アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

Food Watch Japanでの反収の国際比較について

Food Watch Japanというサイトで岡本信一さんが連載されている「「よい農作物」とはどんな農作物か?」というコラムがある。岡本さんの考え方は自分に近いところも多く、その主張には首肯できる部分が多い。いったん連載が中断されていたのだが、特に再開後の連載では、岡本さんの持っている危機感を前面に押し出そうとしているように思える。そしてその再開後1回目が「日本の農業技術は国際的に低レベル」、2回目は「日本農業はユーザー無視の歪んだ農業」という非常に刺激的な表題だった。

まず、「日本の農業技術は国際的に低レベル」であるが、表題のイメージにたがわず、内容も刺激的であった。これについてツイッターで少し触れたところ、koume_noukaさんやzevonkeirinさん、doramaoさんからリプライをいただき、それをまとめたのである程度の問題点を抽出できたかとは思う。しかし、自分としてはまだいいたいことがあったので、まずはそこから触れていきたい。

岡本さんの記事を受けて、Food Watch Japanを主宰している齋藤訓之さんが「世界各国と日本の農産物単位面積当たりの収穫量の比較」という記事を書かれている。

?引用開始?
これは国際連合食糧農業機関(FAO)が提供する統計情報FAOSTATから作成したものです。同統計の中から、1961年?2011年の間で10年間ごとに世界各国の作物ごとの単収(Yield)を呼び出し、2011年時点の上位10カ国+日本のデータをグラフ化しました。元のデータはHg/Ha(ヘクタグラム・パー・ヘクタール)ですが、グラフではkg/10aすなわち反収のキログラムに換算しています。
?引用終了?

上位10か国との比較とのことなので、日本にとってはずいぶん厳しいとも思えるが、「優秀である」というのならせめてベスト10に入っていなければ、とも思われるのである。しかし、この比較にはいくつか疑問点がある。まず1つは、国ごとに統計のとり方が違うのではないかということ。日本では、規格に合わない農作物は流通されず、廃棄されることも多い。また、市場流通のものだけを面積で単純に割っただけだと相対取引や産直に出回ったものが計算に入っていない可能性もある(それはもちろん諸外国でも同じことが言えるかもしれないため、より日本が不利になることも考えられる)。

また、togetterでdoramaoさんが指摘されていたように、生食用なのか加工用なのかで品種も管理も変わってくるためにそれがわからなければ比較にならない。

また、仮に統計や使用目的などの条件がまったく公平だとして、栽培適地かどうかということもあるだろう。例えばアスパラガスなどはあまり高温多湿の夏がある日本には向いていない品目だと思う。ハウスものは別にして、露地のアスパラガスでは雨のため病気が多く、梅雨?夏季には株の状態を保つのに非常に神経を使う。このため、新芽の収穫は春採りのみで終わらせ、あとの季節は収穫せずに株養成だけにする場合もある。Food Watch Japanで紹介されている統計では日本のアスパラガスは約500kg/10aとなっているが、これはその春芽だけという作型の収量に近いのではないか。少なくとも西日本のハウス栽培ではこの3?6倍、露地ものでも長期採りなら2?4倍程度の収量はあると思う。アスパラガスの春芽のみの栽培にしたところで、他の品目との組み合わせによって戦略的に行なっていることもあるので、単純に技術不足とはいえまい。

先ほど上げたまとめでも触れているが、アスパラガスに関して言えば南米のペルーでは雨のほとんど降らない気候を利用して、大規模な点滴潅水施設を導入し、一年中株養成と収穫が行える(ここを参照。PDF4枚目(ページ番号は20))。日本のハウス栽培でも点滴潅水を導入して効果を上げているところもあるが、水の便が悪いところも多く、用水やため池の水では水質が悪いため点滴潅水用のチューブはすぐ詰まってしまい使えないことが多い。配管可能なところでは水道水を使っている事例もあるが、10aに満たない規模が多い瀬戸内地方ではコストの面でなかなか採用されないという事情がある。

また、水稲では先ほどのまとめでkoume_noukaさんが指摘しているように地域によっては1年に4期作も行なえるところもあり、また品種も違うためこれも量だけの比較は公平とはいえないと思うし、日本の水稲栽培の技術はもはや収量のほうは向いていないことが多いのである。

つまり地域の事情や戦略もあり、単純に収量が少ないことをもって技術不足と断定するのはいささか行き過ぎに思えるのだがどうだろうか。

とはいえ、日本の農業(特に施設園芸)はおそらく他の先進国農業に比べ集約的であり、人的資産に支えられていることから労働生産性はあまり高くないか可能性が高い。つまり、単位面積あたりの収量については、これらの事情から悪くないといえたとしても、農家の時給に換算すればどうなのかというとあまりよくないイメージではある。ここについては、今のところいいデータが見つかっていないので、また見つかった時点で論じたいと思う(これも単純に額だけで比較するのは難しい。為替レートやそれぞれの国の物価を考慮する必要があるから)。

それでは次に、「日本農業はユーザー無視の歪んだ農業」に移りたいが、長くなったのでいったんここで終わり、次のエントリーで論じたい。