アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

就職先としての農業を考える

今までのエントリーを総合すれば、私は農業が現代では割に合わない職業であると言っている事になると思う。現場で生産者の生の声を聞くにつけ、どうしてもそう思わざるを得ないのだ。しかし、それでも農業を職業として選ぼうという人が絶えることはない。もちろん、そうでなければ私は職を失うかもしれないし、失わないまでも現在の仕事は続けられなくなるかもしれないので困るわけであるが。

以前、農業の魅力とはなんだろうと考え、エントリーとしてあげたことがある。どう考えてもサラリーマンをしているほうが安定しているし、収入も多いと思えるので、それでも農業をしたいと思う気持ちはどこから来るのだろうと思ったからである。就農を志す人たちの本当の胸のうちは知る由もないが、自分なりに推し量り、その気持ちを最大限フォローするにはどうしたらいいか論じるため、当エントリーをあげたいと考えた。

以前私は、農業が成り立ちにくくなってきた背景として農作物価格の低迷をあげ、現代日本の農業規模にあった価格・流通体系になっていないことをあげた。では逆に、農産物価格がどのくらいになれば農業の経営が成り立つのであろうか。
過去のエントリーで仮に計算して見せた葉ネギにおける収入では、売り上げ(60万(1.5t/10a・400円/kg)?経費30万)×3作×30aで270万円くらいとした。しかしこれは、品質の良いものが順調に収穫できたとして、である。しかもネギは連作に比較的弱い作物であるので、所有農地が30aではこの経営はすぐに成り立たなくなり、行き詰ることは間違いない。270万の収入で生活できるとしても、借地も含めてでいいから耕作農地は60?70a程度は確保したいところだ。これ以上土地を増やし、ネギの生産量を上げるなら、今度は労力の確保が問題となってくる。ひとりで、あるいは夫婦二人でできる規模を超えてしまった場合、そういった新たな経費が発生することが考えられ、収入は面積に比例して増えていくことはないといえる。
しかし、これが面積増ではなく、単価が向上したとしたらどうだろうか。つまり、労力は増えることなく収入だけが増える。先ほどのネギの単価は400円/kgで計算しているが、これが600円/kgになるだけで収入は405万円になり、これならまずそこそこの生活はできよう。しかし、本来は農作物の生育・収穫というのは自然条件等に大きく左右されるため、本当は単価にはもう一声欲しいところではあるが。
それはさておき、600円/kgということは、100gの束にして10束であるから、一束60円という事になる。生産者単価がこのくらい欲しいわけであるから、これに運送費(冷蔵なども含む)、JAの手数料、市場の手数料、量販店のマージンを乗せるとどのくらいが適正価格といえるのだろうか。仮にすべてあわせて3割強だとすると1束100円弱で売れることになる。消費者は、葉ネギ100g束を100円(スーパーなら98円?)で買うだろうか?中ネギなら100gというと3?4本くらいか。微妙かもしれない。
しかし、産直で売ることができれば60円以上の値をつけて順調に売れるのならそれでいいということになる(つまり、自分の気持ちとしては産直では1束60円以上でも喜んで買っていただきたいということだ)。
ネギで考えれば、このくらいがやっていけるかどうかの分岐点になるだろう。とはいえ、この収入は労働時間を考慮に入れていないので、時給を計算してみると、おそらくずいぶんと安いものになると思う。多めに見積もっても1000円/1時間はないのではないか。せめて7?800円くらいはあるといいのだが・・・。

これがイチゴだとどうか。最近主流になりつつある養液栽培で、20aの経営規模だとしよう。当地域の主力品種で4t強/10a獲れるので、4.3t×(1000円/kg)×0.4(ハウスや養液システムなどの償却も含め、経費が約6割を占めるといわれている)×20a≒340万円となる。比較的労力が少なくて済む養液栽培でも20aというのは夫婦2人でできる限界に近いのでこのくらいが現実的な線といえるだろう。それでも、農繁期には土日祝日関係なしに働き、しかも1日8時間労働ではすまないと思われるので、時給はやはり1000円を割り込むと思われる。イチゴは単価が高いため、収益性がいいように思われるが、その分経費がかかるため時給的にはあまりネギとは変わらない事になる。ただ、施設栽培であることと養液栽培で連作障害がほとんど考えられない事から露地もののネギに比べれば安定感はずっと上といえる。

さて、ここまでの話で「うまく行った場合」のことであれ、これなら挑戦する価値はあると思われた方はいらっしゃると思う。時給として計算すればあまり高くはなくとも、会社勤めでの人間関係などの気苦労を考えればずっといいということもあろう。しかし、覚えておいていただきたいのは(どんな仕事でもそういう側面はあるが)農業とはけして思い通りには行かないものだという覚悟が強く必要な仕事であるということだ。何百万も掛けてせっかく建てたハウスが1日で台風にもって行かれることもある。自然と生き物を相手の仕事であるから、予想外の苦労を背負い込む可能性もあるし、予定通りに行かず、下手をすれば一年間無収入になることも考えられるのだ。

それでもやってみたいというのならそういう方を私は全力で応援したい。それでも笑ってすごせる覚悟を、とまでは言わないが、少なくとも淡々と最善の策をとり続けることができる心構えと備えは必要である。