アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

イチゴは苗半作というけれど

私がよく指導に回らせてもらっている地域のイチゴ農家では「イチゴは苗が半作や」という言葉が良く聞かれる。これはつまり、イチゴの栽培は苗作りがうまく行けば、その作は半分終わったようなものという意味である。

それだけイチゴの苗作りはややこしく、長丁場である。まだ収穫最盛期の2月頃から次年度用の元親株を仕込む。県やJAで育成したウイルスフリー苗を購入し、そこから親株を作り、その親株から定植用の苗を作るのである。

ウイルスフリー苗とは、その名のとおりウイルスからフリーつまり病原性ウイルスを持たない株のことである。茎の先端の芽の部分、その中の本当の意味での先端部分を生長点と言うが、その生長点にはウイルスが入り込めないことを利用してその部分だけを取り出して無菌的に培養して育成する。ただし、ウイルスに感染しないという意味ではなく、少なくとも試験管内ではウイルスをまったく持たないというだけのことではある。試験管内にはウイルスが入り込めないようになっているが、外の世界に出て、ウイルスに触れることがあれば容易に感染するのである。

イチゴの園芸品種におけるウイルス病はそれだけで枯死に至ることはまずありえないが、ウイルス感染した株はそれに体力を消耗するため、品質や収量が低下する。普通に栽培しているとアブラムシ等の媒介によってウイルスに感染するため、ウイルスフリー苗を更新せずに自家育苗で苗の更新を続けていた場合、数年で生産力が低下してくることが知られている。

最近のイチゴ品種は、食味や見た目優先で育成されていることが多いせいか、病害抵抗性の強い品種は少ないように思える(これは勝手な印象なので、違う場合はご指摘ください)。以前の品種では、雨よけ育苗を導入してから疫病という病気はほとんど見る事がなく、育苗中は想定の範囲外だったが、今主力となっている品種ではハウス内で育苗しているにもかかわらず発病が増えてきている。また、見た目の症状がこれとよく似たたんそ病というのもあり、この二つの病気はそれぞれに対応する薬剤が違うので話がややこしくなるのである。もちろん、育苗期間中はこの二つの病気に対して予防的な薬剤散布を行っておくことは必須であるが、発病の兆候を早めに見つけて感染が拡大する前に取り除いておくことも大事である。これを毎日苗の手入れをしていても敏感に見つける人と見つけられない人とが存在することが問題なのだが・・・。

また、苗作りでは病害虫防除以外でも早め早めの対応が重要である。まずは肥料の過不足の見極めが大事だろう。肥料は過剰でも不足でも病気になりやすい要因となる。葉の色、形、展開の速さなど普段から十分に観察しておき、過不足の判定を行う。主に窒素の過不足が大きいが、これは主に芯葉の色と形で判定する。これが濃くてねじれていると過剰、全体としては適度な緑を保ちつつ、芯葉のうちは若竹色であれば理想的である。これが全体に色あせてきて、芯葉の展開が遅れてくると今度は不足と判断する。それ以外の養分については全体の印象、芯葉と外葉の色の違い、黄化した葉のどこから色が抜けてきているのかなどが判断材料になる。

単純に窒素不足であれば肥料を追加すればいいし、微量要素の欠乏であれば原因がはっきりしていればそれらの単肥の葉面散布で対応すればよい。どの微量要素かはっきりしない、あるいは複合して要素欠乏が出ていると思われる場合は複合微量要素肥料を葉面散布すればいいのである。

しかし、何度も言っているように、これらも生産者自身が気づかなければ何にもならない。もちろん私もたびたび巡回させていただいているが、せいぜい月に一度程度の頻度であるので、どうしても気づくのが遅れる。しかも、毎日見ているわけではないので、私が見ている状態がそこの普通なのかどうかわからない場合もある。生産者が、JAや普及センターが見てくれるからとそれまで自分で対応することを放棄したり、怠慢な対応をしていた場合、たいていそういうところの育苗はうまく行かないのである。そういう人は体外毎年育苗を失敗する。

まとめると肥培管理も病害虫防除もその他の作業も早め早めに対応し、小さな変化にも気づくのが早い人が育苗を成功させている。また、何かあった時の対応もこちらが指導させていただいたことをしっかり覚えていて、次からは自分の技術として応用できている人もいるくらいである。

とにかく、イチゴの育苗はこれまでにあげた事に気をつけていただくと成功する確率はきわめて高くなる。育苗に成功するということは、本圃での成功も約束されたようなものだ。イチゴは苗半作というが、半作どころか7部作くらいのような気がしてならない。