アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

水やりのおはなし

家庭菜園であれ、プロ農家であれ、水やりは最も重要な基本技術でありながら自然にも左右される難しい技術だと思う。私は、自分自身が農業を営んでいないため説得力を欠く部分があるが、普段の指導の中からわかった基本的なところをまとめてみたい。

1 水やりはなぜ必要?
植物に水が必要な事はいまさら言うまでもないことだろう。基本的に植物は根から水を吸い、それに溶けた養分を同時に吸い上げる。また、葉で光合成して産生した同化物(糖分)を植物体各部に送るのも水を介して行なうのである。
植物は水をやらなければしおれてしまう。水を含むことで細胞が膨れ、植物体を支える力の1つになる(樹木では幹が木質化しているためこの限りではない)。水分が足りなくなれば空気の抜けた風船のごとくしぼんでしまうわけだ。このため、常に植物が植わっている土壌には適切な水分を供給しておく必要がある。ただし、水はやりすぎるばかりも良くないことが多い。水をやることで根に呼吸できる環境を作っている面もあるからだ(詳しくは後述)。

2 植物栽培での水の動き
植物体の水分は、主に葉の裏にある気孔から蒸散され、水分ポテンシャルに勾配が出来ることから根から上部に水分が移動する。一般的に気温が高くなれば蒸散が激しくなり、大量の水分が必要になる。また、植物が生長し、葉の量が多くなればやはり水分の蒸散量は多くなる。これに、地面から直接水分が蒸発することと併せて、気候に合わせた潅水の調節が必要になるのである。
栽培ほ場の地表面にかけられた水は、ある程度が表層をそのまま流れて行ってしまい、残りが土壌にしみこんでいく。
通常の潅水方法(はす口のジョウロや潅水チューブなど)でかけられ、土壌にしみこんだ水分は層状に土壌中を下方へ移動していく。もちろんその一部は土壌孔隙に捕らえられて残っていく。このとき、土作りができていなければ土壌孔隙が大きすぎて水が捕らえられなかったり(砂地のような場合)、逆に少なすぎて水分保持はするものの水の入れ替わりが極端に少なくなったり、表面での流亡が多くなったりする(粘土質などの場合)。
点滴潅水という方法が近年の施設園芸で発達してきているが、これは一定の間隔で穴が開いているという点では通常の潅水チューブと同じであるが、この穴の部分に工夫があり、一定以上の水圧がかからないと水が出ないようになっているチューブを使った潅水方法である。このため、チューブ全体に水がいきわたるまで水が出ることがなく、均一な潅水量になる。また、点滴の名のとおり少しずつぽたぽたと垂れるように水が出るので、表層を流れていく水がほとんどない。少しずつ土壌に染み込んでいくため、毛管現象によって横にも広がりながら下層へ移動していく。
土作りが十分できていると団粒構造が発達し、団粒同士が孔隙を形成し排水は良くなるが、団粒そのものが水分を保持し、排水と保水性を両立した土壌にできるのである。
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団粒構造とは、模式的に表現するとこのようになっている。小さい土壌粒子(濃い茶色)を腐植物質(薄い茶色)が糊のような役割をしてくっつけて塊を作っている。このおかげで孔隙(隙間)が大きくなり、通気性と排水性が確保される。それと同時に、団粒そのものは水を保持するので、相反する二つの性質を同時に持つ土壌になる。
3 水分を供給する、ということ以外の水やりの働きとは
先ほど、水やりは呼吸にも関わっているという話をしたが、それはなぜか。土作りができていると、土壌孔隙が適切に出来るという話をしたが、この土壌孔隙は空気を根に供給するという役割も果たしている。しかし、大気とつながっているというだけでは空気はほとんど流通せず、結局根に酸素は届かない。この土壌孔隙へ水が入り込み、古い空気を押し出し、また下層に流亡あるいは植物に吸収されるなどしてなくなると負圧で新しい大気が取り込まれる。こうして地下部に大気が供給される要因のひとつとなっている。
また、水分は比熱が大きく、夏季には潅水による直接の地温低下のほか、蒸発によって熱を奪っていく。低温時には結氷して熱を放出し、急激な温度変化を抑える。

4 水やりの基本的考え方
では、どのように水をやるのが理想的なのだろうか。品目や栽培様式によって最適なやり方は変わってくるので、ここでは基本的考え方のみについて述べておく。
一般的な畑作物では常に根が水に浸かっているような状態は良くない。土壌中に水分は存在するが、十分に空気も存在する状態が好ましい。毛管水といって狭い孔隙に保持されている水はあるが、それ以上の大きい孔隙には空気があるという状態である。しかし、土壌水分を完全に一定にし続けるのは物理的に不可能なので水をやった直後はやや多め、直前はやや少なめであると理想だろう。これだけを指標にされてしまうと困るが、大まかに言ってしまうと表面はやや白く乾いてきているが、少し掘ると下には水分を含んだ土がまだある(軽く握って固まる程度)という状態で、乾いた部分に水分がいきわたり、ややあまるくらいに水をやる、ということになると思う。
このとき、表層にやった水と下層に存在する水の間に乾いた土壌の層が残っていない、というようにしたい。表層の水が下層につながっていないと、上からかけられた水が肥料などを溶かしながらある程度まで染み込み、表面が乾くことによって毛管現象で水分は上に向かって吸い上げられていく。このとき、いったん溶かした肥料成分が蒸発に伴って濃縮されていくので表層近くの肥料濃度は非常に高い状態になってしまう。
苗を植えたばかりで根域が浅い場合などにこういうことがおきると、肥料をやりすぎていないのに根が肥料やけを起こしてしまう原因となってしまうのである。
また、表層と下層の水がつながっていないと、根の発達がそこで止まり、根域が浅くなって旱魃に弱い株になってしまうことが多い。
鉢植え、プランターや苗の場合は多少事情が違うが、基本的考え方は共通している。それらの場合はたいてい鉢のスケールや品目に合わせて土壌の組成が変えられているし、透水性も確保されていることが多いので、たいていの場合は乾いたらたっぷり、という考え方で良いと思う。鉢底から流れ出てくるくらいたっぷりやり、表面が白く乾いてきたらまた水をやる、という具合である。
そのほか、季節によって水やりの最適な時間は変わってくる。一般的に夏季は夕方または早朝、冬季は午前中が良い。夏季の日中に水をやると地温が上がりすぎ、またホースの中の水も高温になっていることがあるなど根を傷めることが多い。冬季は夕方に水をやると地温が下がったまま長時間回復せず(凍結の心配もある)、やはり根に悪影響がある。

以上、水やりの基本について思いつくままに述べてきたが、これらはあくまで基本的なことであって、品目や状況によって実際のやり方は変わってくる。そのあたりは経験者やJAの営農指導員、農業改良普及員のアドバイスを受けながら覚えていってほしい。

野菜(植物)の奇形はなぜ起こる? ?スーパーでは揃った形の野菜たち?

さて、津波などの災害で多くの方が亡くなられた東日本大震災からもうすぐ3年がたとうとしている。同時に、あの震災では福島第一原発が大きな事故を起こし、多量の放射性物質が放出された。その後、関係者の大変な努力によって放射性物質の多量な放出は収まっているが、事故はまだ収束したわけではなく、まだまだ予断を許さない状況である。

この記事は、放射性物質の現在の状況やその対策について語る場ではないのでそれらについては割愛させていただく。ただ、一部を除いて環境中放射性物質の状況は改善してきており、これも関係者の努力によって福島県産を初めとする東北の農作物はまったく心配のないものが流通している(福島県HP農林水産物のモニタリング結果)。

にもかかわらず、「原発 植物 奇形」などで検索を行なうと植物の奇形情報やまとめサイトなどたくさん引っかかってくるし、2013年の日付でそれらについて言及したブログも見られる。そういった方面にはあえてリンクを張らないが、いまだにそういう情報が多いようなので、ここで一度植物の奇形について解説してみたい。

最近目にしてびっくりしたのがイチゴの鶏冠果についてのことである。これは、イチゴの果実が扇形に広がり、異様に大きくまるで鶏のとさかみたいな形になったものである。これが原発事故による放射線の影響であるということを言っている人がいたのだ。しかし、これは放射線の影響による奇形などではなく、事故前からいくらでも見られたもので、「イチゴ 鶏冠果」で画像検索をかけるといくらでも出てくるので試してみて欲しい。

イチゴの鶏冠果は花などでよく見られる「石化」や「帯化」と呼ばれるものと同じ現象と思われる。通常円形になるはずの花が石化状態となって楕円形になったりした場合、規格外となって出荷されることはないので、一般の方が目にすることはほとんどないと思うが、特にマーガレットなどでは起こりやすく、細長くモップのような形状になった花は栽培現場では何十年も前から結構多く見られる。また、いけばなをされる方は材料としてよくごらんになると思うが、石化が常態と化している植物として石化柳があり、ケイトウなどもそうだ。

マーガレットなどで石化が起こる原因は主に花芽形成期の栄養、特に窒素が過剰であるときに起きやすいといわれている。植物は体を大きくするための栄養生長と、子孫を残すための生殖生長をそれぞれ行なうが、栄養生長と生殖生長の切り替えは温度や日長などの条件で行なわれる。そのときに、一般的には窒素成分が多いと生殖生長への切り替えが起こり難くなることが知られており、生殖生長へ切り替わって花芽形成を行っているときに窒素が過剰になると栄養生長へ引き戻されそうになったり、生長点での細胞分裂が旺盛になることで細胞増殖が全体に均等なものでなくなるのかもしれない。

ともかく、イチゴの場合は頂花房といわれる植え付け後最初に出てくる花芽で鶏冠果が起こりやすく、栄養生長から最初の生殖生長に切り替わるところで旺盛に生育していること、花芽形成が行われているときに比較的気温(及び地温)が高いことなどが原因だと考えられる。

それ以外にも、イチゴでは奇形果が出来る原因として不受精(受粉が不十分であったり、そもそも花粉の稔性(活力というとわかりやすい?)が落ちていることによって起こる)と言うのもある。イチゴは、本当の果実は可食部の表面についているゴマのようなところであり(痩果という)、可食部は花床と呼ばれる部分なのだが、痩果がそれぞれ受精できていないとその部分の花床は肥大しない。つまり、受精(受粉)できていない部分とできている部分が混在するとせっかくもとの形がきれいであっても、部分的に肥大して形が崩れてしまう。曇天で低温が続くと、受粉を行なうミツバチの活動が低下するほか、花粉そのものの稔性も低下してしまうことが不受精が起こる原因である。

他の品目でも、例えばナスでは低温による花粉稔性の低下は石ナスと呼ばれる肥大しない硬いナスの原因となっている。少し前に放射線による奇形であるとして出回っていたトマトの写真もおそらく同様に低温によるものか単為結果(受粉を伴わない結実)に使われるホルモン剤の処理技術の失敗(処理回数過多)によるものではないだろうか。

また、仮に放射線が原因で遺伝子に異常が起こったとして、それが果実や花、茎葉の形成に関わる遺伝子であったとしても、「奇形になりながらも花芽や果実を形成する」確率は非常に低いと思う。放射線が遺伝子に異常を引き起こすメカニズムは「放射線によってDNAが損傷する」ということになると思うが、DNAの損傷がそのままならその細胞は分裂そのものが不可能になるだろう(アポトーシスが起こると思うが、この辺は理解が十分でないので、すこし違うかもしれない)。しかも、その付近にある細胞が同じように均等に遺伝変異が起こるとは考えられない。この辺りのメカニズムが理解できていれば、遺伝子に損傷を受けた細胞群が奇形を形成する範囲にうまくとどまる、と言うのは奇跡的な確率になると感じるのが普通だろう。つまり、奇形になるよりそもそも花や果実、茎葉を形成しなくなるのではないだろうか。

このように考えていくと、遺伝のメカニズム、放射線が遺伝子を損傷するメカニズムを理解していればそんなに奇形が頻発するはずはないことは容易に想像がつくと思う。そして、農業生産の現場に関わっていれば、奇形植物など原発事故前からいくらでも存在した事は常識である。そしてそれらの事は情報が隠蔽されているわけでも、捻じ曲げられているわけでもない。もし、そのことが信じられないのであれば、原発事故と関係が薄いと考えられる西日本の農家を訪ねてみればいい。JAや市場の規格に合わず、廃棄されている規格外の「奇形農作物」をいくらでも見ることが出来るはずである。そして、それらは新鮮である限り、スーパーの店頭に並ぶ野菜や果物より美味いかもしれない。

ほほ染める野菜たち

今頃の野菜といえば、ブロッコリーやナバナなどアブラナ科野菜が多い。この寒い中でもそれらの野菜はゆっくりと、だが確実に大きくなっている。しかし、ここのところの低温や霜によって葉などがいためられ、畑でそれらの野菜を見かけると、外側の葉ほど赤くなっているのを見たことはないだろうか?

それらの葉の色は、赤というより赤紫といったほうがイメージに合うかもしれない。それらは、なぜ赤くなっているのだろうか?

多くの植物でそうだが、それらの色はアントシアニンという色素である。アントシアニンとは花青素ともいわれ、多様な植物で花や果実などその鮮やかな色の元となっている。花青素の字面どおり、ヤグルマギクの青い色がアントシアニンを含むアントシアンの語源(ギリシア語で青い花の意味らしい)となっているが、条件によってはアントシアニンは青から鮮やかな赤まで変化するのである。

では、なぜ普段は顔を出さないアントシアニンが表面に出てくるのか。これらアブラナ科野菜の場合、よくあるのは寒さに当たることである。特に、ブロッコリーの葉や花蕾に霜が降りると顕著に赤くなる。また、栽培中に肥切れを起こしたときも下の葉から赤くなることがある。つまり、これらはストレスによって生成する。

アントシアニンは一般に紫外線をよく吸収するといわれ、必要以上の光が当たると表皮細胞にあるアントシアニンが紫外線を吸収し、葉緑素を保護するといわれている。このことから、低温になると炭酸同化作用が低下してくるので、過剰の光を吸収するためにアントシアニンが増加してくるのである。肥切れのときの赤色発現については、窒素が不足してくることにより葉緑素(クロロフィル)を分解して窒素を取り込むことによってアントシアニンが目立ってくると思われる。

アントシアニンはアスパラガスなどでも発現し、極端なものとしては紫アスパラガスなどの品種もある。他の品目でも紫キャベツやレッドオニオン、はつか大根など赤くなる品種がある。また、イチゴの赤もアントシアニンである。

アントシアニンポリフェノールの一種であり、機能性栄養成分として有名である。よく言われるのがブルーベリーなどの視力回復、眼精疲労軽減効果であろう。これらがどの程度の効果があるのかはわからないが、とりあえず一般にそういう認知があることは間違いない。しかし、本来そういう色をしている品目のものの場合は別として、通常緑色をしている野菜類でアントシアニンが発現しているものは、そういう機能性があるにもかかわらずたいていは等級を落とし、単価が下がってしまう。それは、そういう色が出ることが古かったり、傷んだりしているイメージがあるからだろう。アスパラガスでも、紫アスパラならありがたがられるのに、グリーンアスパラで根元が赤く着色しているものは出荷規格ではねられてしまう。このアスパラガスにしても、あるいはブロッコリーなどでもゆでればアントシアニンは退色し、きれいな緑色になるのだが・・・。イチゴでも低温などでへたの部分が赤紫に着色することがあるが、これも傷んでいると誤認されてクレームなどの原因となることがある。

というわけで、今頃の季節はブロッコリーやキャベツなどが赤くなっていても寒さのせいだし、特に今年は生長も遅れているので価格は高めかと思うが品質は悪くないので何とか買っていただきたい。赤い部分を食べてもポリフェノールがたくさん取れたと言うことで、かえって健康にいいかもしれないので(栄養学の専門家には怒られるかな?)ご勘弁いただきたい。

なお、赤い野菜といえばトマトやニンジンなどを思い浮かべる方もおられるかも知れない。しかし、それらはアントシアニンではなく、カロテノイドという物質(群)である。トマトのほうは効酸化作用で有名なリコピンというカロテノイドが主成分で、ニンジンのほうはこれも機能性成分として有名なβ?カロテンである。β?カロテンはどちらかというとオレンジというイメージであるし、実際サツマイモやマスクメロンなどもそうであり、アントシアニンの赤とはずいぶんイメージが違う。こちらの赤には傷んでいるとか古いとかいうイメージはほとんどないが、アントシアニンだって機能性でも負けてはいないので、差別することなくいろんな野菜を幅広く食べていただけると非常にありがたい。

ただし、機能性の部分については、あくまでこれらは食品であるので過剰な期待はしないようにお願いしたい。←とってつけたような結び(笑)。

化学肥料、何が問題なのか

さて、今まで化学肥料の問題点については色々と論じてきたような気がするので、いまさらという感じもなくはないが、これをテーマとしてまとまった話をしたことはないと思うので、取り上げておこう。

化学肥料を「化成肥料」だとするとその定義は、窒素(N)、リン酸(P)、加里(K)のうちいずれか2成分以上を含み、化学反応をともなって製造された複合肥料のことをさす。ただ、化学肥料というと一般的なイメージとしては、単肥(成分が1種類のもの)でも化学合成されていれば「化学肥料」ということになるだろう。

化学肥料の起源といえば、なんといっても1906年に開発されたハーバー・ボッシュ法による大気中の窒素からのアンモニア合成だろう。窒素は植物の生育に最も大きくかかわってくるが、大気中の窒素分子は極めて安定しており、反応によって植物栄養として使える形にはしづらい(そういうことから考えると、微生物の窒素固定は酵素の触媒としての力に驚愕するしかない)。そのため、工業的に利用するためには高温高圧状態を作り出せる技術が発達することが必要だったのである。それまでは有機窒素かチリ硝石のような天然産物を利用するしかなかったのである。
ハーバー・ボッシュ法についての詳しい解説はリンク先を見ていただくか、化学に詳しい方の解説をお願いしたい(他力本願)。

ちなみに、今まで何度も解説しているが、植物は窒素成分としてはほぼ硝酸態かアンモニア態で利用する。一部例外としてアミノ酸やペプチドの形でも吸収、利用することがわかっている。詳しくは過去記事を参照いただきたい。

ハーバー・ボッシュ法によって大気中の窒素を利用できるようになったわけであるが、それまでは大気中の窒素といえば主にマメ科植物と共生する窒素固定菌(根粒菌)やそのほか嫌気性の光合成細菌などによって固定されるしかなかった。つまり乏しい窒素量によって作物の生産量は制限されていたのだが、これが化学肥料の登場によって一気に増産が可能になったのである。

化学肥料の特徴としては植物に直接またはすばやく利用できる形態であること、有機質肥料に比べて肥料成分量が多いことなどがあげられるだろう。このため肥料の施用による成分量が正確に計算でき、肥料による植物の生育コントロールが容易である。また、肥料成分量が多いということはそれだけ肥料散布の労力が少なくて済むということにもつながっている。

では、このような良い特徴も持っている化学肥料の何が問題なのだろうか?

現代の農業技術を否定する方々にとっては、そもそも化学合成された肥料成分そのものが自然に存在するものではないため、環境にも人体にも良くないというイメージがあるのだと思う(これは、一言一句そのままの言説を見たというわけではないので、藁人形論法に近いが、そう大きく間違ったものでもないだろう)。しかし、化学肥料はその製造過程における化学反応を人為的に起こしているというだけで、分子の世界で起きていることはまったく同じである。先ほども説明したように、有機質肥料といっても植物に吸収される段階では窒素は硝酸イオン(NO3-)あるいはアンモニウムイオン(NH4+)になっていることがほとんどである。リン酸もリン酸イオン(PO4-)、加里もカリウムイオン(K+)の状態で吸収される。これについてはまったく有機質肥料と化学肥料に違いはない。

ただし、状況によっての違いはあるが、有機質肥料は微生物等によって分解されながらじっくりと肥料成分を溶出させていく。また、はじめから持っている無機成分も塩基類(石灰(Ca)、苦土(Mg)、加里)やアンモニウムイオンなどの陽イオン有機質肥料に含まれる腐植酸などの持つ陰電荷に引き付けられ、急速には溶出しない。それに比べて化学肥料は土壌水分に溶けてしまえば、急激に土壌中の成分濃度を上げることがあるため、根痛みを起こす心配はある。この場合、省力化につながるはずの成分濃度の高さがあだとなるわけである。農家の中には肥切れを心配するあまり肥料を多投入する人がいるが、こういう弊害もある。

また、化学肥料を使用した野菜類の栽培では特に日本では流亡も織り込んだ元肥偏重による施肥体系で栽培されることが多く、特に硝酸態窒素の環境中への流出も多い。このため、地下水が硝酸態窒素で汚染されるという事態も発生している。この点については資源の有効活用とも連動する話なので、緩効性肥料や側条施肥などの肥料成分を有効活用する技術を進めていく必要があるだろう。

現在の化学合成窒素肥料がすべてハーバー・ボッシュ法およびその類似法によって製造されているわけではなく、他の化学産業における副生成物が流用されている場合も多い。例えば代表的窒素単肥である硫安などは、コークスの製造時に出るアンモニアに硫酸を反応させて作っている。こういった場合、副生成物であるがゆえに予期できない不純物が含まれている可能性も考えられ、こういったものについて健康被害を心配されているならまだ理解はできる。しかし、今のところ私が調べられる範囲では化学肥料の製造過程における不純物での健康被害は見つけられていない。

しかしそれでも、有機質肥料のほうがより自然に近く、環境への負荷も小さいのではないか、との意見もあると思う。

化学肥料による元肥偏重のところでも話したように、有機質肥料の緩効性を生かして環境への肥料成分流出を抑える、という考え方は成り立つ。しかし、有機質肥料の肥料成分溶出は土壌条件や温度、水分に大きく左右され、思ったとおりの肥効が得られないことが多い。特に水稲などでは作型によっては食味に大きな影響のある時期に急激に気温が上がり、効かせたくないのに窒素成分が溶出してしまう、ということがある。また、家畜糞肥料なら季節や飼料によって肥料成分含量は大きく変わり、栽培されている植物にとって最適な肥料バランスにすることも難しい。

とはいえ、化学肥料だけで作物を作っていたのでは土壌は無機の母岩由来の鉱物粒子だけになってしまい、硬く締まりすぎて空気の流通が悪く(根も呼吸を行なう)根が十分に張ることができなくなったり、肥料成分をいったん捕まえてゆっくり離す緩衝力もなくなってしまう。先ほど述べた肥料のやりすぎに耐える力がなくなるのである。また、土が固く締まることにより、排水性ばかりか保水性も低下する。それ以外にも硫安や塩安など生理的酸性肥料が多く、土壌の酸性化を促進することもある。

整理すると、化学肥料のメリットは以下のようになる。
1)肥料成分量が高いため、施用量が少量で済み、省力化になる
2)成分溶出が早く、想定どおりの肥効が得やすい
3)成分量が細かくコントロールでき、植物に合わせた施肥がやりやすい
4)窒素肥料の場合、大気中にほぼ無尽蔵にある気体の窒素を原料にできる

それに対して、デメリットは以下のとおりである。
1)肥料成分量が高いため、施肥過剰になりやすい
2)工業生産物の副生成物が使われることがあるため、予期しない不純物が含まれる可能性がある
3)土壌中の微生物が利用しにくく、土壌物理性が低下しやすい
4)化成肥料の過剰投入により、環境中への肥料成分(特に硝酸態窒素)の流出が増え、また土壌の酸性化を招くおそれがある

以上のようなことから、やはり最適解は有機質、化学肥料のそれぞれをうまく組み合わせ、土壌をいい状態に保ちながら肥効をコントロールすることだと思う。わかりやすく言い換えれば、堆肥で土作りをしながら、肥料成分は化学肥料でコントロールする、ということになるだろうか。もちろん、作物の種類や土壌条件によってその組み合わせは様々に変わってくる。結局は現場でその状態をしっかり把握し、作物の生育状況に土壌診断などを組み合わせ、それぞれに最適なやり方を探っていくことなのだろう。

アスパラガスの美味しい時期

更新がずいぶん滞ってしまったが、それだけ筆者の引き出しが少ないということでご勘弁いただきたい。さて、今回は出来るだけ前向きなネタ、ということで作物の旬についての考察でアスパラガスを取り上げてみたい。


以前、厳寒期のイチゴが美味しい理由を解説した。寒い時期に少な目の日照でじっくり色づき、時間をかけて味が乗っていくからではないか、と言う話をさせていただいた。栽培様式によって、自然状態での旬と時期がずれる例である。それでは、アスパラガスはどうなのだろうか。

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アスパラガスは、ずれているともいえるし、ずれていないともいえる。もちろん、保温する作型によって出荷開始時期が早まっているわけであるから絶対的な時期としてはずれいてるわけであるが、アスパラガスの生育ステージからするとずれてはいないのである。それはどういうことか?


最初に断っておくと、この段落はアスパラガスの栽培についての解説なので、長いのが苦手な方はさっと読み飛ばしていただいても大丈夫だと思う。

アスパラガスの作型は地方によって大きく違うため、瀬戸内地域での栽培という前提でお話させていただく。アスパラガスは露地、ハウスものにかかわらずいったん定植したら10?15年、長い株で20年を越して植え替えせずに栽培される。


まず、先に露地栽培の説明をすると、瀬戸内地域では10月に入ると新芽の萌芽(収穫する部分)が徐々に止まり始め、10月中にはほぼ止まってしまう。それから冬季の低温によって地上部が枯れ始め、12月中にはほとんど黄化し、休眠状態に入る。そのとき、次の栽培開始に備えて地上部を刈り取ってしまうのである。そして4月になると萌芽が始まり、萌芽してくる若茎はしばらくすべて収穫する。6月くらいには萌芽してきた芽の一部を残し、親株を形成させ(立茎)、その根元から萌芽してくる若茎を収穫する。というサイクルを毎年繰り返すのである。

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これがハウス栽培になると、10月で萌芽が止まり、12月までに地上部がほぼ枯れてしまうところまでは同じだが(年内は保温しないことが多い)、年が明けて刈り取りを行なった後ハウス栽培ではビニールをかけて保温を行なう。生産者の栽培様式に合わせて、ビニールを2?3重にするが、加温(ボイラーなどを使う)は行なわない。保温を始めると状況にもよるが2?3週間で萌芽が始まる。つまり、2月上旬くらいから収穫が始まるのである。ただし、定植して一年目だけは刈取り時期が早く、また保温から萌芽の始まりまでが短いため年明け早々から収穫が始まることが多い。


さて、それでは刈り取ったあとの地下茎から新芽が出てくるときはどこからエネルギーが供給されているのだろうか?地上部に葉(アスパラガスの場合、葉に見えるところは擬葉といい、茎が形態を変えたものである)がたくさん茂っているときは、そこで光合成によって作られた糖分が使われているのだが、春先の萌芽は貯蔵根という太めの根に貯められた糖分をエネルギーとして生えてきている。この貯蔵根は10月に入って萌芽が止まってから、その分使用されなくなった糖分を溜め込んでいく。また、この時期には新しい貯蔵根もどんどん作られていくのである。


秋以降光合成によって作られた糖分を貯蔵根にどんどんと溜め込み、温度が上がるとたっぷりある糖分を使って新芽が伸びてくるため非常に糖度が高いアスパラガスになるのである。また、保温されているハウス栽培の場合、気温・地温は高くなるが日照は少ないままである。アスパラガスは強い光が当たると表面が硬くなる傾向があるため、ハウスものの1?2月、露地ものの4?5月の収穫物は軟らかくなる。また、十分に糖分を持たずに生えてきた芽は早く側枝を出そうとするため、短いうちに穂先が開きやすく、形が崩れやすいが、萌芽しはじめの株ではそういうことがないため、非常に形も揃ったものが収穫しやすいのである。


このように、瀬戸内地域(特に香川産)のアスパラガスはハウスもので1?2月、露地もので4?5月が一番美味しい時期となる。4?5月は露地ものの初物とハウスものの夏芽の両方が出てくるし、見分けは付きにくいので難しいが、少なくとも1?2月は瀬戸内地方産のアスパラガスは初物ばかりである。この時期は少々高いが、柔らかく、甘くてとても美味しいのでスーパーなどで見かけたら是非とも手に取っていただきたいものである。

第1回ひやあつカフェ開催しました!(追記しました)

去る11月4日月曜日にひやあつカフェ主催、サイエンスカフェin香川「暮らしと科学を隔てるもの?その河を渡りきるために?」を開催しました。三連休の最終日というあまりよくない日程にもかかわらず、当初の心配をよそに28名という会場のキャパいっぱいになりそうな人が集まってくれました。

今回は主催者である私が右も左もわからない中、とりあえず何かやりたい、やらなきゃという気持ちだけで突っ走ってしまい、たくさんの人に迷惑をかけ、助けてもらって何とか成功といえる形に持っていけたのかな、と思います。本当に、自分は人に恵まれているなとネットでもリアルでも周囲に感謝しています。

さて、当日ですが朝から次女を連れ出し、コンビニで資料のコピーを行ないました。資料はこのリンクにあるpdfを使いましたが、たまたま紙に印刷されていたものを持っていたので、それをベースにコピーしたのですが、すでに日付が入っていたのを直し忘れていたため、これは秘密なんですが来場者には違う日付の資料を渡してしまいました。

会場について部屋の鍵を受け取り、設営します。前日から来てくれていたゆうくぼさん@yu_kuboきよさん@rider_kiyo、早めに来てくれたTOYOSHIMAさん@zevonkeirinにも色々お手伝いをいただきました。また、受付は義妹と次女が頑張ってくれ、こちらで用意した名簿との突き合わせ、名札シールの配布など任せっぱなしでした。

その間私とTOYOSHIMAさんなどで設営して、プロジェクターの調整などをしている間、菊池さん@kikumacoが到着するのにあわせ、きよさん、yuriさん@syoyuriにお迎えをお願いしました。

さて、菊池さんが会場入りされ、PCの調整も済み、いよいよカフェ開始です。菊池さんには1時間半程度の話題提供をお願いしましたが・・・。具体的な内容はこのリンクからトゥギャッターをご覧ください(爆)。

すべての話題をここで紹介すると長くなるので、要点だけ。

人間の感覚はあてにならず、体験談は効果などの証明にはならない。相関があることは因果関係があることではなく、グラフなどで相関を示されても証拠にはならない。
科学は道徳や生き方、他人との違いを決めてくれるものではない。また、違いがあったとしても自分の努力でどうにもできないことで人を区別してはならない。それは差別につながるものだ。


こういったことをお話しいただきましたが、興が乗りすぎ、なんとほぼ2時間しゃべりっぱなし・・・。しゃべりすぎと思ったら止めてください、と事前にお願いされていたにもかかわらず、こちらも夢中になっていて止められませんでした(テンパっていたとも言う)。とりあえず無理矢理休憩を入れ、菊池さんの著書やその他、私が「科学的な考え方を身につける」ために役立つと思われる書籍を何冊か紹介させて頂きました。
(菊池さんのお話は、まだ少し続きました)

EMについてのお話が始まり、yuriさんからはEMは業としてやっていることから行政との関わりには問題が多いことなどを、私からは農業資材としてのEMについて補足させていただきました。また香川大学農学部の教授からも大学でのEMを使った実験についてお話しいただきました。EMについては、私の専門分野に大きく関わる話でもあり、特に取り上げたい話題でした。今後ともその問題点については考え続けていきたいと思います。

さて、カフェも無事終了しました。菊池さんには香川の特産品である漆器のお猪口をお渡しさせて頂きました。また、「科学と神秘のあいだ」を数冊お持ち頂いていたので、その場で購入された方に即席のサイン会が始まりました。ただ、会場の使用時間が過ぎていたので、会議室から出てエレベーターロビーで、ということになりましたが・・・。

今回のカフェでもそうでしたが、菊池さんは一貫して科学的ものの考え方を身につけることの重要性を話してくれています(私個人の解釈です。違う感想を持たれた方もいらっしゃると思います)。科学的なものの考え方を身につけ、リテラシーを鍛えたい。みんながそういった考え方を身につけることで、社会のリソースを無駄にしないようにしたいですね。

当日来てくださった皆さん、ありがとうございました。特に、遠く神戸から来て、美味しいチョコレート(銘柄忘れちゃった・・・)をお土産に持ってきてくれたなおきちさん@naokororin2あれ、本当に美味しかったよ?。

少しでも、本当に少しですが、世の中を動かしていくにはリアルで動かないとどうしようもないのではないかと最近思い始めています。もちろんブログに書くことも大事です。それをどうやって広げていくかの一端としてまたこのような活動を続けていきたいと考えています。また皆さんのご協力をお願いします。

香川県で菊池誠さんのサイエンスカフェ開催!

香川県で、サイエンスカフェが開催されることになりました。

以下はその紹介文です。

暮らしと科学を隔てるもの
 ?その河を渡りきるために?
 私たちの暮らしと科学の間には大きな隔たりがある、そう感じている人は多いかもしれません。しかし、科学と暮らしは切っても切れないもの。
 でも、科学のすべてを理解する必要はありません。それは誰にもできないことです。科学という「ものの考え方」を知ることで、世間にあふれる「科学を装っているけど科学でないもの」を避けられるようになりたい、なって欲しい。
 そのために、様々な「ニセ科学」などの実例を交えて大阪大学サイバーメディアセンター教授の菊池誠さんに科学というものの考え方についてお話いただきます。

日時:平成25年11月4日(月) 14:00?
場所:サンポートホール高松 5階 第53会議室
参加費:千円程度

以上です。チラシを掲載しておきますので、ご覧になった上、興味をお持ちの方はこちらへのコメントにてお申し込み、お問い合わせください。
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