アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

齋藤訓之著「有機野菜はウソをつく」について

Food Watch Japanを運営している齋藤訓之さんが「有機野菜はウソをつく」という非常に刺激的な表題の著書を出された。この表題から想像される内容を自分なりに予想しながら読み進めたが、中身は表題ほど攻撃的ではなく、極めて常識的である。それでも、この内容を書籍という形で世に出すのは、たとえば自分が著者であったらできるかというとかなり勇気がいる(シャレではありません)。そういった点で齋藤さんのその意気には敬意を表したい。

第1章は有機農業の定義から、その存在の意義、中身について語られている。その内容は我々農業の技術者、中でも土壌肥料や病害虫関係の技術者にとっては常識ともいえる内容であった。ただ、環境保全型農業の推進を掲げている行政の中で、そこに関わっている立場からすると思ってはいてもなかなか口には出せない。それは以前のエントリーでも述べたとおりだ。なので、齋藤さんのこの本が世に出たことは非常にありがたいのである。

ともかく、自分としても以前から「自然だから美味しいって本当だろうか」や「化学肥料、何が問題なのか」などで述べてきたように農業はけっして自然ではないし、自然だからおいしく、安全安心なのだという考え方には異議を唱えてきた。
その点において、第1章は論点をきちんと網羅してコンパクトに述べており、理解しやすいと思う。ただ、この「理解しやすい」は自分のような農業の技術者でない場合にもあてはまるかどうかは自信がないので、様々な意見が出てくる可能性はあると思う。

第2章は慣行農法の元肥偏重主義への疑問の提示からその性質をよく知らないまま堆肥を使用することなどについての問題点の指摘などが主体になっており、それに対比する形でブドウなどで取り入れられている栄養周期理論が取り上げられている。

元肥に極端に偏った慣行農法の、特に野菜の施肥体系については問題点の指摘については全くその通りだが、現在の日本の農業の現状(狭い農地面積で人手で集約的に行うなど)からすれば労力と収量・品質などのバランスを考えた効率からすると元肥主体が今のところベターなのである。もちろん本書ではそいういった点にも理解を示してはいる。とにかく、技術的な問題点を示しながら、どのように進むべきなのかが直接書いてあるわけではないが、どのように考えていくべきなのかのヒントがそこにあるのではないだろうか。

第3章は有機農業がどのように定着してきたかをメインに、近代農業の歴史みたいな話だった。有機農業に対する認識はほぼ現場の実感に近いと思う。特にコーデックスや有機JAS成立以前は生産者も、流通業者も「有機農産物」に対する認識が甘く、何が有機農産物なのかはっきりしない中でなんとなく良いイメージで世の中に浸透していたのではないだろうか。一般の人はほとんどの場合有機JAS法などはその中身を知らないためにそういう変化を知らないままのように思えるが・・・。

第4章では安全安心は有機であるかどうかではなく、どのような管理体系を組むのか、どういうところに注意すべきなのか重要なのだと述べている。頻繁に自分の畑をみて、植物の状態を細かく把握し、変化を見逃すことなく対応できる人が収量も品質も確保できるのだ。

私も以前から主張しているように、技術のある生産者の農作物は有機であろうとそうでなかろうと美味いものは美味いし、技術のない人のものはたいがいまずいのである。ただ、ややこしいのはこの「技術」にはセンスも含まれるというのが私個人の感想である。鍛えて伸びる部分ももちろんあるが、センスのある人とない人(考え方を整理できるかできないかも含めて)の間には越えられない壁はあると思う。

第5章では、消費者としてどのようなことに気を付けて農作物を選ぶべきかということについて述べられている。調和がとれているものは見た目にも調和がとれている、という視点はなかなか面白い。言われてみればその通りなのだが、説明の仕方についてはこういうやり方もあるのかと感心した。

一点気になったのはチップバーンをカリウムの欠乏としているところである。もちろん欠乏症状として下位葉から出始め、縁が枯れるようになってくるというのも間違いではないが、自分の認識としてチップバーンと言えばカルシウムの欠乏症で新葉から出てくることが多く、葉の先端が枯れこんでひきつれたようになる、というものである。手元にある資料を調べてみたが、チップバーンはほぼカルシウム欠乏が原因と書いてあるが…カリウム欠乏による下位葉の枯れこみもチップバーンと呼ぶ場合もあるかもしれないので、ここはちょっと保留である。

ともあれ、全体としてはおおむね同意できるところが多く、この内容を世に問うてくれたところは大いに評価したい。これだけで流れが変わるとは思えないが、きっかけの一つになってもらえるよう、私も自分の立場から働きかけてみたいと思う。