アグリサイエンティストが行く

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「比嘉照夫氏の緊急提言 甦れ!食と健康と地球環境」の問題点

こちらでもたびたび取り上げているEMの比嘉照夫氏がDigital New Dealというサイトで「比嘉照夫氏の緊急提言 甦れ!食と健康と地球環境」という連載記事を書いている。そのほとんど(全部?)がEMに関する記事で、当然ながらEM技術の優位性等について延々と記述されている。並んでいる表題を見ると「水質浄化」などはまだいいとして(良くないが)、鳥インフルエンザや口締疫への対応、果ては放射性物質の除染などにも効果を上げているように書いておられるようだ。それらにも色々言いたいことはあるが、今回は2012年6月13日付の記事「第58回 ついに明確となった福島のEM有機農業への道筋」についてツッコミを行いたいと思う。

その中で取り上げられている福島県の放射性物質の除去・低減技術実証事業の問題点については既に取り上げた。今回の記事はそれらに対する比嘉氏の反論に当たるものと思われるが、あまりに粗が多く議論の出発点にも立てていないと思われる。

さて、その記事の中でまず比嘉氏は次のように述べている。

?引用開始?

福島をはじめ、放射能汚染地帯における風評被害の根本的な対策は、本シリーズで、すでに述べたように、栽培された作物の放射性物質が全く検出されない安全な状況にすることである。その背景や具体的な方法とその成果については、前回(第57回堆肥等の放射線対策)で述べた通りである。しかしながら、それらの結果は当方の調査に基いたものであり、公的機関が認めたものではなく、ボランティアの一環にすぎないものであった。

?引用終了?

「栽培された作物の放射性物質がまったく検出されない」という表現は科学者とは思えない。農作物はすべからく必須元素としてカリウムを含んでおり、その一部は放射性物質であるK40であり、農作物は必ず放射性物質を含んでいるといえる。おそらく、比嘉氏の言いたいことは「原発由来の人工放射性物質をまったく含まない」であると推察されるが、仮にも科学者が公的な文章として発表するにはあまりに稚拙である。また、現地調査で放射性物質除去の効果が明らかになったのなら、追試が行えるようしっかりと調査結果を取りまとめ、しかるべきところに発表すればいいのである。それをせず、ボランティアの一環に過ぎないなどというのは言い訳以外の何者でもなかろう。

次に、比嘉氏は福島県放射性物質の除去・低減技術実証事業のプレスリリースを取り上げ、この試験で取り上げられた方法は十分ではなく、自分が提案する他技術を組み合わせれば完全に放射性物質を取り除けると述べている。それなら、それこそ大学教授なのだから、ご自分の研究機関を使い、論文をお書きになればよろしい。ご自分の提案が見送られた理由などお書きになる必要はない。何の証拠もない推測に過ぎないのである。

ただ、プレスリリースを全文引用している点については評価したい。とはいっても各方面からのツッコミに逃れられなくなっただけかもしれないが。

―引用開始?

EM発酵標準堆肥の量について、多すぎるのではないかという素人の批判もあるが一般的に化学肥料を使う場合でも、堆肥は2トン程度は投入するほうが望ましいという指導がなされており、有機農業農家からすれば10a当り5トンという数値は常識的なものである。

?引用終了?

確かに、2t/10aというのは野菜類においては常識的な堆肥施用量である。しかし、前回のエントリーでも述べたように、堆肥の種類によるところが大きい。比嘉氏はその堆肥の種類による成分量に違いに言及することなく、堆肥という言葉を一般化して用いているが、オーガアグリシステムの堆肥は成分量が高すぎる。私は鶏糞に匹敵する成分量だと述べたと思うが農業技術者の常識として、野菜類であっても鶏糞堆肥を2t/10a施用せよと指導するバカはいない。いや、いないことはないが、その場合は化成肥料の施用を加減したり、やめたりする。化成肥料等の施用とともに土作りとして堆肥を施用する場合、肥料成分量の低い牛ふん堆肥か植物質の堆肥を使うのが常識である。また、比嘉氏は栽培品目についても言及していない。野菜類でなく、水稲であれば成分量の低い牛ふん堆肥であれ2t/10aは施用しない。肥料成分量もそうだが、肥効がコントロールできず、思わぬ時期に窒素が溶出して稲が倒伏したり熟期が遅れたり、食味が低下するからである。比嘉氏はこういった栽培の常識もご存じないらしい。

?引用開始?

これに対し、EM発酵堆肥システムでは、新しい負担が増えるのではなく、むしろ、行き場を失った畜産廃棄物や放射能で汚染された莫大な有機物も、良質な生産資源に変えられるというメリットを考えると論議は不要のものである。

?引用終了?

この言葉どおりであれば問題ないが、もしこれを信じて放射性物質を含む有機質資材をEMで堆肥化して田畑に施用し、生産した農作物が出荷後に放射性物質を含んでいることが発覚したらその産地全体がアウトを宣告される可能性が大きい。そうなった場合、比嘉氏の責任は限りなく重いが、どうされるおつもりなのだろうか。