アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

自然だから美味しいって本当だろうか

このようなテーマについては、以前から幾度か取り上げてきた。農業という形態が自然とはいえないこと、そこで栽培されている植物も自然とは程遠いことはこれまでも主張してきたとおりである。だから必ず現代的技術で栽培することが必要だとは言わないが、不自然な状態で「栽培」されている不自然な「形態」の植物を「きれいに」作るためには「自然」に任せていただけではダメだというのは自明なことであると思うのだが。

さて、食べ物には「旬」というものがある。一番よく出回り、一番美味しいとされる時期という解釈でいいだろう。

たびたび取り上げているイチゴは、一番自然に近いと思われる露地栽培の場合、旬といえるのは5月後半から6月前半にかけてになる。冬の間、露地でのイチゴは寒さに耐えるためロゼット状態といって地べたの張り付いたような状態になっている。節間がつまり、葉数も多くない。これが気温が上がってくると一気に新芽が動き出し、葉が大きくなり、高度が上がった太陽の光をいっぱいに受けようと株全体が盛り上がったようになり受光体勢を作る。冬の寒さで形成された花芽がいっせいに伸びだし、花が咲き始めるのである。このとき、株が充実して体をしっかり作っておけば光合成で作られた糖類が果実に転流し、甘味の乗ったイチゴになる。

・・・こう書くと、露地物の旬のイチゴがいかに美味しいかを解説した文章であると読んだ人は受け取るだろう。もちろん、露地物のイチゴはそれまでに実をつけることをしていなかったため株が疲弊していない。なので果実への糖分の転流が効率よく行なわれ、美味しくなるというのはおそらく正しい。ここでおそらく、と書いたのは私のいる地域にはビニールハウスでの施設栽培のイチゴしかなく、露地物のイチゴを食べる機会がないからである。

しかし、一般に流通しているイチゴが、少なくとも瀬戸内地域では一番美味しいのは実は年末から2月にかけてなのである。自然なものを至上とする考え方からすれば、化石燃料を使った暖房を行い、無理やりに実をつけさせる冬季においては美味しいわけがないということになるだろう。特に、100巻を越えるコミックスが発売されている某グルメ漫画などでは化学肥料100%で作られている養液栽培で、しかも暖房を使った冬季のイチゴなど囂々たる非難の対象になりそうである(個人的偏見)。さらに言えば、イチゴは日が短い条件では体を大きくする栄養成長が抑制される傾向があるため、冬季には長日条件を作るために、暗くなってから電気でハウスを明るくする電照栽培が行われている。こんなやり方など、不自然きわまると言わざるを得ないだろう。

それでも、厳寒期のイチゴはうまい。うまいものはうまいのである。

では、なぜ厳寒期のイチゴが美味しくなるのだろうか。イチゴは赤い果物である。特に、その赤が鮮やかなほど美味しそうに見える。果実の先端やへたの周りが緑色をしていると美味しそうには見えないだろう。品質が良いとされるイチゴは、鮮やかに、そして美味しそうに色づいていなければいけない。そこで、十分に赤くしてから収穫を行う。イチゴの果実に色をつける条件は、主に日照である。日光がよく当たると赤く色づく。であるから、高設栽培といわれる養液を使ったベンチ式の栽培が有利なのである。人間の腰から胸当たりの高さに作られたベンチに詰められた培地に植わったイチゴはベンチから下に垂らすように実をつける。このため、あらゆる方向から日光が当たりやすくなり、ムラなく色が付くのである。

厳寒期においては、日照時間が短く、日光の強度も強くはない。その分光合成が弱く、糖分の転流も少ないと思われるかもしれないが、逆に果実の着色はゆっくりとなる。また、暖房などのコントロールで昼夜の温度差が少なく、イチゴの株の消耗が少ない。このため、果実が着色するまでに時間がかかった分養分の転流は多く、酸味も甘味も十分に乗った美味しいイチゴが出来上がるのである。
また、こういった果実は無機態窒素の施用が増えると甘味(糖分)は減少する傾向にあり、そういった意味からも生長と食味のバランスを考えた肥料コントロールをしやすい養液栽培は有利だと思う。
これが露地ものとなると、旬の時期には日照が強すぎ、色づきが早いために果実にじっくり味を乗せている期間が不足してくることがある。また昼夜の気温差が大きく、株の消耗が激しいことも多い。つまり、気候の状況がよければいいのだが、露地物のイチゴが美味しいかどうかはその年の気候に大きく左右されるのである。

このように、技術の向上によって、いわゆる自然状態での「旬」が必ずしも美味しいとはいえないことはわかっていただけたと思う。もちろん、品目によって従来の旬が最も美味しいものはいくらでも存在すると思う(自分が取り扱ってない品目についてはあまり自信がない)。私の知り合いの農家のイチゴが東京の某有名フルーツショップに目ん玉の飛び出るような価格で売られているが、その農家は化学肥料100%の養液栽培で、ビニールハウスで暖房を焚いて栽培している。農薬も普通に使う。しかし、それがセレブでグルメな皆さんに支持されている。そういうものなのである。

イチゴ以外に、アスパラガスについても真冬から美味しい理由を書こうかと思ったが、イチゴだけで長くなったので止めた。また、機会と要望があれば書いてみたい。