アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

ポール・オフィット著 ナカイサヤカ訳 代替医療の光と闇 魔法を信じるかい?

最近更新が滞っていて、しかも書評しか書いていないが、書かないよりはマシなので、今回も書評です。というわけで、「代替医療の光と闇 魔法を信じるかい? ポール・オフィット著 ナカイサヤカ訳」をようやく読了したので、紹介したい。

この本の著者、ポール・オフィットはアメリカ合衆国感染症とワクチンを専門とする小児科医であり、ロタウイルスワクチンの開発者のひとりとして知られている。このような立場の人がなぜこのような本を出版せねばならなかったのか。

アメリカ合衆国は我が国の消費者庁よりも強力な権限と調査力をもつ(と私には思える)FDA(アメリカ食品医薬品局)という機関があるにもかかわらず、代替医療ビジネスはとても大きな市場を形成しており、無視できない金額がそれらのビジネスに流れ込み、多くの人が標準治療から引き離されることによって健康を損ねたり、悪い場合は命を落としたりしている。こういった事例がこの本ではで生々しく紹介され、その問題点について解説されている。

それぞれの事例については内容をお読み頂くとして、通読して感じたのは普段から思い知らされているとおり「人は信じたいものを信じる」と言うことである。医学も含めた現代の科学体系は思い込みや希望的観測などを排し、客観的事実を追求するための手法や技術を突き詰めてきて、その体系に則っていれば信頼できると考えて良いと思う。
そのことを知っていればそういった体系などから外れ、きちんとした証拠を積み重ねられないものは信頼するに足りないとわかるはずなのだが、科学を体系立てて学べなかった人ならともかく、科学というものに携わっている人でさえ自分の専門分野を外れるとそのことを忘れてしまう人も多いように思える(自分も例外ではない)。

そういう事例を繰り返しわかりやすく解説することで、代替医療ビジネスは決して理不尽に迫害されているわけではなく、標準医療も権力と癒着しているわけでもなく(そういう事例がないとは言わないが)、多くの医者を含む科学者がよりよい明日に向けて努力していることを理解してもらえるように配慮してこの本は書かれていると思う。これ一冊で悩みがすべて吹っ切れるとは言わないが、標準医療に一抹の不安を覚える方、「治せる」と断言してくれる代替医療に魅力を覚える方、そういう方に踏みとどまる一助となってくれるはずだ。

1点残念というか、仕方がないと思うがこの本は訳書であるため文体がやや不自然に感じた。意訳して訳者の自分の言葉で語って頂ければ読みやすくなったかとは思うが、そうすると今度は正確性を犠牲にするというか、著者の意図を正確に表現できなくなる恐れがあるのだろう。それでも、そんな些末なことはこの本の価値を下げるようなことは一切ないと思う。この本はできるだけ多くの人に手にとって頂くべきものだろう。

「醤油本」

というタイトルのムックが発売されているということをTwitterで相互フォローの方から教えていただいた。それに、直接の知り合いではないが結構身近な人が著者に名を連ねているということもあり、仕事にも関わることなので購入してみることにした。

まずは醤油の歴史や地域性について解説がなされており、一般的に知られている淡口、濃口醤油の違いについて、製法から解説してある。一般に関西では淡口、関東では濃口が主流と簡単に思われいている、というか自分はそんな程度の認識だったが、関西でも多いのは濃口で、淡口の比率が関東よりかなり高いというだけだったのは意外だった。

そのほかにも九州で主流の甘口醤油は香川でも結構流通しているらしく、我が家では甘口醤油はあまり使うことがないのでそういうことも知らなかった。

刺身には刺身用の醤油を使っているが、単純に「溜」を使っているものと思っていたし、溜というものは単に濃口をさらに濃くしたものかと思っていたが、それも違った。製法だけでなく、原材料にもいろいろあり、それらがあの豊かな風味の違いを生み出していたというのは非常に興味深いものであった。というか、自分の無知が恥ずかしくなる思いだった。刺身醤油も単に溜醤油というわけでなく、食材によってはその他の醤油が合う場合も多いようだ。

アミノ酸を添加する混合醸造やその他の添加物についても丁寧に科学的に解説してあり、必ずしも本醸造や昔ながらの長期間の熟成が良いばかりではないときちんと述べている点にも好感が持てた。この辺は100巻以上続いている某グルメ漫画とは違うところだ。

それから、醸造用の木桶復活にも触れられているが、これがまた結構身近で行われていることに驚いた。小豆島のヤマロク醤油というところの社長が取り組んでいるようだが、これはもしかして前回の瀬戸内国際芸術祭の折に小豆島の醤の里で見たものがそうだろうか。また、醤の里に行く機会があったらぜひ訪れてみたいものだ。そのときはツーリングもかねて、私がもう一つ運営しているバイクブログの方で紹介できればと思っている。

蔵元紹介のページでは各地の味わい深い蔵元が紹介されていた。それによると、自宅から結構近いところにおもしろそうな蔵元があるようだ。また是非立ち寄ってみよう。そのほかにもこの本には紹介されていない蔵元が近くにあるはずなので、そこも覗いてみよう。スーパーなどで売っているのを見かけたことはないので、直売してもらえるのなら買ってみたいところだが。

ただ一点だけ気になったのは、遺伝子組み換え大豆に関する記述で、決して否定的に書いているわけではないが、気になる人向けに表示で見分けるための知識が紹介されており、少々もやもやする気分にされてしまった。ほんのわずかではあるが、マイナスイメージにつながりそうな書き方をされていたからである。

ともあれ、全体としては非常に読みやすく、内容も好感の持てるものだった。こうした調味料に興味のある方、大メーカーの大量生産品や添加物が気になる方、地域ごとの、地元の醤油事情が知りたい方は是非手にとって読んでみることをおすすめしたい。
ソースでもこういう本が出ることを期待している(某氏に向けて)。

本の出版情報を記載していなかったので、追記しておきます。

齋藤訓之著「有機野菜はウソをつく」について

Food Watch Japanを運営している齋藤訓之さんが「有機野菜はウソをつく」という非常に刺激的な表題の著書を出された。この表題から想像される内容を自分なりに予想しながら読み進めたが、中身は表題ほど攻撃的ではなく、極めて常識的である。それでも、この内容を書籍という形で世に出すのは、たとえば自分が著者であったらできるかというとかなり勇気がいる(シャレではありません)。そういった点で齋藤さんのその意気には敬意を表したい。

第1章は有機農業の定義から、その存在の意義、中身について語られている。その内容は我々農業の技術者、中でも土壌肥料や病害虫関係の技術者にとっては常識ともいえる内容であった。ただ、環境保全型農業の推進を掲げている行政の中で、そこに関わっている立場からすると思ってはいてもなかなか口には出せない。それは以前のエントリーでも述べたとおりだ。なので、齋藤さんのこの本が世に出たことは非常にありがたいのである。

ともかく、自分としても以前から「自然だから美味しいって本当だろうか」や「化学肥料、何が問題なのか」などで述べてきたように農業はけっして自然ではないし、自然だからおいしく、安全安心なのだという考え方には異議を唱えてきた。
その点において、第1章は論点をきちんと網羅してコンパクトに述べており、理解しやすいと思う。ただ、この「理解しやすい」は自分のような農業の技術者でない場合にもあてはまるかどうかは自信がないので、様々な意見が出てくる可能性はあると思う。

第2章は慣行農法の元肥偏重主義への疑問の提示からその性質をよく知らないまま堆肥を使用することなどについての問題点の指摘などが主体になっており、それに対比する形でブドウなどで取り入れられている栄養周期理論が取り上げられている。

元肥に極端に偏った慣行農法の、特に野菜の施肥体系については問題点の指摘については全くその通りだが、現在の日本の農業の現状(狭い農地面積で人手で集約的に行うなど)からすれば労力と収量・品質などのバランスを考えた効率からすると元肥主体が今のところベターなのである。もちろん本書ではそいういった点にも理解を示してはいる。とにかく、技術的な問題点を示しながら、どのように進むべきなのかが直接書いてあるわけではないが、どのように考えていくべきなのかのヒントがそこにあるのではないだろうか。

第3章は有機農業がどのように定着してきたかをメインに、近代農業の歴史みたいな話だった。有機農業に対する認識はほぼ現場の実感に近いと思う。特にコーデックスや有機JAS成立以前は生産者も、流通業者も「有機農産物」に対する認識が甘く、何が有機農産物なのかはっきりしない中でなんとなく良いイメージで世の中に浸透していたのではないだろうか。一般の人はほとんどの場合有機JAS法などはその中身を知らないためにそういう変化を知らないままのように思えるが・・・。

第4章では安全安心は有機であるかどうかではなく、どのような管理体系を組むのか、どういうところに注意すべきなのか重要なのだと述べている。頻繁に自分の畑をみて、植物の状態を細かく把握し、変化を見逃すことなく対応できる人が収量も品質も確保できるのだ。

私も以前から主張しているように、技術のある生産者の農作物は有機であろうとそうでなかろうと美味いものは美味いし、技術のない人のものはたいがいまずいのである。ただ、ややこしいのはこの「技術」にはセンスも含まれるというのが私個人の感想である。鍛えて伸びる部分ももちろんあるが、センスのある人とない人(考え方を整理できるかできないかも含めて)の間には越えられない壁はあると思う。

第5章では、消費者としてどのようなことに気を付けて農作物を選ぶべきかということについて述べられている。調和がとれているものは見た目にも調和がとれている、という視点はなかなか面白い。言われてみればその通りなのだが、説明の仕方についてはこういうやり方もあるのかと感心した。

一点気になったのはチップバーンをカリウムの欠乏としているところである。もちろん欠乏症状として下位葉から出始め、縁が枯れるようになってくるというのも間違いではないが、自分の認識としてチップバーンと言えばカルシウムの欠乏症で新葉から出てくることが多く、葉の先端が枯れこんでひきつれたようになる、というものである。手元にある資料を調べてみたが、チップバーンはほぼカルシウム欠乏が原因と書いてあるが…カリウム欠乏による下位葉の枯れこみもチップバーンと呼ぶ場合もあるかもしれないので、ここはちょっと保留である。

ともあれ、全体としてはおおむね同意できるところが多く、この内容を世に問うてくれたところは大いに評価したい。これだけで流れが変わるとは思えないが、きっかけの一つになってもらえるよう、私も自分の立場から働きかけてみたいと思う。

有機栽培と大規模農業経営は対立する概念? ?有機栽培での窒素供給について?

さて、こないだ某所で有機栽培における窒素供給の観点から、有機栽培は大規模経営には向かないのか、といった話が持ち上がっていたので、そのあたりどういう風にまとまるかは自分でも読めないが、取り上げてみたい。なお、有機栽培の定義からすると農薬の使用についても関わってくるが、今回は肥料成分、中でも窒素成分についての話に絞って論じてみたい。

とりあえず、関連する過去記事を上げておく。

窒素を施用しないで炭素のみ循環させて行う農法がある。その中で、炭素を循環させることの意味についてお話しています。

初期のエントリーで、一文が長く読みにくいですが、とりあえず有機農法の定義について冒頭だけお読みいただければ。

?引用開始?
有機農法と慣行農法の収量の差がこれまで推定されていたより少ないと主張する論文について。内容をよく見ると有機農法だけローテーションしていたりと比較のしかたがおかしいところが多い。窒素必要量の多い作物での有機農法の不利は圧倒的な事実である。収量を環境とは関係がないと主張しているが、それこそが持続可能な農業にとっては重要な問題である。さらに有機農業と大規模工業的農業は対立概念ではない。大規模有機農業も小規模環境農家もいる。そもそも圧倒的に慣行栽培が多く米国では有機栽培は作物で0.8%畜産で0.5%のみ。しかも有機のうち大規模(500エーカー(2 km?)以上)のほうが多い(60/40)。
(ちなみに日本の農家の平均耕作面積が2ヘクタールで500エーカーの100分の1)
?引用終了?

有機農法の定義から言えば、十分な窒素施用量を確保することは実はそれほど難しいことではない。有機質資材由来であれば窒素成分をいくら施用しようともそれは有機農法の範疇になるからである。鶏糞や菜種油粕、米ぬかなど比較的窒素成分量の多い有機質資材はいくらでも存在する。では、なぜ窒素必要量の多い作物では有機栽培は不利なのか?
小規模であれば、さほど不利ではないと思う。必要十分な肥料さえ確保できていればまず問題はない。作物の生育を丁寧に観察し、施肥量などを適切に調節したりなど手間と費用を考えなければ品質収量を確保することは十分に可能だからである。

それが大規模になれば事情は変わってくる。安定した品質の有機質肥料を大量に確保することは難しいし(規模にもよるが、そもそも有機質肥料等の生産や品質が安定しない)、有機質肥料は目的とする作物の窒素量の確保だけでなく、他の養分のバランスも、作ろうとしている品目にとっていいものとは限らないからである。

それでは、よく使われる有機質肥料や堆肥の含有成分はどのくらいだろうか。一覧にしてみよう。一応これらは保証成分として表記されているものをおおよそでまとめてあるので、「なし」となっているものも本当に0%というわけではない。なお、家畜ふん堆肥はおがくずなどの副資材を含まない場合を想定している。

1) 魚かす 窒素5?8%、リン酸5?8%、加里なし
2) 窒素質グアノ 窒素13?15%、リン酸8?9%、加里1?2%
3) リン酸グアノ 窒素1%以下、リン酸27?30%、加里1%未満
4) 菜種油粕 窒素5?6%、リン酸2%、加里1%
5) ダイズ油粕 窒素6?7%、リン酸1?2%、加里1?2%
6) 牛ふん堆肥 窒素2.3%、リン酸4.1%、加里0.4%
7) 豚ふん堆肥 窒素3.8%、リン酸5.4%、加里5%
8) 鶏ふん堆肥 窒素3.1%、リン酸8%、加里4%

(参考:農文協 肥料便覧第5版 伊達昇・塩崎尚郎編著 若干数字は丸めてあります)
これは、含有量での表記なので、植物がすぐに利用できる成分の割合(肥効率という)はこれぞれ違ってくるので注意が必要である。例えば、同じ家畜ふん堆肥でも牛ふん堆肥は炭素率(炭素/窒素の重量比)が高いため、肥効率は低めで窒素で3割程度だが、鶏ふんや豚ふんは7割程度である。

これらを見ていただくと分かるように、肥効率も考慮して有機質肥料でも重量比で化成肥料の1?5割程度窒素成分を含んでいる。鶏糞などであれば10aあたり500?1000?施用すればJAなどが発行している栽培のしおりに掲載されている元肥の窒素量は十分カバーできるということになる。ただ、化成肥料だと10aあたり100?程度で済むところ、その5倍から10倍の施用量が必要になり、労力がかかること、肥料バランスをとることが難しいこと、住宅に近接した農地では臭いなどに配慮が必要なことなど難しい点も多い。

ただし、ならば化成肥料は(循環ということをとりあえず考慮しないとしても)万能かというとそういうわけではない。詳しくは過去のエントリー「化学肥料、何が問題なのか」をご参照いただきたいが、もともと元肥偏重の施肥設計が多いうえに高濃度であるがゆえに過剰に施用してしまうことも多く、植物の根張りなど初期生育に悪影響が出たり、環境負荷が大きくなることもある。

わが国では、有機農業というと環境意識の高い篤農家が手間暇かけてやるイメージが強いが、先ほど述べたようにすくなくとも肥料に関しては(有機JASの規格を満たしていればよいのであれば)、決して大規模経営が不可能なわけではない。何より、ベクトルが全く逆を向いているというわけではないので、そもそも分けて考えるべきものなのである。

それらのことを総合的に考えると、持続的農業を目指すにせよ、やはり有機質資材(肥料)は資源の有効利用や土づくりを考慮した施用とし、それをベースにして化成肥料でバランスをとるというのが理想的であるといういつもの結論になると思われるがいかがだろうか。

野菜解説シリーズ ?ネギ科ネギ属のお話?

久しぶりの更新です(笑)。Twitterで連ツイしたものの再掲です。トゥギャッターにもまとめてもらったりまとめたりしたので、重複していますが、こちらのみ読んでくださっている方もおられるので、再掲します。基本的にtweetそのままの内容です、手抜きですいません・・・。

それでは、まずはいわゆるネギのお話から。

さて、昨日ネギの分類について話題に上がっていたのでそのあたりを解説してみたい。発端は関東と関西(というか東日本と西日本?)で単に「ネギ」と呼んだ場合に何を指すのか、という違いについての話題だった。関東では葉鞘(軟白)部の長いネギ、関西では葉身(緑)の長いネギになるというわけだ。

ネギの植物としての分類は種子植物門・被子植物亜門・単子葉植物網・ユリ目・ユリ科・ネギ属ということになるが、最近の分類ではヒガンバナ科としてネギ亜科、または単独でネギ科とする場合もある。ユリ科だとしても同じユリ科のアスパラガスに来る害虫のアザミウマはネギアザミウマなので、それもありかもしれない。

ネギ属という分類とすると通常流通していてそれに含まれるのはネギ、タマネギ、ニンニク、リーキ、アサツキ、ワケギ、ラッキョウ、ニラになるだろう。このほか、日本に自生する食用の野生種としてノビルがある。

この中で主にいわゆる薬味として使われるものを取り上げるとネギ、アサツキ、ワケギになると思う。昨日話題になっていたものはこのうち「ネギ」で葉鞘部を土寄せすることで軟白化させ、食用とする関東のネギと緑色の葉身部を使うことの多い関西のネギである。また、両者の中間的な越津ネギというのもある。

まず関東のネギであるが、これは関西では白ネギ、長ネギ、根深ネギなどと呼ばれる。先ほども書いたように、ネギの白い部分(葉鞘部)を土寄せして光を遮ることで長く伸ばし、食用とする。関西の葉ネギに比べ、粘液成分が多く鍋物や串焼きなどに使われることが多い。

関東の白ネギをさらに品種群で分類すると千住ネギ、加賀ネギなどとなり、加賀には有名な下仁田ネギも含まれる。下仁田ネギは葉鞘部の長さはあまりないが、特に太く粘液成分も多く甘みがあり、鍋物に重用される。西洋ネギのリーキは下仁田と形態的には似ているが、葉身が違い、種類としてはあまり近くない。

これに対して、関西のネギは葉鞘部が短く、せいぜい10?程度のものが多い。主に刻んで薬味に使われることが多い。品種群としては九条系ということになるが、生産地や用途によってさまざまな太さ、長さがあり、京都の九条ネギ、博多万能ねぎ、高知などの奴ネギ、香川のさぬき青ネギなどが流通している。

代表的な品種群の九条ネギであるが、もともとは大阪の難波で栽培されていた在来種が由来であると考えられている。それが都に優れた形質の野菜が集まるようになって栽培が始まり、特に九条付近で品質の良いネギがとれたことから九条ネギといわれるようになったということである。

青ネギと同じように主に薬味に利用されるネギ属の野菜には、ワケギ、アサツキがある。ワケギはその名のとおり分けつしやすく、種子繁殖をしないので分球した鱗茎(球根)で繁殖する。アサツキも鱗茎による繁殖である。

ワケギは、ワケネギと混同される場合も多いが、ワケネギは分けつしやすい葉ネギの一種であり、タマネギとネギの雑種であると考えられているワケギとは別種である。アサツキも鱗茎での繁殖であるが、ワケギより細く和食での薬味や添え物が主な用途である。極細の葉ネギをアサツキネギとして販売している例もある。

そしてお話は鱗茎を食べるネギ属へ。


野菜解説シリーズ第二弾ということで、前回葉を食べるものが中心だったので、今回は鱗茎(球根)を食べるネギ属野菜について解説してみよう。つまり、タマネギ、ニンニク、ラッキョウなどだ。日本に自生するネギ属の山野草であるノビル(野蒜)も球根を食べるが、それはまた別の機会に。

タマネギはインドや旧ソ連の一部を含む中央アジアが起源とされ、そこからヨーロッパに渡り、さらにアメリカに渡って多様な作型、品種が生まれ、主に明治以降日本に導入、定着したものと考えられている。中央アジアでは原種に近い小玉品種が中心で、南ヨーロッパでは甘味品種、東ヨーロッパでは辛味品種が中心である。

それがアメリカに渡ったのち、多様な気候、土壌に適応した作型、品種が生み出され周年供給が行われるようになった。その後おもに明治以降アメリカから日本に導入され、現在の品種の基礎になった。

明治初期に導入されたアメリカ系黄色品種が北海道ではイエローグローブダンバースが札幌黄に、大阪ではイエローダンバースが泉州黄になった。大正期にフランスから愛知県に導入された白タマネギが定着し、愛知白となったような例外もある。現在はこれらが複雑に交雑し品種は多様化している。

タマネギは肥大期の違いで極早生、早生、中生、晩生に分けられる。鱗茎の肥大は主に長日(日が長くなる)に感応して始まり、早生になるほど短日長で肥大が始まるが、温度にも影響を受け、温度が低いほど必要な日長は長くなる。

タマネギは低温に感応して花芽分化し抽苔(花茎が伸びてくること)するが、このためには低温になるまでにある程度栄養成長(茎葉が大きくなること)していることが条件になる。早植えしたり、大苗を植えるとネギ坊主ができてしまうのはこのためである。

ニンニクの原産地もタマネギと同じく中央アジアと考えられているが、はっきりしていない。エジプトやギリシャなど地中海沿岸では紀元前から栽培されていた記録があり、歴史は古い。地中海沿岸からヨーロッパ各地に広がり、16世紀にはアメリカにも渡ったが、栽培が本格化したのは18世紀からである。

日本では本草和名(918年)という古書に「オオヒル」という名前が記録されていて歴史は古いが栽培は近年まで広がっていかなかった。強壮剤などとしてわずかに利用されていたようだが、においなどが身分の高い人々に好まれなかったのではないかとの説もある。

アジアでの栽培は、まずは中近東から始まったとされ、それが中国を経て日本に導入された。中国では紀元前に西方から入ってきたと考えられ、全域に栽培が広がった。これが中国で普及し日本に導入される過程で寒地系と暖地系品種に分かれたと考えられている。

ニンニクは強壮食品としてよく利用されるが、強壮成分であると考えらえられがちな臭いのもととなるアリシンはビタミンB1を活性化し、殺菌効果もあるが、強壮作用はない。臭いがなかなか消えず、口臭などの原因となったりするのはタンパク質と結びついて消えにくいからである。強壮作用があるのは別の成分である。

某師匠から要望のあったソフトネックとハードネックであるが、ハードネックとは抽苔して花茎が形成され、茎が固くなる品種のことである。自分は日本の品種はすべてハードネックだと思っていたが、調べてみると寒地系品種にソフトネックがあるらしい。

ハードネックというか西日本の品種はすべて葉と根を切って出荷するが、ヨーロッパではソフトネックのにんにくを三つ編みのような編み方をして細長く連ねたガーリックブレイドというものを作り、半乾燥状態でつるして保存する。マルシェなどで軒先につるしてあったりする…ような気がする。

ラッキョウは中国が原産とされ、7世紀には赤、白の2種があったとされる。ニンニクにも出てきた本草和名にも記載があり、日本でも歴史は古いことがわかる。薬用に供されていたという話もある。

日本ではほぼ酢漬けにされ、カレーの付け合わせなどでおなじみである。中国では炒って食用に供され、酢、糖、塩、蜜漬にして保存する。熱帯アジアではカレーに使われ、大量に消費されている。

最後に、その他のネギ属。


ニラは原産地が中国西部といわれている。ニンニクやタマネギと違い、欧米では利用されておらず、東洋独特のネギ属野菜となっている。わが国でもその歴史は古く、9世紀辺りに導入されたと考えられている。もともとは「ミラ」と呼ばれていて、それがなまってニラになったとの説がある。

たびたび登場する本草和名(918)には「古美良」と記されている。わが国でも野生種のニラが田んぼの畔などに自生している。もともとの原生種か、栽培種が野生化したものかは明らかではないが、おそらくは野生化したものと考えられている。

黄ニラはそういう品種ではなく、遮光して栽培することによって軟白化させたものである。通常は一旦普通のニラを栽培し、刈り取って収穫した後の株にトンネルをかぶせて栽培されている。臭いは少なめだが、栄養成分は変わらないので臭いが苦手な人にも食べやすい。岡山県が主要な産地である。

ちなみに観賞用のハナニラは草姿がニラによく似ていて葉の臭いも似ているが、球根植物でハナニラ属という別属であり、葉は有毒である。ただし、野菜のニラの花茎を食べる「花ニラ」もありややこしい。花が咲いていればハナニラは1花茎に1輪が多いので、球状に多数咲くニラとは簡単に区別できる。

シャロット(仏名:エシャロット)は来歴がはっきりしない。他のネギ属と違って、地中海沿岸や古代中国などで栽培されていた記録がないらしい。日本に導入された時期もはっきりしない。ラッキョウに似た草姿で鱗茎と葉身の両方を食用にするが、ラッキョウというよりタマネギの変種と考えられている。

リーキは地中海沿岸に原種が自生しており、その栽培型が現在流通しているものと考えらえている。古代エジプトギリシャなどで栽培されていた記録があり、日本には明治になって導入され、各地で栽培されていた形跡はあるが、日本型のネギがすでに広がっていたためあまり定着しなかった。

リーキは軟白した葉鞘部を加熱してポトフなどに利用したり、刻んでサラダとして生食されることもある。無臭のジャンボニンニクはこのリーキの変種である。

ネギ属の山野草で食用にされるものではギョウジャニンニク、ノビルなどがある。ギョウジャニンニクはニンニクに似た草姿で宿根性である。アイヌネギ、ヤマビルなどとも呼ばれる。昔の山岳信仰で行者が精をつけるために食用にしたことからこの名がついたとされる。

ギョウジャニンニクは漢方ではかく(草かんむりに各)葱と呼ばれ、滋養強壮剤の特級品とされている。シベリア、中国、朝鮮半島に自生し、わが国では奈良県以北の山間地に分布している。おひたしや酢の物、てんぷらなど幅広く利用できる。

ノビルは東アジアに広く分布し、日本では北海道から沖縄まで見ることができる。田んぼの畔などによく見られ、細ネギやアサツキによく似た草姿でかたまって生えていることが多い。タマネギによく似た鱗茎を形成するが、1?3センチ程度と小さい。主にこの鱗茎を食用とする。


以上、ネギ属の野菜について解説してみた。今後、要望があれば他の野菜についても取り上げていきたい。とりあえずブロッコリー、カリフラワーで要望があるので、それらについてTwitterでまずやってみたいと思っているので、興味があれば私を見つけてフォローしてみて欲しい。気が変わってセロリを取り上げるかもしれないが(爆)

草勢(樹勢)ってなに?

先日、若いJA職員から質問を受けた。
「すいません、ちょっと質問いいですか?」
「ええよ、何?」
「草勢って言葉あるじゃないですか。それってどういうものですか?」
ふむ。当たり前のように使っていて、きちんとした定義をあまり考えていなかった。はっとしたが、わかりやすくイメージを思い浮かべてもらえばいいかと、そのときに自分がした説明は次のような感じだった。

植物には生育ステージと言うものがあって、それぞれに適正な生育というものがある。そのときにどういう対応をすればいいのかを判断する基本になるのが草勢とか樹勢と言うものになる。
一般的には、強いとか弱いとか表現するが、ステージごとに最適な強さは違う。例えばオクラでは初期に肥料を与えすぎると草勢が強くなって花が付かなかったり、付いた花が落ちてしまったりする。オクラ以外でも果菜類は初期に肥料を効かせすぎると花が付きにくくなって予定通りの収穫開始にはならなくなったりする。しかし、いつまでも肥料を控えていると、今度は植物体が大きく育たず、品質や収量が落ちるので適正な肥料を施すが、この適正な生育を判断するキーワードが「草勢(樹勢)」である。

オクラの場合、草勢はどこで判断するかと言うと発芽後の日数から想定される草丈以外にはまずは葉の形である。肥料が効きすぎ、草勢が強すぎると葉の切れ込みが少なくなり、丸っこい葉になる。もちろん、窒素の効き具合によって植物体全体の葉の色の濃さが変わってくるので、それも重要なポイントになる。ある程度大きくなってくると、花の咲いている高さも判断の対象になる。総勢が弱いと生長点の直下で花が咲き、旺盛だと花までの展開葉が多くなる。これを適正に保つために肥料を調節したり、下の葉を掻き取ったりするのである。

また、ナスでは草勢が弱ってくると短花柱花といって雌しべが短くなり、雄しべの中に隠れてしまう、等が指標になったりする。

といったように、具体的な例を挙げて、植物の生長が旺盛に行なわれているかどうかを見たものが草勢になるが、必ずしも強ければいいというものではないと言うことを理解してもらった。また、生産者には草勢が落ちてくるととかく肥料をやりたがる人がよくいるが、それだけで草勢が回復するとは限らないし、回復したところで逆に病気に罹りやすくなることもあると言うことも話しておいた。

そのときの話には出てこなかったが、例えば以前のエントリーに書いた植物の奇形についても草勢が強すぎるとイチゴの鶏冠果やマーガレットの石化なども出やすい傾向があるし、弱らせるとやたら花をつけようとしてなおさら弱ってしまうということもままある。

以前から何度か書いていることだが、草勢を適切に判断することは上手に農作物を栽培する基本だと思う。自分が栽培している農作物をきちんと観察し、その変化に気づき、適切な対応をする。適切に草勢を判断し、生育ステージにあった対応をきちんとできる人が上手な生産者なのである。

【告知】第2回ひやあつカフェ開催します

テーマ:農と自然の関わりについて
話題提供:がん(主催者)
日時:平成26年8月30日(土) 14:00〜
場所:讃岐漆芸美術館 カフェコーナー
   香川県高松市上福岡町2017番地4
   087−802−2010
 http://sanukisitsugei-gallery.at.webry.info/ 
人数:10人程度

参加費は頂きませんが、カフェコーナーにて飲み物を一品ご注文頂くこと、カフェ終了後に漆芸美術館を必ず見学頂くことが条件になります。
参加ご希望の方はこの記事にコメントをおねがいします。

讃岐漆芸美術館は駐車場が少ないので、できるだけ公共の交通機関でお越し頂くか、乗り合わせでお願いします。場合によっては、主催者で最寄り駅より送迎します。