アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

好塩菌による農耕地の塩類除去は可能か

以前、塩害対策についてのエントリーをあげさせていただいたが、それに関連して知人からツイッターでこんな記事を教えていただいた。 MSN産経ニュース「細菌使い水田塩分を除去 被災地の農業復旧に活用 九州大、岩手で実験」?2012.2.16 02:13  「震災後に九大の教員・学生らで結成したボランティア団体「がんばっぺし福岡応援団」メンバーと大嶺准教授は、塩を吸収・分解する好塩菌に着目。米ぬかなどと好塩菌を混ぜた約1トンの堆肥を作り、昨年9月、陸前高田市の農地にまいた。作製費は1トン当たり3?4万円で、普通の有機肥料なみという。」 記事では「塩を分解する」とある。塩といえば通常NaClを指すだろうし、塩害の水田から塩分を除去とあるからNaClと考えておけばこの場合は問題ないだろう。となると、わからないのが「分解する」である。NaClが土壌中に存在する場合、結晶のままの塩であるとは考えにくく(毛管現象によって表面近くの濃度が上昇し、結晶している場合はある)土壌水分中でNa+とCl?のイオンになっていると思われる。つまり、分解のしようがない。 となると、好塩菌とはNa(ナトリウム)やCl(塩素)を特異的に吸収し、利用できる菌なのだろうか?それについては、「高度好塩菌 ? Wikipedia」を参照すると「高度好塩菌は塩湖や塩田など高塩環境を好んで生育する生物で、古細菌の主要なグループの一つである。(中略)性質としては何れも偏性好気性の常温菌(一部は弱い好熱菌)で、アミノ酸などを基質とする化学合成又は光合成従属栄養生物である。」 とある。全文読んでみたが、NaもClも代謝するとは書いていない(しないとも書いてないが)。念のため他のサイトも参照してみたが、学術的と思えるサイトにはやはりそのような記述は見当たらない。 仮に好塩菌がNaClを代謝するとしても、体内に取り込むだけで消えてなくなるわけではない。また、体内に取り込んでまったく性質の違う高分子化合物に変えてしまうなんて事はありうるのだろうか。それにしても、その菌が死んでしまえば他の菌によって分解されて再び環境中に出てくるだけの話ではないだろうか? 先に上げた記事では「好塩菌を使った実験では、1カ月で土壌の塩分濃度を約4割削減できたという。」とあるし、仮にも大学の准教授がやった実験なのでしっかり対照を取ったものだろうから本当にそういう結果は出たのだと思う。では、本当に塩分(この記事だけでは何を測ったのかわからないが)が減ったのだとすればどのようなメカニズムだったのだろうか? まず記事では「稲が育ちにくくなる4倍程度」の塩分とある。ただ、好塩菌のたい肥が使用された農地で栽培されているのは菜の花であり、水稲より耐塩性は強いのでイネが育つ濃度まで下がっているかどうかはわからないが・・・。 ということでまず考えられるのはたい肥を施用した事によって土壌の塩基置換容量が上がり、Naが土壌粒子や腐植に吸着されて土壌水分中の濃度が下がる、という場合である。しかしこれだと好塩菌を含むたい肥である必要はない。 ほかに考えられるのはたい肥に含まれるNH4(アンモニウムイオン)によって土壌粒子に吸着されていたNaが置換され、湛水や雨水によって流されてしまう、ということであるが、このどちらも決定打には欠けるような気がするが、この両方の相互作用というのも考えられる。とはいえ、いずれにしても好塩菌が関わっている必然性はないのである。 それにしても、現時点で得られる情報ではすっきりした結論は出せそうにない。どうしてももやもやしたものが残ってしまう。九州大の大嶺准教授の論文なり、研究発表要旨なりが入手できたら改めて検証してみたい。