アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

農作物の適正価格とは ?簡単に答は出せないけれど?

今まで「新しい時代の農業へスムーズな移行を」と「就職先としての農業を考える」の2つのエントリーで農作物生産のコストについて取り上げてきた。そこでは、自分の担当品目であるネギとイチゴを例にして規模と収益についてざっくりとした計算をした。最近は景気が悪く、サラリーマンの年収が下がってきていると言われているが、それでも単純に年収だけを比べた場合、やはりまともな就職先でさえあればサラリーマンをしているほうがいいと思う。現在の農作物単価では、それが現実である。

しかし、消費者にはなかなかそのことが伝わっていないようだ。こないだ、twitterでの知人とのやり取りで、そう思わされることがあった。もちろん、それは一例であり、一般化できるとは思っていないが、買い物はすべて使用人任せの人とも思えないので(笑)、それなりに一般消費者の価格感覚をお持ちなのだと思う。そういう人と自分との間で農作物価格に対する感覚のずれのようなものを感じたので、改めでその点について論じてみたい。

さて、それではどのくらいの単価であれば適正であると言えるのだろうか。単純に収入だけで言えば年収300?500万円くらいになるかと思うがお金が増えさえすればいい、ということであればなるべく少ない人数でできるだけ面積を増やせばそれだけ収入が増えると言う事になる。しかし、それでは体力勝負という事になるし、極端に言えば食事と睡眠など最低限の生活以外はほとんど労働時間に当てるという事態になりかねないし、そこまで行かなくても旅行や趣味など楽しみに当てる時間がなくなってしまうだろう。

そこで、適正収入を考える上で指標となる数字として「時給」で考えてみたい。もし、時給を1000円と考えたら、1日8時間労働で8000円。年間300日働いて240万円。夫婦二人で働いたとして480万円。どちらか一人が、または交代で家事をして、その分労働時間が減るがそれはもう一人が余分に働いてカバーするとしてこれで考えてみるとすると、サラリーマンに引けをとらないのではないか。いやもちろん、一人当たりで考えると年収240万円と言うのはいかにも安いが、これ以上増やすとますます現実から離れていくので、とりあえずこれでお付き合いいただきたい。

たびたび例に出して申し訳ないが、イチゴで考えてみよう。年間300日労働と仮定し、計算上ほぼ週休1日となるが、当然のことながら農業は季節によって忙しさはまったく違う。トータルでこのくらいと言う設定である。さて、イチゴの場合そこそこうまく行って収量は4t/10aである。夫婦二人で300日×8時間労働ではおそらく20aが限界だろう。いや、20aでも8時間労働で考えたらおそらくサービス残業の嵐である。と言うか、そうなるくらい収量が上がらないと年間トータルで4t/10aは達成できまい。

それで、労働時間についての一例を挙げると、そのくらいの収量が取れるとなると一番多い時期は計算上一日40?50kg近いイチゴが取れる事になる。と言うことは、消費者がスーパーなどでよく見かけるパック詰めのイチゴだと170?180パック詰めなければならない。これを、大きさ別、階級別(形や色などで秀品と優品、規格外など)に分けながら、並び方にも気を使ってパック詰めしていく。あれはほとんど農家で行っているのである(一部農協での作業支援などもあり)。実際にはパック詰め以外の出荷形態もあるので、一概にはいえないが、おそらく収穫も含めて8時間休みなしで詰め続けても夫婦二人では捌ききれないと思う。

これに病害虫防除、葉かぎ、芽かぎ、摘果などの作業も入ってくる。収穫最盛期に入ると、家族労働のみの農家ではこれらの付帯作業が徐々に遅れてくるので、8時間と言わず、おそらく目一杯働いているはずだ。だから、少なくとも上記の設定で農家に甘いと言うことはないはずであり、年間労働300日×2人×一日8時間で計算することをお許しいただきたい。収穫期以外のシーズンはどうなんだ、と思われるかもしれないが、イチゴの場合は苗作りがある。秋?春の収穫シーズンほど労働時間は長くないが、酷暑の中、40℃を超えることも珍しくないビニールハウスに入って行う作業は想像を絶する重労働である。

と言うわけで、20aの経営規模で夫婦二人の労働力であれば480万円の収益が基準になるとした。高設栽培の場合、施設の減価償却を含めてざっくりと約6?8割が経費で持っていかれる。高設栽培のハウス及び施設を新築した場合、10aあたり約1400?1500万円ほどかかるので、20aで3000万円。金利なしの資金を公的機関から借りることができても10年で償却するとしたら年300万円も支払わねばならないため、自己資金の割合などによって経費が大きく変わってくるのだ。では、10年がんばって償還を終わらせたらあとは儲かるかと言うと、そうだともいえるし、そうでもないと言える。10年もたてば施設は老朽化してくるので、メンテナンス費用もバカにならないのである。それがいくらくらいになるかは運次第、としか言いようがない。

と言うことで、480万の収益を得ようとして、売り上げの7割が経費と仮定しよう。すると480万円×10÷3=1600万円。これを20aあたり収穫量の8tで割るとキロ単価となる。16,000,000円÷8000kg=2000円/kgだ。普通量販店で売っているイチゴパックが300g(他の規格もあるが)とすると2000円÷1000×300=600円。つまり農家売りでパック単価600円ないと時給1000円稼げないと言う事になるのである。

しかし、600円のイチゴパックをどれだけの人が買うだろうか?しかも、これに小売店の利益が上乗せされる(流通経費はJA出荷の場合経費に含めていることが多い)。であれば、なおさら買う人は限られてくるだろう。つまり、スーパーで売られている298円はもとより398、498円でも時給から考えればバーゲンプライスなのである。もちろん、生活できるだけの収入を得ている人はほとんど労働時間の延長によって時給を切り下げることで対応しているのである。ごく一部に、相対取引で中間マージンを省き、高単価を得ている人もいるが、それはごく一部だからこそ成り立っているやり方である。

以上、イチゴについて考えてみた。イチゴは単価が高い分経費がかかりすぎるので、売り上げの割りに収益が少ないと言うことにはなるが、ネギやブロッコリーなど露地野菜はその分単価が安い。結局は経費や手がかからない分面積を増やさないといけないし、時給が下がると言う点では同じである。施設園芸と露地野菜ではどちらが有利かは一概には言えないので、どちらを選ぶかはそのときの状況によるとしか言いようがないのである。

と言うわけで、消費者と農家では農作物単価について安い、高いのラインがまったく違うと言うことがわかっていただけたと思う。だからと言って我慢して高いものを買え、などと言うつもりはないが、安い野菜を買うときはせめて農家の苦労に思いを馳せていただければ、と思う次第である。