アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

自然な農作物が美味しいとはどういうことか?(修正09.09.29)

さて、以前のエントリーで予告していたので、有機農産物などのいわゆる「自然な」農作物が美味しいと言われるわけを考えてみたい。ちなみに言っておくが、この原稿は数日前から書き始めていたので友人がブログで味覚に関するエントリーをあげていたのを見たから書いたのではない(笑)。

有機、無農薬を標榜して農作物を栽培している生産者は「うちの野菜はよそとは違うで。試しに食べてみ」などと良くいう。「みんなが美味いって言うてくれるで」とも。そう言う経験的事実から自信を持っている人が多いようだ。しかし、本当に有機質肥料と無農薬の組み合わせであれば美味しいものができるのだろうか?

いくつか考えられることがあるが、順に考えてみたい。

1 本当に美味しい

本当に美味しいとしたら、どういう理由があるだろうか。まず、健全に生育しているからと言うのから考えてみよう。有機質肥料栽培であれば、土壌の微生物が健全に増殖し、土壌の物理構造も改善され、その結果根が活発に伸張し、植物全体が健全に育つ。ということが言える。しかし、有機質肥料は必ずしも植物が要求する養分バランスになっているとは限らず、適正に使わなければ結局植物は健全に生育できない。
また、有機質肥料の方が様々なミネラルなどの副成分が豊富で、農産物の食味向上に役立つかもしれないという主張もあるだろうが、近年の研究結果では有機質肥料だけでは一部のミネラル分が不足し、有機栽培の食品だけの摂取では微量養分の欠乏症が起こる可能性が指摘されている。
植物は、従来窒素成分は硝酸イオンやアンモニアイオンの無機態でないと吸収しないとされてきたが、数年前にアミノ酸の形でも吸収されることが明らかになった。有機態の窒素が分解される過程でアミノ酸もできるのだが、これが植物に負荷が少ないという説もあり、これについては植物を健全にすると言う可能性は残されていると思う。
また、農薬が植物に対するストレスになり、それが作物としての健全性を阻害しているということも考えられる。しかし、害虫や病気の場合、ひどければ植物を枯死させてしまうこともある。これはストレスではないのだろうか。

2 バイアスがかかっている

「これ、有機無農薬やで」と言われた場合、無条件に美味しいと思いこむ可能性もある。実際、偽装表記などでJAS有機の認証を取れていないものが「有機」などとして売られていた事例もあったが、それでもそう言うものは多少の付加価値を付けても売れていたと思う。また、それらは美味しいとも言われていたことが多いのではないか。それに近い事例を知ってもいるが、差し支えがあるので、ここでは話すことを控えさせて頂く。

3 有機農産物に真剣に取り組んでいる人は技術が高い人が多い

これはあり得る話だと思う。化学肥料はともかく、農薬を使わないで健全に植物を育てようと思ったら相当に大変である。自分の作物を注意深く観察し、少しの変化を見逃さず何かあればすぐ対応する。また、その変化に対する感受性も高いし、対応する技術も持っている。そういう人が有機栽培であっても「良い作物」を作るのである。しかし、そう言う技術を持っている人は有機栽培に限らず通常の栽培をしている生産者にも存在する。そしてそういう人の作る農作物は有機栽培でなくとも美味いのである。

4 番外

私は仕事柄、生産者の方から農作物を頂くことがある。その朝に収穫したものをその日のうちに食べると非常に美味しい。有機農作物は直販や産地直送が多い。つまり、市場流通よりも新鮮なものが多いのではないのだろうか。

以上のことから考えると、また自分の実感としても農作物が美味しいかどうかは「健全に育っているか」と「新鮮である」というのが最大の要素であるように思う。農作物がその持てる力を最大限に発揮できる環境を作ることが、有機であるかどうかより重要であり、それは農薬や化学肥料を使っても可能であると思うのだがどうだろうか。