アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

野菜(植物)の奇形はなぜ起こる? ?スーパーでは揃った形の野菜たち?

さて、津波などの災害で多くの方が亡くなられた東日本大震災からもうすぐ3年がたとうとしている。同時に、あの震災では福島第一原発が大きな事故を起こし、多量の放射性物質が放出された。その後、関係者の大変な努力によって放射性物質の多量な放出は収まっているが、事故はまだ収束したわけではなく、まだまだ予断を許さない状況である。

この記事は、放射性物質の現在の状況やその対策について語る場ではないのでそれらについては割愛させていただく。ただ、一部を除いて環境中放射性物質の状況は改善してきており、これも関係者の努力によって福島県産を初めとする東北の農作物はまったく心配のないものが流通している(福島県HP農林水産物のモニタリング結果)。

にもかかわらず、「原発 植物 奇形」などで検索を行なうと植物の奇形情報やまとめサイトなどたくさん引っかかってくるし、2013年の日付でそれらについて言及したブログも見られる。そういった方面にはあえてリンクを張らないが、いまだにそういう情報が多いようなので、ここで一度植物の奇形について解説してみたい。

最近目にしてびっくりしたのがイチゴの鶏冠果についてのことである。これは、イチゴの果実が扇形に広がり、異様に大きくまるで鶏のとさかみたいな形になったものである。これが原発事故による放射線の影響であるということを言っている人がいたのだ。しかし、これは放射線の影響による奇形などではなく、事故前からいくらでも見られたもので、「イチゴ 鶏冠果」で画像検索をかけるといくらでも出てくるので試してみて欲しい。

イチゴの鶏冠果は花などでよく見られる「石化」や「帯化」と呼ばれるものと同じ現象と思われる。通常円形になるはずの花が石化状態となって楕円形になったりした場合、規格外となって出荷されることはないので、一般の方が目にすることはほとんどないと思うが、特にマーガレットなどでは起こりやすく、細長くモップのような形状になった花は栽培現場では何十年も前から結構多く見られる。また、いけばなをされる方は材料としてよくごらんになると思うが、石化が常態と化している植物として石化柳があり、ケイトウなどもそうだ。

マーガレットなどで石化が起こる原因は主に花芽形成期の栄養、特に窒素が過剰であるときに起きやすいといわれている。植物は体を大きくするための栄養生長と、子孫を残すための生殖生長をそれぞれ行なうが、栄養生長と生殖生長の切り替えは温度や日長などの条件で行なわれる。そのときに、一般的には窒素成分が多いと生殖生長への切り替えが起こり難くなることが知られており、生殖生長へ切り替わって花芽形成を行っているときに窒素が過剰になると栄養生長へ引き戻されそうになったり、生長点での細胞分裂が旺盛になることで細胞増殖が全体に均等なものでなくなるのかもしれない。

ともかく、イチゴの場合は頂花房といわれる植え付け後最初に出てくる花芽で鶏冠果が起こりやすく、栄養生長から最初の生殖生長に切り替わるところで旺盛に生育していること、花芽形成が行われているときに比較的気温(及び地温)が高いことなどが原因だと考えられる。

それ以外にも、イチゴでは奇形果が出来る原因として不受精(受粉が不十分であったり、そもそも花粉の稔性(活力というとわかりやすい?)が落ちていることによって起こる)と言うのもある。イチゴは、本当の果実は可食部の表面についているゴマのようなところであり(痩果という)、可食部は花床と呼ばれる部分なのだが、痩果がそれぞれ受精できていないとその部分の花床は肥大しない。つまり、受精(受粉)できていない部分とできている部分が混在するとせっかくもとの形がきれいであっても、部分的に肥大して形が崩れてしまう。曇天で低温が続くと、受粉を行なうミツバチの活動が低下するほか、花粉そのものの稔性も低下してしまうことが不受精が起こる原因である。

他の品目でも、例えばナスでは低温による花粉稔性の低下は石ナスと呼ばれる肥大しない硬いナスの原因となっている。少し前に放射線による奇形であるとして出回っていたトマトの写真もおそらく同様に低温によるものか単為結果(受粉を伴わない結実)に使われるホルモン剤の処理技術の失敗(処理回数過多)によるものではないだろうか。

また、仮に放射線が原因で遺伝子に異常が起こったとして、それが果実や花、茎葉の形成に関わる遺伝子であったとしても、「奇形になりながらも花芽や果実を形成する」確率は非常に低いと思う。放射線が遺伝子に異常を引き起こすメカニズムは「放射線によってDNAが損傷する」ということになると思うが、DNAの損傷がそのままならその細胞は分裂そのものが不可能になるだろう(アポトーシスが起こると思うが、この辺は理解が十分でないので、すこし違うかもしれない)。しかも、その付近にある細胞が同じように均等に遺伝変異が起こるとは考えられない。この辺りのメカニズムが理解できていれば、遺伝子に損傷を受けた細胞群が奇形を形成する範囲にうまくとどまる、と言うのは奇跡的な確率になると感じるのが普通だろう。つまり、奇形になるよりそもそも花や果実、茎葉を形成しなくなるのではないだろうか。

このように考えていくと、遺伝のメカニズム、放射線が遺伝子を損傷するメカニズムを理解していればそんなに奇形が頻発するはずはないことは容易に想像がつくと思う。そして、農業生産の現場に関わっていれば、奇形植物など原発事故前からいくらでも存在した事は常識である。そしてそれらの事は情報が隠蔽されているわけでも、捻じ曲げられているわけでもない。もし、そのことが信じられないのであれば、原発事故と関係が薄いと考えられる西日本の農家を訪ねてみればいい。JAや市場の規格に合わず、廃棄されている規格外の「奇形農作物」をいくらでも見ることが出来るはずである。そして、それらは新鮮である限り、スーパーの店頭に並ぶ野菜や果物より美味いかもしれない。