アグリサイエンティストが行く

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ポール・オフィット著 ナカイサヤカ訳 代替医療の光と闇 魔法を信じるかい?

最近更新が滞っていて、しかも書評しか書いていないが、書かないよりはマシなので、今回も書評です。というわけで、「代替医療の光と闇 魔法を信じるかい? ポール・オフィット著 ナカイサヤカ訳」をようやく読了したので、紹介したい。

この本の著者、ポール・オフィットはアメリカ合衆国感染症とワクチンを専門とする小児科医であり、ロタウイルスワクチンの開発者のひとりとして知られている。このような立場の人がなぜこのような本を出版せねばならなかったのか。

アメリカ合衆国は我が国の消費者庁よりも強力な権限と調査力をもつ(と私には思える)FDA(アメリカ食品医薬品局)という機関があるにもかかわらず、代替医療ビジネスはとても大きな市場を形成しており、無視できない金額がそれらのビジネスに流れ込み、多くの人が標準治療から引き離されることによって健康を損ねたり、悪い場合は命を落としたりしている。こういった事例がこの本ではで生々しく紹介され、その問題点について解説されている。

それぞれの事例については内容をお読み頂くとして、通読して感じたのは普段から思い知らされているとおり「人は信じたいものを信じる」と言うことである。医学も含めた現代の科学体系は思い込みや希望的観測などを排し、客観的事実を追求するための手法や技術を突き詰めてきて、その体系に則っていれば信頼できると考えて良いと思う。
そのことを知っていればそういった体系などから外れ、きちんとした証拠を積み重ねられないものは信頼するに足りないとわかるはずなのだが、科学を体系立てて学べなかった人ならともかく、科学というものに携わっている人でさえ自分の専門分野を外れるとそのことを忘れてしまう人も多いように思える(自分も例外ではない)。

そういう事例を繰り返しわかりやすく解説することで、代替医療ビジネスは決して理不尽に迫害されているわけではなく、標準医療も権力と癒着しているわけでもなく(そういう事例がないとは言わないが)、多くの医者を含む科学者がよりよい明日に向けて努力していることを理解してもらえるように配慮してこの本は書かれていると思う。これ一冊で悩みがすべて吹っ切れるとは言わないが、標準医療に一抹の不安を覚える方、「治せる」と断言してくれる代替医療に魅力を覚える方、そういう方に踏みとどまる一助となってくれるはずだ。

1点残念というか、仕方がないと思うがこの本は訳書であるため文体がやや不自然に感じた。意訳して訳者の自分の言葉で語って頂ければ読みやすくなったかとは思うが、そうすると今度は正確性を犠牲にするというか、著者の意図を正確に表現できなくなる恐れがあるのだろう。それでも、そんな些末なことはこの本の価値を下げるようなことは一切ないと思う。この本はできるだけ多くの人に手にとって頂くべきものだろう。