アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

津波からの農地の回復にむけて ?塩害対策について?

このたびの東日本大震災では、農作物に対する放射性物質による汚染が実際に起こってしまい、現場廃棄が相次いでいる。また、西日本ではその実感はないが、風評被害も広がっており、福島県産、茨城県産のみならず他の東北、関東の農作物が軒並み価格を下げ、また流通に乗らなくなっている。これら風評被害などについては申し訳ないが他の方にお任せして、自分としては自分にできること、塩害からの農地回復について技術的な解説をし、そちら方面での生産者の方の支援としたい。

また、私のところにも塩害対策の土壌診断技術者派遣の依頼が全国知事会から寄せられている。まだまだ先の事になると思うが、そのときにすべきことの再確認にもしたい。

それでは、まず農地が海水をかぶる事によってどのような障害が起こるのかについて説明したい。

1 浸透圧が上昇する事による根傷みの発生

土壌に海水が流れ込む事により、土壌水分中の塩類(水溶性物質)濃度が上昇する。水分は、塩類濃度の低いところから高いところへ移動し、平衡状態(同じ塩類濃度)になろうとする性質があり、このために塩類濃度の高い土壌では根の水分吸収が阻害される。その結果根傷みが発生し、植物体全体が萎凋する。

2 濃度障害

海水が流入する事により、負の電荷を持つ土壌粒子に陽イオンであるナトリウム、マグネシウムなどが結合し、これらの濃度障害、塩基バランスの悪化が起こる。ナトリウム、マグネシウムカリウム、カルシウムの塩基類ははナトリウムを除いて植物の必須元素であるが、絶対量よりもバランスが大事になるため、どれかの元素が突出して多い状態は植物にとって良くない。

また、陰イオンでは主に塩素などが濃度障害を起こす。土壌中の塩素濃度が0.1%(100mg/乾土100g)を超えると根圏への浸透圧の影響が大きくなり、生育阻害が懸念される。灌漑水では塩素濃度が200?250ppmを超えると生育抑制が見られるようになる。また、海水由来の元素ではホウ素も濃度障害を起こしやすい。

3 対策の目安

土壌では塩素濃度が0.1%を超える、またはEC(電気伝導度・乾土20gに対し、蒸留水100mlで攪拌し、懸濁状態で測定)1.0ms/cmになった場合、灌漑水では塩類濃度250ppmを超えた場合、またはECが0.5?1.0ms/cm以上になった場合に対策が必要となる。

では、ここからは土壌診断の結果、これらの障害発生が懸念される場合の対策はどうしたらよいかについての解説を行いたい。

1 真水による湛水除塩

基本的には真水による湛水除塩(掛け流し)が対策となる。水田であれば湛水し、代掻き(トラクターで土をかき混ぜる)して、表層水を流すと同時に地下浸透を図る。これを繰り返し、ECによる簡易診断を行うことで目標値に達しているかどうか判断を行う。

2 カルシウムによる置換

濃度障害の項目で解説したように、陽イオンである塩基類は負の電荷を持つ土壌粒子に吸着され、水の掛け流しだけでは十分に取り除くことができない。このため、石灰類を施用する事によりカルシウムでそれらの陽イオン(主にナトリウム)を置換(カルシウムイオンを土壌粒子に吸着させることで他の陽イオンを引き剥がす)して土壌水分と一緒に流せる状態にする。

ただし、その際には同時に土壌pHも測定し、適正値(作付け品目により変わる)より低い場合は炭カル(炭酸カルシウム)を施用し、高い場合は石膏(硫酸カルシウム)を施用する。どちらも標準施用量は100kg/10aであるが、炭カルの場合、大まかな目安としてはこの施用量の場合pHは約1.0上昇し、石膏の場合約0.5下降する。ただし、この数値はあくまで目安であり、土質によってpHが上下する度合いは変化するので、施用後または植付前にpHの再測定は必ず行う。

技術的な塩害対策を解説すると以上のようになる。しかしこれは、灌漑水などの施設が回復していることが前提である。また、津波をかぶった地域においては畔も崩れ、田畑の均平度もかなりの乱れを見せているだろう。このため、田畑が形だけでも元の姿を取り戻していることも必要である。そのあたり、どの程度農耕地が荒らされているのか情報が少なく、回復にどの程度の時間が見込まれているのか想像もつかない。現時点で自分にできることは少ないが、とにかくやれることだけでもやっておこうと思った次第である。