種がありなかなか個別には取り上げにくいです。なので、まとめての話になることをお許しください。


先ほども言いましたが、全品目取り上げるととんでもないことになるので、代表的なものをしかもまとめて取り上げてみましょう。よくスーパーなどで流通しているものとしてはコマツナ、キョウナ(ミズナ)、ヒロシマナ、(大阪)シロナ、ノザワナ、タカナ、中国野菜のチンゲンサイ、タアサイあたりになると思います。


さて、例によってアブラナ科ツケナの栽培種は野生種(原種)からどこで成立したのかは明らかにはなっていません。他のアブラナ科野菜同様交雑の容易さ、表現型の多彩さ、栽培種が逸出して容易に野生化することなどから、その来歴を追うことが非常に難しいからです。


ツケナ類の野生種は、北ヨーロッパ各地にみられることからこれらが搾油用あるいは食用として利用されるようになり、そこからツケナ、カブが分岐されていったものという推測がなされていますが、近東や中央アジアが起源であるという説もあります。

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提供元:フリー写真素材ぱくたそ

 

ツケナ類がヨーロッパ起源であるとしても、そこで葉菜類として利用されることはあまりなく、唐の時代以前に中国に導入され、そこで菘(シュウ、スズナ=カブ?)として利用され、ここからハクサイなども分化したようです。いずれにしても、栽培が成立したのは中国であるといえます。


タカナについては若干事情が異なり、紀元前からローマやギリシャで栽培されていて、葉は煮食用に、種子は消化剤や解毒剤として用いられていたようです。これが中国に導入されてから品種の分化が起こり、アジア全域に広がっていきました。日本でも多様な品種分化が起こっています。


ツケナ類が日本に導入された来歴等は明らかになっていません。しかし、古いものであることは間違いなく、古事記に「菘」の記載があり、吉備国の産地でとれたものを羹(あつもの=熱い汁もの)に用いたとしています。また、本名和草にも多加奈(タカナ)と訓じた記載があります。


タカナはカラシナの変種ともされ、古くから日本に導入されており、「和名抄」にもその名が見られます。高菜漬けは全国各地に広がっており、近畿地方ではめはりずし、九州では阿蘇の高菜飯や現代では福岡のとんこつラーメンのトッピングなどに利用されいています。


タカナの日本導入もツケナと同時代と考えられ、和名抄や本名和草に加良志、芥、辛菜や多賀那、宇岐菜などの名で記載されています。


ちなみにタカナは香川では「マンバ」と呼ばれ、それを甘辛く炊いた郷土料理を「マンバのけんちゃん」と呼ばれ、親しまれています。大根の葉を甘辛く炊いたものが好きな人は是非試してみてくださいね。

www.sanuki.com


ただ、カブのところでも言及しましたが、東北地方等のカラシナ、タカナなどには西欧系品種の特徴を残した品種が古くからあり、現在も山間地などにわずかながら残っている例もあります。このことから、中国からばかりでなく、シベリア経由で導入されたものもあるのではないかと考えられています。


ともかく、ツケナ類は導入後日本でさまざまに分化し、また後年導入された品種もあり、多様な品種群を構成しました。タカナは江戸時代の農業書ではツケナとの区分が明確にされ、葉を掻きとって食べる端境期の葉物とされています。


その後明治に結球ハクサイが導入され、大正に入って栽培面積が増加してくるとツケナの面積は減少していきました。この中で失われた在来品種もあったことは惜しいことですね。


さて、次に科を変えてホウレンソウです。ホウレンソウはアカザ科、あるいはヒユ科アカザ亜科とする分類もあります。原産はアフガニスタンなど中央アジアで、ペルシア(現在のイラン周辺)では古くから栽培されていました。


中国には7世紀ごろ回教徒によって伝播されたと考えられています。そこで東洋種の品種群が発達し、日本にはかなり遅れて導入され、17世紀の文献にその名前が見られます。これが現在の日本における在来種となりました。


ヨーロッパには同じく回教徒の手でイランからアラビア、北アフリカを経て11世紀に導入され、まずスペイン、その後ヨーロッパ各国に広がったと思われます。ドイツでは13世紀、イギリス、フランスでは16世紀から栽培の記録が見られます。


ヨーロッパでは、オランダで特に品種育成が進み、採種地として知られるようになりました。その後アメリカには19世紀から20世紀初頭にかけて導入されました。


その後アメリカでは缶詰加工の発達、栄養価が高いことなどから普及が進み、栽培が拡大しました。日本ではホウレンソウの缶詰はあまり見かけませんが、アニメのポパイとのタイアップでよく知られてはいますよね。


日本でも昭和になってから栄養知識の普及とともにビタミン類や鉄分などのミネラルの補給源として栽培面積が増大しました。当初は西洋系品種を春~夏播き、東洋系品種を秋まきにすることが標準的でしたが、現在ではその交雑系、同様にF1が育成されています。


「菜っ葉類」は以上です。なんかちょっと半端な気はしますけど、野菜類の分類は一般にわかりやすいようには難しいのでご勘弁を(;´Д`)

葉が玉になる ~アブラナ科結球野菜~

数年前、Twitterで野菜の来歴を解説していく、というシリーズを展開したことがありました。それらをブログに転載していくというのをやろうやろうと思いながら、トゥギャッターにまとめられてるので良いかな、とやり過ごしてきましたが、ネタが無いときはこれをぼちぼち薦めていこうということにしました。で、今回はアブラナ科結球野菜のツイートをまとめ、修正を加えてお届けします。

 

キャベツ畑のイラスト

まずはキャベツから。

キャベツはブロッコリーやカリフラワーと同じく、イギリスから地中海にかけて自生するヤセイカンランおよびそこから育成されたケールが起源です。石灰質の多い地中海沿岸に多く自生していることから石灰を好む性質であることがわかりますね。

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2001年とあるので、試験研究機関で土壌肥料関係の仕事をしていたときの写真。土壌溶液を採種し、環境への流亡を計っていたのだっけ…。まだ30代半ばか。


古代ローマギリシャで古くから利用されていたことはブロッコリー等と同じですが、ヨーロッパで園芸種として栽培されるようになったのは9世紀ごろといわれています。そこから16世紀にはカナダに導入され、その後アメリカに導入されました。17世紀からアメリカで栽培されいていた記録が残っています。


日本には明治初期に導入され、明治30年ごろには自然交雑等により分化した品種群からの選抜が行われました。大正に入って栽培面積も増加し、さらに昭和初期にかけて国内での育種も本格的に行われるようになりました。


その後第2次大戦などで育種も栽培も停滞していましたが、戦後、消費の拡大とともに需要が増加して、作型分散によって周年出荷が行われるようになりました。育種技術も発達し、自家不和合性を利用した一代雑種(F1)も作出されて、現在ではF1が品種の主流になっています。

 

野生種は1年生で低温感応なしに花芽分化しますが、栽培種はほぼ2年生で低温に遭うことで花芽分化して抽苔(花芽が伸びること)します。キャベツはある程度栄養生長(花芽を作らない生長)してから結球し始めるため、定植が遅れて小さいうちに低温にあってしまうと結球せずに抽苔してしまいます。


日本への導入、普及が古かったため様々な地域・作型に適応した品種が多数作られました。ちなみに普通に緑色のキャベツはすべて同一種ですが、ムラサキキャベツ、サボイ(縮緬甘藍)は変種となっています。


ちょっと脱線。札幌大球甘藍について。


札幌大球甘藍は札幌近郊で作られる大玉品種で通常の5~10倍になり、10㎏を超えるものも収穫されます。主に加工用ですが、札幌では普通の家庭でも購入され、ニシン漬などに利用されると聞いています。しかし本当にそんな大きなキャベツを一般人が買うのでしょうか?持って帰るだけでも大変だと思いますが。

 

ということをつぶやいていたら、Twitterで相互フォローのアサイさんからインスタグラムのリンクをご提供いただきました。アサイさん、ありがとうございます( o'∀')o_ _))ペコ
アサイ @poplacia Fig1. 北海道の一般家庭において購入された札幌大球(キャベツ)と2歳児とのサイズ比較

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アサイ @poplacia Fig.2 消費目的で購入された札幌大球(キャベツ)と一歳児(当時)とのサイズ比較 

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さらにハボタン。

その形態が結球しないキャベツに酷似しているハボタンはキャベツの変種というよりケールから育成されたと思われます。江戸時代の貝原益軒の著書「大和本草」にはおそらくケールと思われるオランダナという野菜が紹介されており、それが観賞用のハボタンのもとになりました。


白菜のイラスト(野菜)

で、ハクサイへ。

ハクサイは北・東ヨーロッパやトルコ高原に自生するブラシカ・ラパがその起源であり、もともとは不結球性でした。これがアフガニスタンチベット、またコーカサスやモンゴルを経て栽培作物として中国へ導入されたと思われます。


わが国には明治初期に中国(清)から種子が持ち込まれ、栽培がはじめられたが初めのうちはなかなか結球せず、普及しませんでした。同時期に清国が東京の博覧会に出品したハクサイの株を愛知県が譲り受けて研究し、10年ほどかかって結球に成功しました。その後愛知県下で栽培が始まりました。


そのほかにも19~20世紀初頭にかけて別ルートで茨城、宮城、長崎などにいずれも清国から導入され栽培されていましたが、やはり結球しないなどの理由で栽培が中断していました。その後、愛知や宮城などで安定して採種できるようになり、栽培が広がるようになりました。


ハクサイが急激に普及し始めたのは、日清、日露戦争などの後、経済的な発展があったことも要因であるが、それらの戦争で中国などを訪れた兵士たちがハクサイの存在をそこで認識し、国内に紹介したことも要因だといわれています。


同じ結球するアブラナ科野菜でもヨーロッパで普及し、品種が分化したキャベツと違い、ハクサイは中国を中心としたアジアで発達したという違いが面白いですね。ハクサイは中華料理のほか、韓国のキムチ、日本の漬物、鍋物などアジア料理には欠かせない存在になっています。

ミルフィーユ鍋のイラスト
ハクサイの仲間には結球しないものもあり、丸葉山東、切葉山東(ベカナ)などがそれにあたり、大阪シロナやマナ、広島菜などもハクサイの血を引きますが、これらはいずれ結球しないアブラナ科葉菜類として取り上げたいと思います。

 

番外編。ハクラン。


最後に、キャベツとハクサイの雑種であるハクランについても取り上げておきましょう。通常、キャベツとハクサイは染色体数が違うため、交雑しないかしても一代限りになります。そこで、薬剤処理等によって染色体数を倍加させて交雑して、生殖能を保持させる方法でまず作出されました。


その後、1998年に石川県の農業総合研究センターで細胞融合による体細胞雑種でもハクランが作出、育成されました。こちらをバイオハクランと呼んで区別する場合もあります。


ハクランはその名のとおりキャベツのようにもハクサイのようにも料理に使えます。用途も広く、食味もよいとされますが(私は食べたことがありません)、なぜか普及していません。もし、見かた方がおられたら、ぜひ試食してその結果をご報告いただけると非常に嬉しいです(*´∀`)。

 

というわけで、結球するアブラナ科野菜についてはこの辺で勘弁しておいてやる。・・・いえ、勘弁してください(爆)。

平成の農業を振り返ってみて

ずいぶん更新頻度が落ちてしまっていますが、とりあえず生きていることの証明のために何か書かねば、ということでつらつらと思いつくままに。

 

昨年一年間を通して、またその少し前からの感覚として、やはり温暖化の影響を感じざるを得ません。ここのところ暖冬傾向が続いていることもありますが、それより夏季の暑さが苛烈を極めてきているというのがより実感されるのです。

 

とりあえず今回はデータを示すことなく実感だけのお話しをしますが、特に野菜の露地栽培はその体系や考え方を転換せねばならない時期に来ていると思われるのです。

 

まず夏の育苗が難しくなってきています。瀬戸内地域では秋冬野菜の定植は9~10月に行われるため、育苗は7~9月ということになります。梅雨が明ければいきなり連日35℃オーバーの日が続き、雨よけ育苗施設ではなおさら気温が上がりがちです。とてもではありませんが、秋冬野菜の育苗・生育適温とは言えません。このため、品目によっては根の活性が落ち、適切に施肥を行っているのに要素欠乏の症状が出る、という事例も散見されます。

 

また、昨年は比較的ましだったんですが、ここ数年は毎年秋冬野菜の定植及びそのほ場準備の時期に定期的に強い雨が降り、定植がずれこんだり苗がダメになってしまったりすることも多々ありました。一昨年などは通常9月下旬~10月上旬に行われるニンニクの定植が進まず、11月にずれ込んでしまった生産者も多数おられました。ブロッコリーなどでは、せっかく計画的な植付で作業の分散を図っているのに収穫が一度に集中してしまい、適期収穫ができずに品質や収量が確保できないこともありました。

 

西日本の産地では一部地域で生産が伸びているアスパラガスですが、全国的には減少傾向にあります。特に露地での栽培が壊滅的です。全体的な気温の上昇と短期集中型の降雨により、梅雨~夏季にかけて発生が多い茎枯病という病気がより多発するようになりました。この病気はアスパラガスにとっては致命的で、めったなことでは株が枯れてなくなってしまうことのないアスパラガスを全滅させてしまうこともあります。想像も入っていますが、東~北日本で露地栽培の面積が減ってきているのはこの病気を防ぐのが難しくなってきているためだと個人的には思っています。

 

ということを考えれば、技術的な高温対策で従来品目の課題を解決していくと同時に現在の気候状況に対応した品目や作型への切り替えも考えていかねばならない時期に来ているのかもしれません。自分に残された時間はそれほどありませんが(人生はまだまだ残っていますよ)、少しでもそのあたりの課題を解決に近づけていけたらな、と思っています。

 

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写真は、こたつから半身を出して人間のような寝姿のミルさん。