アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

Shinshinoharaさんによる「なぜ日本は化学農薬を手放せないのか」について

いささか旧聞に属するが、TwitterでShinshinoharaさんという方がnoteで「なぜ日本は化学農薬を手放せないのか」という記事の公開を告知されていたので、読ませていただいた。Shinshinoharaさんは、農業関係の研究機関に属されているようで、おそらく専門家であり、そういった立場からの発信であることは十分理解できる。ただ、内容については概ね同意であるものの、若干説明不足な点が気になったので、少々補足させていただきたい。

note.com

 

それでは、行ってみましょう。

農夫からのワンポイントアドバイスの写真

フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

 

―引用開始
欧米や中国は大陸性の気候。ざっくり言うと、湿度が低く気温も低め。すると、虫がそもそも少ない。農作物をダメにする病原菌も少ない。湿度が低く気温が低い条件は、有機農業が容易。だって、虫や病気の発生が少ないから。
―引用終了

 

ほとんどその通りで、Twitterなどで情報発信をする場合は字数制限があるので、こういう書き方になるのは仕方がないと思う。しかし、こういう形では少々説明不足かと思う。なので、補足させてもらいたい。
この文章だと大陸であればほぼこんな条件なのかと誤解されそうに思える。ヨーロッパも中国も大陸であるがゆえに広大な土地があり、色々な農業品目に対して、それぞれ適地が必ずと言っていいほど存在するとはいえるが、すべての地域が農業に適しているわけではない。気温であり、湿度であり、水の便や土壌条件も関係する。他の項での説明を見るとこういう点にも触れておられるし、理解もされているのはわかるが、少し言葉が足りないように思えた。

 

―引用開始
日本はそうはいかない。代表的なのは梅雨の時期。雨がずーっと降る。しかもそこそこ高温。高温多湿は虫とカビにとってパラダイス。虫がいくらでも湧く。カビがいくらでも繁殖する。無農薬でやろうと思うと、虫とカビをどうやって抑えるかが大きな課題になる。
―引用終了

 

一般的には(もちろん例外も多数あるが)、病気は湿潤傾向で、害虫は乾燥傾向で被害が増加しやすい。他の項目での説明にもあるが、農地環境における雑草の存在が特に害虫の温床となり被害が増えやすいという意味では、梅雨時期の雨の多さによる雑草の増加(雑草そのものの繁茂の促進と雨による除草作業の困難さなど)はもちろん大きな要因ではあるが。Shinshinoharaさんも説明されているように、中国の特定地域では潅水によって水が届いている範囲しか雑草も生えることができず、そもそも雑草の種子がほとんどないためそこで生育する害虫もほとんど存在せず、乾燥地帯でも害虫がほぼ発生しないということからもその考え方は補強されるかもしれない。
逆に、大陸に属していても高温多湿の東南アジアでは農薬の頻繁な使用により、病害虫に農薬に対する耐性が発達し、薬剤防除を困難にしているという事態に陥っている例もある(これも別項で記述がありました)。
それはともかく、ヨーロッパや中国のように簡単には農薬を減らすことができないということ、その理由については、Shinshinoharaさんの説明は正しく、とっつきやすくわかりやすい点は良いと思う。

 

―引用開始
有機農業で虫食いを避けようとすると、三つくらい対応方があるかもしれない(それ以外があったらご指摘よろしく)。一つは、虫に食われた葉をもいで、虫のいないところだけを出荷する。二つ目に、昔で言う旬の季節に育てる。害虫被害が比較的少ない季節に。
―引用終了

 

虫に食われた葉をもいで、というのはかなり厳しい。基本的な対策というよりその他の対策を十分行ったうえで最終手段として行うものかなと思う。というか、おそらく出荷段階では必須に近い作業になるのではないだろうか。
それから、昔でいう旬の季節というと、自然の気温で育てることができる時期ということになると思うが、夏野菜だとどうしても病害虫が発生しやすい季節を避けることはできない。肥料をやりすぎず不足にもせず、手入れを怠らず、逆に手入れしすぎて株を弱らせることなく植物を健全に保つことができればそれだけで病害虫はある程度低減可能ではある。そういう意味では「旬の時期」に栽培をすることはいい部分もあるが、品目によっては難しい部分も出てくるだろう。その部分については、いろんな要素を総合的に勘案して減農薬にもっとも向いている栽培時期や方法(作型ともいう)を決めるべきだろう。

 

f:id:gan_jiro:20211207195716p:plain

―引用開始
もう一つの方法は、防虫ネットのあるハウス内で栽培することだと思う。これなら、気をつけさえすれば害虫の侵入を防ぐことができ、農薬を使わずに済む。ただまあ、虫というのはご馳走のありかを実に見事に見つけ、侵入するのでやはり大変。また、ハウスの設備費も必要。
―引用終了

 

開放部に防虫ネットを使用したハウスを使う、というのは耕種的防除(栽培上の工夫によって病害虫を低減すること)においては常套手段であり、「農薬を使わずに済む」は言い過ぎかと思うが、それ以外はほぼその通りと言える。また、屋根部分だけビニールを張ることで雨を避けることができ、降雨による病原菌の拡散を防ぐことができることに加えて、必要以上に水をやらないことで畝部分以外の雑草を抑制することでも害虫の侵入やハウス内での増殖を抑制することができる。しかし、最近は材料費の高騰もあってハウスの新設や維持はかなり経費がかさむ状況になってきている。

 

―引用開始
私は、有機農業の手前に、「肥料はすべて有機肥料だけれど、化学農薬はほんのちょっぴり使わせて」という農業を「循環型農業」として位置付けるの、アリだと思う。化学肥料をやめるのは技術的に比較的容易。でも、化学農薬をやめるのは、高温多湿な日本では厳しい。
―引用終了

 

この部分に関しては、諸手を挙げて賛成したい。コストを考えなければ、化成肥料を有機質肥料に置き換えるのは技術的には難しいことではない。ただし、有機質肥料の場合、必ずしも植物に対して理想的な養分バランスとは言えず、色々な有機質肥料を使ってもバランス良く配合することはなかなかに難しい。そのバランスの部分を化成肥料で補ってやるというのが自分的には理想なのではないかと思っている。ただ、コスト以外にも有機質肥料は一般的には化成肥料に比べて養分含量が少ないため、栽培に必要な肥料の絶対量(重量)は多くなる。そのあたり、化成肥料の方が省力的ではある。その辺のバランスを考えると、有機質資材による土づくり+化成肥料&有機質肥料で労力と環境影響の最適化を行うのが良いのではないかと思えるが…。

 

―引用開始
これは微生物農薬を使った栽培にも言える。微生物農薬も、屋外栽培(露地栽培)だと、土着微生物に駆逐されて、病原菌をやっつける微生物がいなくなってしまい、効果が出ない。外部の環境と若干遮断した、防虫ネットのハウス栽培が有効。
―引用終了

 

「微生物農薬」に限って言うと、ハウス内でも持続的効果はそれほど望めない。うどんこ病予防に使われる微生物農薬も、暖房用のダクトを使って散布する方法の場合、継続して散布を続ける必要があり、散布を中止すると環境によってはてきめんにうどんこ病がまん延した、ということも起こりうる。土壌伝染性の病害を低減するためにもつかわれる「土壌改良用の微生物資材」のことを指しているのであれば、継続して土づくりをすることで環境を維持することはできる。一度散布したら延々と働き続けるというのはどちらにしても考えにくいが、露地栽培においても適切にたい肥を施用することで、有機質を分解する菌が継続して増殖し、一部の土壌伝染性病害を抑制するというのはありうることである。

 

―引用開始
カビの中には、マイコトキシンという猛毒を作るものがあることで知られる。マイコトキシンは、発がん性においてトップクラスの猛毒。化学農薬の害よりはるかに有毒。カビで被害が出るくらいなら、化学農薬をかけた方が、毒性でははるかにマシ。
―引用終了

 

カビ毒については、申し訳ないが自分はあまり詳しくない。しかし、こういう事例があるということを紹介している点はいいことだと思う。ただ、植物が病虫害を受けたときに植物内に生成されるファイトアレキシンについても、専門的な解説はともかく触れていただけるとさらに良かったかなと思う。

 

―引用開始
長く打ち続いたデフレ経済で賃金が低下、収入が低くなり、農作物を高く買う余力が消費者にない。コロナの影響で飲食店に高級食材を出せなくなり、それも追い打ちをかけている。有機農産物を高く買ってもらうこと自体が困難。
―引用終了

 

これは、本当にその通り。構造的に「普通に農作物を作って売っている」だけでは有機栽培でなくても、現状では生活が成り立たない。デフレのおかげで消費者も使えるお金が減っている。その中で、食費も当然出費が抑制される対象となる。そういった状況下で売り方や農業経営の体制に工夫を凝らし、単価の向上や経費の削減に成功している農家だけが儲かっているのが現状だ。儲かってない農家は工夫が足りないのが悪いのではなく、儲かっている農家が頭一つ抜きんでているからこそやっていけてるだけで、みんなが工夫してみんな同じになったらみんな儲からなくなるだけだ。

 

―引用開始
日本は、国民が貧乏なために、化学農薬を使った慣行栽培で安い農作物を生産することを強いられている面がある。しかしそのために農薬の基準を厳しくするわけにいかなくなり、海外でいい加減な農薬の使い方をした農作物が日本に集中的に流れ込むリスクが出てきている。
―引用終了

 

これについては、少々異論を唱えたい。Shinshinoharaさんはけっして農薬が危険であるとは言っていない。だが、この部分だけ読んで「やっぱり農薬は危険なのだ、農薬を使用しない有機栽培でなければならない」と理解してしまう頓珍漢が現れてしまう危険性がある。貧乏でなくても、国土の狭いこの日本で食糧自給率向上や安定供給を続けるためには、やはり農薬を適切に使った慣行農法がメインであるべきだと思う。その中で、農薬不使用にはこだわらないが、農家自身の経営や省力化のために農薬を減らす工夫は続けていくことが大切なのではないだろうか。
農薬の使用基準も、これでは現在のものが緩いという印象になってしまう。今の基準でも、その基準値の決め方や、実際に使われている成分濃度を見た場合、現場で農業と向き合っている技術者の立場からするとその厳しさには閉口する。そのような制度なのは理解できるが、少々文句を付けたくなるくらいである。そんな、いろんな農作物でたまたま同じ農薬が使われ、たまたますべてが残留基準値ぎりぎりで、たまたまそれらを同じ日にいっぺんに食べるわけがないやろ!たまたまそういう日があったとして、一回くらいADIを超過したからと言って、健康被害など起きるかい!と時々叫びたくなる。
もちろんそういう安全かどうかをわきにどけておいて、厳しければ厳しいほどいいという主張なのなら別だが。

 

―引用開始
貧しくなった日本国民は、そうした海外の安い農産物を買うしか、生活防衛できなくなり始めている。すると国内農産物が売れなくなり、価格が低迷。よけいに化学農薬を使って安く農作物を作る必要が出て…まったくもって悪循環。日本農業を変えるには、国民の所得水準を上げることが必要。
―引用終了

 

これまでの前提を無視して、「よけいに化学農薬を使って」という部分を除けばこれは本当である。国産農作物にとって、物価の安い国からやってくる、輸送費を入れても安価な農作物は脅威だ。その一つの解決策としては、高くてもいいものは躊躇なく買える所得水準だろう。むやみな「国産信仰」もどうかとは思うが、いいものなら高くても買う、となれば有機栽培による付加価値も含めて農家が手間暇かけても「いいもの」を作ろうとするだろう。こういう言い方は自分としてはちょっと引っかかるものはあるが、日本人としては、国内の農家誰もが高度な技術で作られた品質のいい農作物で勝負できる、そういう世の中になってほしいと願っている。

 

色々文句の方が多かったですが、私にも至らぬ点は多々あろうかと思います。そのうえで問題提議をしていただいたShinshinoharaさんには感謝申し上げたいと思います。