アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

水やりのおはなし

家庭菜園であれ、プロ農家であれ、水やりは最も重要な基本技術でありながら自然にも左右される難しい技術だと思う。私は、自分自身が農業を営んでいないため説得力を欠く部分があるが、普段の指導の中からわかった基本的なところをまとめてみたい。

1 水やりはなぜ必要?
植物に水が必要な事はいまさら言うまでもないことだろう。基本的に植物は根から水を吸い、それに溶けた養分を同時に吸い上げる。また、葉で光合成して産生した同化物(糖分)を植物体各部に送るのも水を介して行なうのである。
植物は水をやらなければしおれてしまう。水を含むことで細胞が膨れ、植物体を支える力の1つになる(樹木では幹が木質化しているためこの限りではない)。水分が足りなくなれば空気の抜けた風船のごとくしぼんでしまうわけだ。このため、常に植物が植わっている土壌には適切な水分を供給しておく必要がある。ただし、水はやりすぎるばかりも良くないことが多い。水をやることで根に呼吸できる環境を作っている面もあるからだ(詳しくは後述)。

2 植物栽培での水の動き
植物体の水分は、主に葉の裏にある気孔から蒸散され、水分ポテンシャルに勾配が出来ることから根から上部に水分が移動する。一般的に気温が高くなれば蒸散が激しくなり、大量の水分が必要になる。また、植物が生長し、葉の量が多くなればやはり水分の蒸散量は多くなる。これに、地面から直接水分が蒸発することと併せて、気候に合わせた潅水の調節が必要になるのである。
栽培ほ場の地表面にかけられた水は、ある程度が表層をそのまま流れて行ってしまい、残りが土壌にしみこんでいく。
通常の潅水方法(はす口のジョウロや潅水チューブなど)でかけられ、土壌にしみこんだ水分は層状に土壌中を下方へ移動していく。もちろんその一部は土壌孔隙に捕らえられて残っていく。このとき、土作りができていなければ土壌孔隙が大きすぎて水が捕らえられなかったり(砂地のような場合)、逆に少なすぎて水分保持はするものの水の入れ替わりが極端に少なくなったり、表面での流亡が多くなったりする(粘土質などの場合)。
点滴潅水という方法が近年の施設園芸で発達してきているが、これは一定の間隔で穴が開いているという点では通常の潅水チューブと同じであるが、この穴の部分に工夫があり、一定以上の水圧がかからないと水が出ないようになっているチューブを使った潅水方法である。このため、チューブ全体に水がいきわたるまで水が出ることがなく、均一な潅水量になる。また、点滴の名のとおり少しずつぽたぽたと垂れるように水が出るので、表層を流れていく水がほとんどない。少しずつ土壌に染み込んでいくため、毛管現象によって横にも広がりながら下層へ移動していく。
土作りが十分できていると団粒構造が発達し、団粒同士が孔隙を形成し排水は良くなるが、団粒そのものが水分を保持し、排水と保水性を両立した土壌にできるのである。
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団粒構造とは、模式的に表現するとこのようになっている。小さい土壌粒子(濃い茶色)を腐植物質(薄い茶色)が糊のような役割をしてくっつけて塊を作っている。このおかげで孔隙(隙間)が大きくなり、通気性と排水性が確保される。それと同時に、団粒そのものは水を保持するので、相反する二つの性質を同時に持つ土壌になる。
3 水分を供給する、ということ以外の水やりの働きとは
先ほど、水やりは呼吸にも関わっているという話をしたが、それはなぜか。土作りができていると、土壌孔隙が適切に出来るという話をしたが、この土壌孔隙は空気を根に供給するという役割も果たしている。しかし、大気とつながっているというだけでは空気はほとんど流通せず、結局根に酸素は届かない。この土壌孔隙へ水が入り込み、古い空気を押し出し、また下層に流亡あるいは植物に吸収されるなどしてなくなると負圧で新しい大気が取り込まれる。こうして地下部に大気が供給される要因のひとつとなっている。
また、水分は比熱が大きく、夏季には潅水による直接の地温低下のほか、蒸発によって熱を奪っていく。低温時には結氷して熱を放出し、急激な温度変化を抑える。

4 水やりの基本的考え方
では、どのように水をやるのが理想的なのだろうか。品目や栽培様式によって最適なやり方は変わってくるので、ここでは基本的考え方のみについて述べておく。
一般的な畑作物では常に根が水に浸かっているような状態は良くない。土壌中に水分は存在するが、十分に空気も存在する状態が好ましい。毛管水といって狭い孔隙に保持されている水はあるが、それ以上の大きい孔隙には空気があるという状態である。しかし、土壌水分を完全に一定にし続けるのは物理的に不可能なので水をやった直後はやや多め、直前はやや少なめであると理想だろう。これだけを指標にされてしまうと困るが、大まかに言ってしまうと表面はやや白く乾いてきているが、少し掘ると下には水分を含んだ土がまだある(軽く握って固まる程度)という状態で、乾いた部分に水分がいきわたり、ややあまるくらいに水をやる、ということになると思う。
このとき、表層にやった水と下層に存在する水の間に乾いた土壌の層が残っていない、というようにしたい。表層の水が下層につながっていないと、上からかけられた水が肥料などを溶かしながらある程度まで染み込み、表面が乾くことによって毛管現象で水分は上に向かって吸い上げられていく。このとき、いったん溶かした肥料成分が蒸発に伴って濃縮されていくので表層近くの肥料濃度は非常に高い状態になってしまう。
苗を植えたばかりで根域が浅い場合などにこういうことがおきると、肥料をやりすぎていないのに根が肥料やけを起こしてしまう原因となってしまうのである。
また、表層と下層の水がつながっていないと、根の発達がそこで止まり、根域が浅くなって旱魃に弱い株になってしまうことが多い。
鉢植え、プランターや苗の場合は多少事情が違うが、基本的考え方は共通している。それらの場合はたいてい鉢のスケールや品目に合わせて土壌の組成が変えられているし、透水性も確保されていることが多いので、たいていの場合は乾いたらたっぷり、という考え方で良いと思う。鉢底から流れ出てくるくらいたっぷりやり、表面が白く乾いてきたらまた水をやる、という具合である。
そのほか、季節によって水やりの最適な時間は変わってくる。一般的に夏季は夕方または早朝、冬季は午前中が良い。夏季の日中に水をやると地温が上がりすぎ、またホースの中の水も高温になっていることがあるなど根を傷めることが多い。冬季は夕方に水をやると地温が下がったまま長時間回復せず(凍結の心配もある)、やはり根に悪影響がある。

以上、水やりの基本について思いつくままに述べてきたが、これらはあくまで基本的なことであって、品目や状況によって実際のやり方は変わってくる。そのあたりは経験者やJAの営農指導員、農業改良普及員のアドバイスを受けながら覚えていってほしい。