アグリサイエンティストが行く

農業について思ったことを書いていきます。少しでも農業振興のお役に立てれば。

小麦戦略と米消費量について

どらねこ(@doramao)さんがのエントリー「小麦戦略でお米が衰退したのか【前編】」を読ませていただいて、思うことがいろいろあり、長くなりそうなのでこちらもエントリーを起こしてお応えする事にした。

まず、どらねこさんのエントリーは「荻原由紀著、パンとアメリカ小麦戦略「べき論」に惑わされないために【前編・後編】」という「技術と普及」に掲載された記事を元に、アメリカの小麦戦略が日本の米消費量を減らしたと言う説は誤りであると言う荻原さんの説を検証している。自分はこの「技術と普及」は立場上毎号購読しており、この記事も読んでいるはずだが記憶にはない。また、毎号おいておくと膨大な量になるため手元にも残していない。なので、職場の書庫のからあるかどうかわからないバックナンバーを探してくる事になるのだが、勝手ながら今回それは勘弁してもらいたい。

荻原さんは非常に丁寧にデータを積み重ねて検証するタイプの人で、その人柄が良く現れている記事のようである。過去に、荻原さんが講師を務める研修を受けたこともあるが、そのときも盲目的な地産地消運動や食の欧米化説に対して、データや事実関係の調査から疑義を唱えるような内容であったが、そういう事実関係から読み取れる以上のことは言わない、誠実な感じのする説得力のある講義であった。

そんな事からも、荻原さんのこの記事はどらねこさんから少しだけ突込みが入っているものの十分信頼に値するものになっていると思う。

ただ、自分としても気になった点はある。荻原さんは私が聞いた講義で農村等における伝統食の話でご自身がおっしゃっていたのだが、昭和初期以前の農村等肉体労働を行っている人たちの食事はカロリー重視のため塩辛い少量のおかず(漬物など)に大量の雑穀飯であったということにも今回の記事で言及されているのだろうか。どらねこさんの指摘に対する補足でしかないが、とにかく農村部等では肉体労働に耐えるカロリーを確保するため、米が量的な割合で大半を占めていたようである。

さて、うどんが減ってパンが増えたという説についても否定されているが、荻原さんも指摘されているように香川県ですらうどん用の小麦粉はそのほとんどをオーストラリア産のASWが占めているのは事実である。香川県ではうどん用小麦「さぬきの夢2000」を開発し、栽培面積を増加させ、その使用を売りにしているうどん店も増えてきたほか、「さぬきの夢2009」も新たに開発するなどがんばっているが、香川県内の小麦栽培可能耕地ですべて小麦栽培を行っても香川県内の需要すらまったく満たすことはできないのである。ちなみに、香川県で使用されているうどん用小麦の量は平成21年で約6万tであり、平成23年(年度がずれていて申し訳ないが)における小麦の作付面積は1750haなので10aあたり300kgの収穫があるとして1750×(1haあたり)3t=5,250tとなるので10%に満たない。つまり、小麦の消費がパンからうどんに変わったとしてもほとんど影響はなく、またアメリカの陰謀であるならオーストラリア産がこれだけのシェアを誇っている現実の説明がつかない。

ちなみに、ASWとは特定の品種名ではなく、複数の品種群を指す。単一の品種であれば、気候などによる年次変動で品質が変わる恐れがあるが、ASWは年次変動をなくすために複数品種を年によってブレンドを変えながら供給しているため品質が安定している。実儒者の要求に応えるための合理的な考え方が伺える。

ちなみに、自分がうどん関係者から聞いたASW及びさぬきの夢2000評はASWは製麺適性に優れ、色も白く、腰のある麺が誰でも作れる。その一方で特徴に乏しく味が薄っぺらい。対してさぬきの夢2000はASWより圧延強度等で劣り、製麺適性もASWに比べれば低いが、従来の国内品種よりは優れており、白すぎないうどんらしい適度な色で香りなどにも特徴がある。腰のある麺に仕上げるためには塩分など気温にあわせた調節が必要であるが、技術のある職人が打てばASWに劣らない麺ができると言う。さぬきの夢2009は製麺適性がさらに優れていると聞いている。

話が随分それてしまった。

とにかく、食料自給率を上げて稲作及び水田を守るためには米の消費を増やすことは有効ではあるが、小麦を攻撃対象とすると水田裏作としての国産小麦にも悪影響がでるし、そういった意味からもあまり筋の良い話ではないだろう。

といったことから、荻原さんの主張にも、それに対するどらねこさんの見解にもおおむね同意である。目的が正しければ手段が間違っていてもいいということにはならないはずだから。

関係ないが、数年前に受けた荻原さんプロデュースの研修では、大阪大学サイバーメディアセンターの菊池誠教授も講師であった。その研修を希望した理由はまず第一に菊池さんの話を聞きたかったから、と言うのもある。しかし、荻原さん自身も他の講師の方々の講義も面白かったし、勉強になり、事前に思っていたより充実した研修だった。荻原さんはいろいろな意味で優秀な人材なのだろう。