アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

新規就農相談

新規就農に関する相談の資料が回覧されてきた。うちの職場では技術指導や農業経営に関する指導(簿記や経営分析など)のほか、新規就農促進なども行っている。当然、農業をはじめたいと言う人の相談も受け付けている。新規就農担当がいて、そのあたりの窓口をやっているのだが、希望内容によって私のような技術指導担当も相談に加わる。今回は新規就農担当が農協に出向いてその農協にやってきた希望者と面談した結果の復命であった。

回ってきたカードを見ると、名前が今風である。若いのかなと思って年齢を見ると本当に若い。しかも非農家であった。つまり農地もなく、農作業の経験と言えば農業関係の学校の授業のみという若者が「食料自給率の向上に貢献したい」と相談に飛び込んできたわけである。

そのカードに一通り目を通してまず思ったことは、「無謀だな、やめた方がいいのにな」だった。これは心底正直な感想だったのだが、しかし同時にあまりにリスクを先に考えすぎ、そういう自分の態度や考え方が農業の将来を育てる芽を摘んでいるのではないかとも思えた。

とはいえ、そういった何のバックボーンもない人がいきなり就農するのにはあまりに高いハードルが多すぎるのである。

たとえば普通の会社に就職する場合、それが初めての就労経験であれば初めはまず使い物になるまい。それでも賃金をくれるのは仕事を覚え、将来役に立ってくれるという見通しがあるからである。まったくの新規就農の場合はそれがない。いきなりお金を稼がなければならないのである。土地がないのなら土地を借りるところからスタートしなければならない。農家の子弟であれば親のネットワークで地元の農業委員会からも承認が得やすく、土地も借りやすい。それはコネがどうこう言うのではなく、農業者として信頼できるかどうかの問題である。もちろん地元の人間であれば無条件で信頼できるというわけでもなかろうが、見ず知らずの人間になかなか土地を貸せるものでもないだろう。

また、農業機械を揃えるのにも相当な金額が必要である。いきなり相当額の借金からスタートせねばならないのである。

現実的には、行政(県など)の新規就農支援制度を活用するために一年間篤農家や農業法人などで研修し(支援のための有利な貸付などを受けるために条件として設定されている場合が多い)、無利子あるいは低金利の制度資金を利用して機械類を揃え、研修先で信用を得て土地を借りられる状態にするといったところだろう。

一旦就職するなどして資金を稼ぎ(農業法人等であれば理想的だが)、自己資金などもある程度蓄えてからなお支援制度も利用するとなおいいと思う。

こうやって見ていくと、非農家出身でいきなり就農するのは本当にハンデが大きい。家が農家であれば、農業のいいところも悪いところも見てきており、やるならやるで覚悟を決めることができる。農地もあるし、トラクターなど基本的な農業機械やその他の道具も揃っているだろう。スタート地点からしてまったく違うのである。とはいえ、農家の子弟でも農業に対する考えが甘く、就農はしてみたもののすぐ放り出す人もいるにはいる。逆に追い詰められているものの強みで、やる気は非農家出身のほうが強い場合もある。

それにしても、こうして考えてみると非農家の人が普通に職業として農業を選びづらい状況というのがどうなのか、とも思える。高校や大学を卒業して就活を始めるとき、農業をやりたいという希望を持った若者を素直に応援し、気持ちよく農業の世界に送り出す。後は本人の努力と運である、というようにできないものだろうか。

とは言っても、農業は基本的に自営業であり、新規に農業を始めるということは起業するということなので、リスクがあって当たり前ではある。ではあるが、リターンも少ないように思えてならないのは農業関係者の僻みだろうか?